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36話 セント・アンジェリーナ4

「男の子って、こういうのが好きなんでしょう?」

   †  †  †


 ――結論だけ先に言えば、確かに二体目のフローズヴィトニルは存在していた。


「エレちゃん!」


 白銀色の弓を引き絞り、壬生白百合(みぶ・しろゆり)は駆ける。体長四メートルを優に超える銀色の狼は真っ直ぐに、その通路を逃げていた。

 石造りの地下迷宮――ダンジョン“鮮血伯の工房”は、本来ならアンデッド系エネミー以外出現しないダンジョンだ。


(本当に、場所を選ばないんだから――!)


 ヒュン! と丁字路に差し掛かったフローズヴィトニルの足元に、白百合の矢が突き刺さる。そのまま、矢をかわしたフローズヴィトニルは左へと急カーブしていった。


■惜しい、シロちゃんが外すの珍しいな

■ばっか、外したんだよ、ありゃあ

■ナイス誘導!


 白百合は、足を止めない。コメントで言う通り、今の矢を外したのはわざとだ。フローズヴィトニルは矢の牽制で右に曲がるという選択肢を失い、左へ――そして、そこにはエレイン・ロセッティが控えていた。


『ガ、ル――!?』


 フローズヴィトニルが誘い込まれた道は、直線だ。左右に逃げる道はない。だからこそ、エレインの『独壇場』だった。


■お、きたきた!

■くるぞ! 特撮時空!

■これいいよなぁ、正式サービス開始したら手に入らないかな?


 剣を抜くエレインの姿に、視聴者たちが盛り上がる。これから彼女がなにをするか、もうみんなにとってお馴染みの光景だからだ。


「――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを」


 エレインは片膝を付き、右手で胸に剣を掲げた。エレインはこの誓いの言葉を言う度に思う。騎士の徳である忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕――この内、以前であれば慈愛ではなく寛容か公正だったろうな、と。


《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》


 誓いの言葉を祝福し、黄金のガントレッド“百獣の心臓(レグルス・コルニアス)”が、光を放つ。黄金は純白へ――ガシャン! と分解・変形したガントレットはエレインの剣と合体――ツインテールの根本に、獅子の顔髪飾りがふたつ装着された。


「――“百獣騎士剣(ひゃくじゅうきしけん)獅子王(ライオンハート)双尾(ツインテール)”」


 この“百獣騎士剣獅子王・双尾”の効果は、実に単純だ。《超過英雄譚(エクシード・サーガ)》使用時における攻撃力の爆発的向上――ようするに、火力一点突破の《英傑武具(サーガ・アームズ)》だ。


「《超過英雄譚:英雄譚の一撃(サーガ・ストライク)》――コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!」

『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』


 純白と黄金の光が絡み合い、螺旋を描いて腹の底に響くような、低い獅子の咆哮と共に放たれた。通路一杯、逃げ場などどこにもない。フローズヴィトニルは、その光に飲まれ、ジュ! と一瞬で消滅した。


■888888888888888888888888888888

■gg!

■いいなぁ! 必殺技! ロマン砲!

■8888888888888888888

■8888888888888888888888888

■gg!

■gg!

■特撮がVR全盛の時代に滅びないのは、このロマンあってだよなぁ


 コメント欄が盛り上がるのを横目に見て、エレインは“百獣騎士剣獅子王・双尾”の切っ先を下げる。止めていた息を吐いて、駆け寄って来た白百合に笑いかけた。


「あー……ありがと。シロが誘導してくれたから、無駄撃ちしなくてすんだよ……」


 ガシャガシャガシャン! と変形しながらエレインの右腕に黄金のガントレッド“百獣の心臓”は戻っていく。この“百獣騎士剣獅子王・双尾”はもうひとつの機能があるのだが、そちらは使わずにすんだ。


「なにかもう、光の剣というかビームというか……」

「あれ、一応横薙ぎもできるから」


 おそらく、現状一撃の火力だけを見ればPCプレイヤーキャラクター最大火力はエレインだろう。もちろん、他のPCもどこかでなにかを入手している可能性は捨てきれないが。

 『兄』などは、あの剣と合体する変形ギミックに普通に格好良くていいなぁ、などと羨ましがっていた。確かに男の子が好きそうではあるけれど――。


「んじゃ、もう一回見回ってから帰ろっか。後、ワタシも新しいミスリル剣を試してみたいし!」

「アンデッド相手だと銀製の武器ってボーナスあったよね」


 ミスリル銀製の長剣を抜くエレインに、白百合は横に並んで歩き始めた。そこでふと、エレインは気づいたように白百合に訊ねた。


「んー? シロシロ、フローズヴィトニルのドロップ素材なんだけどさ?」

「ドロップ素材。ちょっと待って――悪評高き毛皮と悪評高き爪、悪評高き牙……だね」

「いや、これなんだけど――」


   †  †  †


()()()()()()()()()?」

「うん、そう。いつもより、明確に少なかったんだって」


 坂野真百合(さかの・まゆり)を見上げ、坂野九郎(さかの・くろう)は思い返す。


「……確か、アーロンさんと推測で話し合ったんだけどさ。多分、フローズヴィトニルのドロップ素材の数ってPCが受けた被害に比例するんじゃないかなって」

「被害ってことは、戦闘不能にされてアイテム奪われた数分ってこと?」

「そうそう。ひどい時には一〇人くらい一気に被害にあってさ、倒したら出るわ出るわ。一種類の素材で最高一五個も出たんだよ」


 この情報はアーロンと話し合った結果、意図して隠そうということにした。場合によっては悪どいPCが被害を拡大させてからフローズヴィトニルを討伐して儲けよう、などと考えかねないからだ。


「地味にフローズヴィトニルのドロップ素材のアビリティ優秀なのがあるんだよ。《HP増加》とか《AP増加》とか。それ目当てで狩り出すヤツが悪どい真似やり始めたら、混乱が広がるだろうからさ」

「んー、そうなると今回少なかったってことはあんまり倒してなかったってこと?」


 真百合は考え込み、無意識に九郎の頭を撫でる。後頭部から伝わる柔らかさやその小さな手の感触など、あまりよろしくない気がするが――疲労と心地よさが、勝ってしまう。


「いや、それはないだろう」

「え? どうしてわかるの?」

「一体目を倒してから、被害報告が最終的に三件になったんだろ? そのぐらいの被害で抑えたこと、それなりにあるんだよ」


 エレインにしても、そのぐらいの被害ですんだことはあったはずだ。そのエレインが少ない、というのは明確におかしい。

 九郎は必死で考え込む。ゆらゆら、と意識が飛びそうになるのを自覚しながら、ぼやいた。


「あんまり……愉快な、想像にならないな……」

「なにか思いついた?」

「いや……こう、あくまでオレの推論、だって……思ってくれな……」


 瞼が重い。それでも、伝えるべきことは伝えないと――そう思いながら、九郎は真百合を見上げて言った。


「もし、また……今回と同じ、ドロップ数が、出たらさ……対策班の、みんなに……伝えてくれ……多分、それ……()()()()()()()()……は、ずだ……」

「え? それって――」

「アビリティ《悪評高き狼(フローズヴィトニル)》で、ドロップ、やら、アイテム、やら……奪った、フローズヴィトニル……は、()()()()……んだ……」


 これは愉快ではない、最悪の想像だ。なんらかの条件を満たし分身したか分裂したフローズヴィトニルが、弱い個体を囮に本体が力を蓄えている可能性があるのだ。


「ア、ビリティ……で、集めた分だけ……ドロップの数、が、変わるなら……多分、強さにも、影響があるんじゃ……ねぇかな……だとすると、ほ、んたいを……はやく、たおさないと……やっかい、な、こと、に……」


 ああ、もう限界だ、と九郎は指先からの痺れのような眠気に意識を沈めていく。その様子に、真百合は顔を近づけて瞳を覗き込んだ。


「いいよ、少し眠って。後で起こしてあげるから……お疲れ様、お兄ちゃん」


 九郎の唇が、なにかを紡ごうと動く。だが、それは言葉にならず寝息へと変わっていく――それを見届けて、真百合は『兄』の額を優しく撫でた……。


   †  †  †

「大好きです!」(騎士剣の変形機構に目を輝かせて)

やはり、変形はロマン。効果も合わせて、九郎はこっちが良かったなぁ、と思ったらしいです。


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[一言] ここの運営なら、態と被害拡大させたプレイヤーから称号<英雄><英雄候補>剥奪位やりそう
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