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4話 〇.〇〇〇〇1%の必然(前)

 ――妖獣王(ようじゅうおう)


 それはエクシード・サーガ・オンラインの舞台である中央大陸セントラル・グラウンドの東にある、小さな島国であるホツマ諸島に君臨する妖怪たちの王の名である。


 “八体の獣王”の一体に数えられるこの大妖怪は、三〇〇〇年を超えたなおも寿命が尽きず、この世界でもっとも古き存在のひとつとして語られている……。


(いや、何でそんなのの影が、ここに出るんだよっ!?)


 壬生黒百合(みぶ・くろゆり)の中で、坂野九郎(さかの・くろう)が頭を巡らせる。ここは彼ら“八体の獣王”からすれば敵である聖女の墓なはずだ。世界観的にもゲーム的にも英雄か否かの審議を行なう、もっとも重要な場所のひとつなはずだ。


 あの柱の文様、あれが伏線だったのだろうか? それとも、何か別の理由が――思考を巡らせながら身構えると、クックックと“妖獣王(ようじゅうおう)(エイリアス)”は笑みをこぼした。


『どうした? どうした? 先程までの勇ましさはどこに行った?』

「…………」


 会話が成立している、と黒百合は驚きを飲み込む。こちらの沈黙の意図を察して会話を紡ぐなど、VR全盛の現代でも尋常な思考AIではない。どんな高性能なAIをNPCノンプレイヤーキャラクターに積んでいるのか、そっちの方も気になるが……そっちを考えるのは、後だ。


『話すのは嫌いかの? 妾に怯えて、と言う訳ではあるまい? それとも――』


 音もなく、九本の尾が形を変える。その切っ先が刀となった。


『――侍はやはり武勇で語る方が好みかの? ん?』


 ヒュガガ! と四本の尾が伸び、黒百合を襲う。その時には、もう黒百合は駆け出していた。踏み出す一歩で、刀は抜いている。最初の一本による足元への刺突を跳躍でかわし、空中で迫る二本の尾を刀で左右に受け流し――。


『ハッハァ!!』


 着地する黒百合を狙って、四本目の尾が放たれる。動きを読み切った精密極まる一撃、それを黒百合は近場に刺さっていた“聖女の守護者”の刀を蹴り、強引に着地点を変えて回避する。


『やりおるのぉ! そうでなくては、妾が足を伸ばした意味もないというものよ!』


 音もなく疾走し、“妖獣王・影”が次々に尾を繰り出していく。それを止まることなく的を絞らせずに、黒百合は引き戻される尾へ斬りかかった。


「……くっ」


 だが、刀が尾に弾かれる。ダメージは一切通っていない。刃と化しているからではない、これは――。


《――イクスプロイット・エネミーには、称号《英雄候補》並びに《英雄》を所持していないPCプレイヤーキャラクター・NPCはダメージを与えられません》

「……本末転倒」


 くそ、と声に出さないように九郎は胸中で吐き捨てる。《英雄候補》の称号を得るためのチュートリアルで、称号を持っていないとダメージが通らない敵が出てくるなど、順番が明らかに間違っている!


「――――」


 何だろう? 今、何かが引っかかった。しかし、それが何なのかわからない。さっきまでとはまったく違う、何せ刀の数が文字通り九倍なのだ。集中力の消耗度は、“聖女の守護者”戦とは桁違いだ。

 視界が霞む。焦燥がじわじわと熱となって身体に籠もっていく。思考が熱に蝕まれていく。強引に引き上げられるテンションが、空回りさせられている感じる――。


「――っ、ふう」


 落ち着け、呼吸を乱すな、()()しろ、思考と動きにズレを作るな!


■“八体の獣王”が分身体である(エイリアス)を世界中に放ってるってのは、クローズドβで確認はされてたけど……

■何でチュートリアルに出てくんだよ!? おっかしいだろ!

■いや、確か出現確率〇.〇〇〇〇1%で出現するって噂はあったんだよ。噂だと別の獣王だったけど

■かわせかわせかわせ! クローズドβでも(エイリアス)討伐は一度だって成功してねぇんだから! 初期装備じゃかすっても死ねんぞ!?


 コメントを詳しく確認する余裕など、今の黒百合にはない。ただ、回避に徹する。それしかできなかった。


「……ごめん、集中する」


 思考を割く余裕など、どこにもなく。黒百合は九本の尾を刀に変えて迫る妖獣王の影の猛攻を必死に凌ぎ続けた。


   †  †  †


「……何、これ」


 壬生白百合(みぶ・しろゆり)の中で、坂野真百合(さかの・まゆり)が呆然と呟く。弓を使う“聖女の守護者”との戦いを終えた彼女は、先に待っているだろうと思っていた『姉』の戦いを画面越しに見るしかない。


 白百合の実力、ひいては真百合のゲームにおける腕前は決して低くはない。幼いころからVRゲームにハマった兄九郎と共に、遊んできたからだ。


 真百合がバーチャルアイドルとしてゲーム実況の分野を選んだ理由はそれだし……決して口には出さないが、九郎という兄はゲームの中においては彼女にとってのヒーローだった。


 どんな高難度のゲームであろうと、理不尽な状況に追い込まれようと、笑ってそれを乗り越える(クリアする)――兄なら、九郎なら、シナリオの都合でなければどんなゲームであろうとやり遂げる、そんな無責任な信頼さえしていた。


 その兄が――兄が操る黒百合が、一方的に追い込まれていた。プレイヤースキルでもどうこうできない、絶望的なデータによる差。象へ一匹の蟻が挑むような有様だった。


“白狼”:『兄貴……』

“機能”:『――現在、チュートリアル:英雄の試練を行なっております。秘匿回線は使用できません』


 冷酷なまでのシステムメッセージ。それは自分の声が届かないのだと、まざまざと真百合に……白百合に思い知らせた。


「…………」


 確認すれば、既に視聴者は一〇〇〇〇人を超えていた。オープンβのVRMMORPGの公式配信とはいえ、弱小事務所のバーチャルアイドルのデビューとしては破格の視聴者数だ。


 一度見れば引き込まれ、ネットによる拡散によって一目見ようと次々に人が押し寄せてくる。見入ることで減らず、続々と増えるだけの数値に真百合はぞっとした。


 成り行きとは言え、バーチャルアイドルとして大勢の目の前に『兄』を連れ出すきっかけを作ったのは自分だ。だからこそ、『兄』が負ける姿をこんな多くの人たちに見せてたくない……そう、真百合は思ってしまったのだ。


(……我儘だな、あたし)


 兄貴と呼ぶようになっても『兄』にはいつまでも自分にとってのヒーローでいてもらいたい……そんな想い(我儘)が自分にはあるのだ、と自覚してしまった。


「……え?」


 その時だ――不意に、コメント数が跳ね上がった。


   †  †  †


 三本の尾の連携を受け流した黒百合が、弾かれて後退する。


「……っ」


 背中に強い衝撃を受けた。壁際に追い詰められたのだ。


■ぐあー、タイミングがズレたのか!?

■ダメージ入ってないから、強制ノックバック効果だろ

■ずっけ! どんだけだよ!?

■うわー、もう駄目だー

■冗談になってねぇ! 逃げ場がねぇぞ


 コメントが阿鼻叫喚に包まれる。それでも刀の構えを解かない黒百合に、“妖獣王・影”の輪郭が炎のように揺れた……笑ったのだ。


『いや、見事見事! 惜しむべきは装備の貧弱さじゃな』


 “妖獣王・影”の声に、黒百合は呼吸を整えながら天を仰いだ。そして、()()すると“妖獣王・影”に視線を戻して答える。


「……始めたばかり。仕方がない」

『そうか、残念極まりないが今回は妾の勝ちじゃな』


 “妖獣王・影”が尾を左右に一本ずつ展開、そして二本の尾を引き絞るように構えた。

『次は準備を整えたぬしと戦いたいものよ――さらばじゃ』


 ヒュガガガ! と左右の二本が横薙ぎに、二本の尾が真っ直ぐに放たれる。左右に逃げ場はなく、二本の尾で繰り出される刺突は容赦なく襲いかかった。


 背後は壁、逃げ場はない。だから、いや、だからこそ黒百合は迷いなく前へ出る!


『ぬ、お!?』


 “妖獣王・影”が、驚きの声をこぼす。二本の尾による刺突、それが弾かれたのだ。


 そこには刀を下段から振り上げた体勢の黒百合の姿がある。受け流(パリィ)したのではない、その証拠に尾にダメージが入っていた。


「……《超過英雄譚(エクシード・サーガ)英雄譚の一撃(サーガ・ストライク)》」

『は、はは、は! ()()()()()()()!』


 笑い、“妖獣王・影”は猛攻を再開する。黒百合は、もはや防御一辺倒ではない。本来であれば必殺の一撃である《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を全ての攻撃に込めて反撃していく。


 これに混乱したのはエクシード・サーガ・オンラインのシステムを知る者たちであり、最初にカラクリに気づいたのも彼らであった。


■あ? 《超過英雄譚》ってリキャストタイムねーの?

■んな訳あるか! 一回使ったら一五分リキャストタイムだわ!

■おいおい! 全部の攻撃の乗せてるんですけど!?

■完全にただのノーコストのぶっ壊れじゃん!

■あ! ああああああああああああああああああああああああああああ! そっか、そういうことか!

■知っているのか、同志!


()()()()()()()だからか!

「……あ」


 白百合が、そのコメントを見て思い出す。


 自分が秘匿回線を送ろうとした時にチュートリアル中だからと繋がらなかった、それと同じ理屈だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


()()()だ! チュートリアルの“聖女の守護者”は《超過英雄譚》でしか倒せないから、チュートリアルの間だけはリキャストタイムがないんだ、アレ!


 ――そう、これはチュートリアル()だからこその例外。これはゲーム性の問題であり、初心者に《超過英雄譚》の使用法をレクチャーするための戦闘だから、一度攻撃を外してもすぐにリカバリーできるようにリキャストタイムを無くしているのだ。


■マジか! んじゃ、クロちゃんはそれを知ってたのか

■一応、エクシード・サーガゲージは確認できるはずだからわかるはずだけどこんなレアケース、前情報ある訳ねーわ。戦いながら気づいたんだろ?

■オレならゲージを確認しようとして視線を外しただけで死んでるわ


(ああ、まったくもってだぜ)


 あの時だ、天を仰いだあの時。“妖獣王・影”に会話の意志があると賭けて、天を仰ぐ真似をしてエクシード・サーガゲージを確認したのだ。

 視界の上に浮かぶゲージは、MAX状態から減っていなかった。だったら、《超過英雄譚》も使えるのではないか? その可能性を信じたのだ。


 もしも(If)


 天を仰いだ時、攻撃が来たら対応できずに負けていた。

 ゲージが消費され、リキャストタイムに入っていればあの反撃は行なえず倒されていた。

 そして――。


「次、じゃない」

『ほう?』


「今、この時。《超過英雄譚》を無尽蔵に使える、このチュートリアルが終わっていない間――それが、最初で最後の()()()()()()()()()()

『――――』


 “妖獣王・影”の動きが止まる。低く滑り込んだ黒百合の薙ぎに前脚を切り裂かれながらも、“妖獣王・影”――妖獣王は動かない。


「……っ」


 黒百合は、その場を駆け抜け間合いを開ける。後、一撃か二撃入れる隙があったはずだ。だが、本能的に何かを察して距離を取る。


『ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハハハハ! 面白そうなヤツがおったので長き無聊の慰めにと思えば! これは予想以上の逸材よ!』


 妖獣王が、弾けたように笑う。狐の形をした影の口の部分が、裂けて歪む。

 全身が総毛立つ、まるで飢えた猛獣の檻の中に入れられたような気分だ。間近で感じる圧倒的な生物の圧力、そしてこちらに向けられる明確な殺意――どれをとっても、恐ろしいほどにリアルだった。


『使うべきではない、と思っていたが……もはや、加減するのは無粋じゃな。覚悟せよ』


 “妖獣王・影”が、地を蹴る。真っ直ぐな疾走、もう幾度となく《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を受けながらなお尽きぬ生命力(HP)を支えとした突撃。


 二本の尾が、先行して黒百合を襲った。左右、タイミングをずらした右がコンマ秒後出しの刺突を黒百合は左をステップでかわし追ってくる右を刀で受け流――。


『蕩けよ』

「……っ……!?」


 あまりにもか細い、影の呟きの結果は効果絶大だった。受け流した刀、その刃がどろりと半ばから文字通り溶けて破壊されたのだ。


(武器、破壊!? この後に、及んで……!)


 “妖獣王・影”の奥の手――武器破壊アーツ。受け流し(パリィ)殺し。この初見殺しを最初に使われていれば、もう終わっていたはずだ……文字通り、手を抜いていたのだ! この獣の王は!


『では、また会えるのを楽しみにしておるぞ?』


 それはいっそ優しい、幼子を愛でる母のような声で――“妖獣王・影”が放った薙ぎ払いの尾が、黒百合を吹き飛ばした。




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