32話 英雄回廊:ホツマ2
※誤字報告、ありがとうございます!
† † †
ただただ、真っ直ぐに進んでいく。救いは足場が思った以上にしっかりとしていることか、堤又左衛門こと又左は、前に視線を集中したまま口を開いた。
「どんだけ歩いたのか、正直わからんなぁ」
「直線距離としたら、リアルなら二キロと八〇〇メートルほどでござるな」
求めていた訳ではない答えが、いやに正確に返ってきて又左は振り返らずに問い直した。
「は? どうしてわかんだよ、サイゾウさん」
「拙者、歩幅を七〇センチで固定しているでござるから」
あっさりと答える忍者に、思わず又左は呆れて振り返る。間違いなくゲームの方の能力ではなく、リアルでできる技能を利用しての結果だ。どんな世界観でも忍者ロールをやるためならどんな努力も惜しまない、サイゾウという男の恐ろしさの一端がそこにあった。 それに賛同したのは、意外にもイザベルだった。
「サイゾウさんの距離、当たってると思います。又左さんとカラドックさんが今潜った鳥居で、ちょうど二八〇個です。鳥居が一〇メートル間隔だったら計算合いますから」
「……数えてたのか」
「な、なにかの参考にならないかなって……」
文句があった訳ではないが、髭面の大男にイザベルが萎縮する。それを取り持ったのは、壬生黒百合だ。
「判断基準は多いに越したことはないから」
「距離感的には合ってると思うかい? 大将」
「エクシード・サーガ・オンラインの縮尺は現実のそれと同じ。充分信用してもいいデータだと思う」
そうサイゾウとイザベルの努力を認めた上で、黒百合は「でも」と付け加える。
「そもそもが空間が歪んでるとか弄ってる可能性もある。源平退魔伝の幽世ルートで、そういうトラップもあった」
「ああ、そうでござったなぁ。鬼一法眼の庵とか、もう正気の沙汰ではなかったでござる」
あったあった、とサイゾウがこぼす。そもそもが魔法とか呪術のある世界だと、途端に人間の正常な感覚が信じられなくなる。VRという実際の体験として遭遇すると、なおのことだ。
「ただ、同じところをグルグルと回っていることもない。さっきから鳥居に印は残しているけど、印は発見できないから」
「なるほどね、了解」
又左はそう確認を終えると、再び前方に視線を戻した。その後ろ姿に、黒百合は密かに感謝する。
(わざわざ言葉にさせて、みんなに聞かせた訳か)
共通認識というのは重要だ。だからこそ、敢えて又左は聞き役になってこちらに解説させたのだろう。それを自然にできるあたり、やはり場馴れしている。
その間にもディアナ・フォーチュンとカラドックは沈黙を守っていた。自分の役目に集中しているからだ。こちらも、安心して任せられるのでありがたい。
「――止まってくれるでござるか」
サイゾウの制止の声に、又左とカラドックが足を止める。自然とパーティ全体で止まると、サイゾウが二度三度と爪先で足元を確認してから言った。
「……やはり、少し足場が上に傾いているでござる。この先、なにかあるでござるな」
「わかった。カラドックさん、又左さん、慎重に進んで。なにか見えたら止まって報告してほしい」
「了解した」
「ほいほい」
† † †
「――あ?」
ついに『行き止まり』に到着して、又左は自身でも間の抜けたと思う声を漏らす。緩やかに登り、道と鳥居が途絶えた先にあったのは日本式の城塞天守閣だ。ただし、見上げるのではなく見下ろす形になるのだが。
「守りガバガバじゃね?」
「そうでもない。あそこに行くのに空中を移動しないといけない」
「ああ、そういう守り方か」
普通、城壁や堀などで守るべき天守閣だ。むしろ、又左の感想の方が正しい気はするが……魔法のあるゲームである、リアルの常識に足を引っ張られることもあるから油断できない。
「……これが崖なら、鵯越の逆落としができた」
「ああ、いきなりロデオゲームになるんでござるよなぁ、あそこだけ」
史実の源平合戦においてもあったとされる一ノ谷の戦いで、崖を馬で降りるという奇襲方法が行われたのだが、源平退魔伝でもそれはミニゲームとして再現されていた。黒百合こと坂野九郎は、馬ではなく自身の足で駆け下りるという裏技を好んだのだが。
「あ、待ってください。あそこ――誰かいます」
ディアナの指摘に、みんながその視線を追う。天守閣の屋根の上、確かに誰かが寝転んでいた。
ただ、最初にその異常に気づいたのはカラドックだった。
「……ん? 縮尺が……?」
「あ、奇遇でござるなぁ。拙者もそうでござるよ」
屋根に寝転んだ誰かは、天守閣のサイズからするに大きすぎたのだ。サイゾウは自身の右腕を前に伸ばし、それを基準に距離を計測――そして、唸った。
「ん~……あの人影、五メートルはないでござるか?」
「少なくとも人間じゃねぇな、それ」
「あ、起きましたよ」
イザベルの言う通り、人影は立ち上がった。こちらに両手をぶんぶんと振ると、「おいっちにっ」と掛け声を付け足したくなる動作で準備体操を始める。
それを見て、又左は吐き捨てた。
「おい、あれヤバいんじゃ――」
最後まで言い切る前に、人影は円盤投げの選手のように上半身を大きく捻る綺麗なフォームで振りかぶり――。
「カラドックさん」
「おう!」
黒百合の声と同時、アーツ《シールドガード》を発動させたカラドックが前へ。人影が投擲した亜音速に到達しそうな瓦を、カラドックの大盾が受け止めた。
† † †
豪快な破砕音と共に瓦が砕け、カラドックの巨体が宙を舞う。カラドックはすぐに着地、止めていた息を吐いた。
「ダメージ軽減、助かった」
「それが役目ですので」
あの瓦と盾が激突する寸前、ディアナのアーツ《マナシールド》がさらにダメージを削っていたのだ。でなければ、防御を抜かれてダメージを受けていたかもしれない。
〇ダメージでカラドックが凌ぎ切った、それを見て黒百合が言った。
「全員、後退。引きつける、後から乗って来て」
「気をつけてくださいね!」
ディアナの心配に視線だけで頷き、黒百合は途切れた道から虚空へ飛び降りた。浮遊感は一瞬、すぐに重力に捕まって落下が始まる。
「――“黒面蒼毛九尾の魔狼”」
その瞬間、頭から外れた“妖獣王の黒面”が黒百合の胸元へ。溢れ出す蒼と黒が狼頭を形成し、九本の蒼黒い尾がその背から伸びた。
それを見た人影は、すかさずその場を踏みしめる。ズン……! と振動に揺れる天守閣の屋根、その勢いに数枚の瓦が宙に浮いた。
『――ッ!!』
その浮いた瓦を指に挟んでは人影は、黒百合に向かって投擲してくる。それを黒百合は四本の尾を大太刀に変えて足場に、不規則な動きで的を絞らせず虚空を駆けた。
『おう、大したもんだなぁ、おい』
人影は、素直に称賛する。瓦の豪雨を駆け抜けた黒百合は、天守閣の屋根へと到達。ガリガリガリ! と瓦を砕きながら降り立つことに成功した。
『嬢ちゃんが女狐のお気に入りか。器用に尻尾を動かすもんだなぁ、おい』
人影――体長五メートルを優に超える赤い肌の鬼が、豪快に笑う。鬼が黒百合から視線を外せば、既に残り五人も五本の大太刀に乗って屋根へと到達していた。
『最初に自分を囮に一気に移動、その間に仲間もか。あの女狐より尻尾の使い方に頭を使うじゃないか。あいつ、なんでも力尽くだからよぉ』
「……“影”としか会ってないからよくわからない」
『あー、ならわかんねぇか。本体の女狐、魔王軍の龍とか一時間かけて九本の尻尾だけで殴り潰したりすんだぜ? あそこまで来ると小技もいらねぇってこったな』
ダーハハハハハ! と笑う鬼に、黒百合は改めて九本の尾に戻し身構える。
「で? なんの用? いきなり攻撃して来て」
『挨拶だって挨拶。あんぐらいで死ぬようなら、俺らの国に行く資格はねぇかんな』
鬼は言い捨てる。ゴキリと拳を鳴らし、そして威風堂々と名乗った。
『俺ぁ鬼神、大嶽丸。この英雄回廊:ホツマを預かってるもんだ。よろしくな、《英雄》ども』
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《――イクスプロイット・エネミー、“大嶽丸”の出現を確認》
《――偉業ミッション、『英雄回廊:ホツマの試練』へ移行します》
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