31話 英雄回廊:ホツマ1
† † †
翌日、宣言通りに九時近くになりセント・アンジェリーナ教会に壬生黒百合は訪れていた。
■優秀!
■バーチャルアイドルが時間にルーズって二一世紀初頭からの伝統だっけか?
■一時間遅れる度に、遅刻したバーチャルアイドルのCGが踊る姿が増殖していくのもその頃からのネタだっけ?
■四人全員時間通りに揃う、それだけでも素晴らしい
“黒狼”『アイドルへの敷居、低くない?』
“銀魔”『バーチャルアイドルあるあるネタですから……』
“白狼”『ゲームイベントだからね、さすがに遅刻は厳禁でしょ』
“金兎”『ふぁ……ん。大丈夫、間に合ったぞ―』
“銀魔”『眠そうだけど、大丈夫? エレちゃん』
“金兎”『いや、お爺様がなにかずっと話したがって……んんっ! 大丈夫だぞ!』
秘匿回線で会話を終えると、エレイン・ロセッティは改めて黒百合と向き合う。
「こっちは任されたから! 頑張れ!」
「ん、任せた」
「じゃあ、ディアナさん。クロのこと、よろしく」
「はい、フォローはしっかりとしますから」
セント・アンジェリーナに残る壬生白百合も攻略組のディアナ・フォーチュンとそう言葉を交わした。白百合の場合、弓という武器の特性以上にその腕前から、セント・アンジェリーナ側が適任という判断だ。特に身を隠し特定フィールドに潜むフローズヴィトニルへの対処にと考えれば、白百合の弓のエイム力は欠かせない戦力とも言えた。
「こっちも準備万端でござるよ」
そう言ってやって来たのは、サイゾウだ。ただし、今までの黒装束とは少し違う。黒く染めた革製の鎧ではあるものの、防具をしっかりと着込んでいた。
「マーナガルムの時のように、縛りプレイで迷惑をかける訳にもいかないでござるからな。少し主義を曲げて防具も用意したでござる」
黒百合とサイゾウという現状のトップクラスの実力者にディアナというバッファー。それに後、立候補者たちから選ばれた三人のPCの計六人パーティが、その場に揃っていた。
「正直、タンクとしても助かる。防御力〇はさすがに……ほら、な」
ひとりは身長二メートル近いフルプレートメイルを着込み、メイスと大盾を装備したタンク、カラドックだ。クローズトβ組ではあるが、タンクという役割上あまり目立たないため名は知られていない。だが、パーティ単位ではひとりいると助かるPCだ。
「マーナガルムの時はお世話になりました」
「ああ、あの時の」
ペコリと丁寧に頭を下げるのは、イクスプロイット・エネミーマーナガルム戦で白百合と一緒に駆けつけてくれた弓使いの女性だ。名前はイザベル、オープンβからの参加だが他のVRMMORPGの経験があるため弓の腕前はかなりのものだ。
「……シロさんと比べられるとさすがにちょっと、ですけど」
「大丈夫、シロはまた別」
比べる相手が悪いし、今回はダンジョンアタックだ。ほしいのは長距離や狙撃能力よりも中距離の射撃能力だ。そういう意味では、当てにしている。
「未知のダンジョンを六人でってのはさすがにおっかないが、やり遂げねぇとなぁ」
そう言ったのは、最後のひとり。名前を堤又左衛門。朱色の長槍を使う、サイゾウと並ぶレベルでホツマを求めるPCである。
「……前田利家?」
「お? 歴史わかる? 今度サイゾウさんも入れて語ろうぜ」
「又左殿、戦国語らせると細かいでござるからなぁ」
熊のような髭面の大男、通称又左は笑い、すぐに表情を引き締める。趣味に走っても攻略は手を抜かない――サイゾウと同じく、このあたりは思考回路がゲーマーだ。
「では、ホツマへの試練攻略組、出発する」
† † †
《――特殊ルート:英雄回廊・ホツマへの試練が開放されました》
† † †
「……おいおい」
そう呆れた声を出したのは、又左だった。その気持ちは、黒百合にも理解できる。
セント・アンジェリーナ教会の地下、チュートリアルが行われた部屋に踏み入った瞬間、景色が歪んだ。目の前に立ち並ぶのは無限の鳥居であり、足場は木製の吊り橋のようだった。
行き先は闇、その奥になにが待ち受けているのかまったくわからない状況だ。
「どうする? クロの大将」
「……大将?」
いきなりの奇妙な呼び方に問い返した黒百合に、又左は肩をすくめて答える。
「そりゃあ、今回の持ち込みはあんただ。命令系統が混乱しないよう、仮でもリーダーはあんたにしておくべきだろう」
「確かに。配信は見せてもらっている、判断力に関しても黒百合さんに任せていいと私も思う」
又左の提案に同意したのは、カラドックだ。ふたりともゲーム慣れしているのだろう、船頭多くして船山に登るという状態の恐ろしさを、身に染みて理解しているからこその意見だった。
(あー、このふたりがそうまとまったとなると――)
黒百合は、サイゾウを見る。サイゾウもひとつ頷き、意見を述べた。
「黒百合殿でなければ又左殿かカラドック殿のどちらかが適任でござるが……そのふたりが揃ってと言うなら、拙者も黒百合殿をリーダーにする意見に賛成するでござる」
「わ、私もそれで構いません」
イザベルはむしろ、指示があった方がありがたいタイプだ。こういう場合、多数決でも最大人数の方に流れるのは目に見えていた。
(サイゾウさんは忍者ロールがあるから除外していたけど……ゲーム慣れしているふたりもか)
又左は純粋なゲームにおける経験値で、カラドックはタンクという役割から、どちらもパーティでの動きを熟知している。それを買って、黒百合も立候補者の中からふたりを選んだのだ。このふたりがリーダーに挙手すれば、黒百合としては任せてしまう腹積もりだったのだが……そういう意味は、サイゾウも含め自分で判断を下せる三人の意見が揃った時点で、もう決まったも当然だった。
「もちろん、フォローは全力でしますよ」
そこは安心してください、とディアナが請け負う。彼女もイザベルと同じで指示を出すより従う方が得意な方だが、むしろ最初から黒百合をリーダーに推すつもりだったのだろう。三人の提案は、ディアナにとっては渡りに船だったのだ。
黒百合としてもトントン拍子で荒れることなくありがたい反面、責任も相応に感じる状況だった。
「ん、ならやらせてもらう」
だが、形式上満場一致で決まったのなら覚悟の決め時だろう。黒百合は一瞬だけ考えて、最初の指示を出した。
「変則的な二列編成で進む。先頭をカラドックさん、又左さん。その後ろにひとりでサイゾウさん。サイゾウさんは足元の観察を重点的に。サイゾウさんからの制止があったら先頭のふたりはすぐに従ってほしい」
「……承知にござる」
サイゾウの首肯を受けて、黒百合は改めてカラドックと又左を見上げて告げる。
「その上で又左さんは、カラドックさんの歩調に合わせて。戦闘が起きたら、最初はタンクのカラドックさんの動きが基準になる」
「おう、心得たぜ」
「私としてもその方がやりやすい」
前衛と中衛の三人の同意を得て、黒百合はディアナとイザベルに視線を向けた。
「サイゾウさんの後ろ、少し離れてディアナとイザベルさんが横並びに。イザベルさんは基本上に注意してほしい、なにかあったら声に出して注意を促してくれると助かる。ディアナは戦闘時にすぐにバフ対応できるよう準備を――前は、三人が守ってくれるから安心して」
ディアナとイザベルが、緊張した面持ちで頷いた。ふたりともここまでしっかりとした隊列を組んでの攻略が初めてだ――それだけ、完全に情報のない攻略に黒百合が警戒しているのを肌で感じ取っていた。
「最後尾と背後の警戒は任せてほしい。なにかが起きたら、その時はこちらで対応して改めて指示を出す。まずはこれで行く」
黒百合の提案に、口笛を吹いたのは又左だ。少なくとも修正を入れる隙はどこにもない、充分考えられた陣形だ。
黒百合は瞳を閉じて精神集中。目を開くと、無表情ながら真剣な眼差しで宣言した。
「では、攻略を開始する」
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古のTRPGゲーマーあるあるの光景です。
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