30話 セント・アンジェリーナ2
† † †
――かつて、坂野九郎は源平退魔伝というゲームでとある少女を救った。
(あれは普通、気づかないよな。助けても専用エンディングなかったもんなぁ)
そうだ、あれほどの難易度をもって歴史を変える行為を行なっても専用エンディングなどなかった。ただ、救ったという結果は歴史に埋もれて消えただけ。
ただの自己満足、自分だけの結末。トロフィーコンプにさえ関わらないオマケ要素だった。
(そんなアルゲバル・ゲームスが特殊ルートって言うぐらいだから、それこそ根本がひっくり返るぐらいの出来事かと思ったけど――)
まだ話は終わっていない。だから、九郎は壬生黒百合としてハーンの次の言葉を待っていた。
「これをキミたちに話したのは、他でもない。提案があるからだ」
ハーンはそう言って、テーブルにひとつの水晶を置いた。すき取った青みがかった水晶には、時折蒼い輝きの光の線が走る。明らかに自然なものではない、なんらかの技術が施された物だ。
「長老から許可が出た。これはセント・アンジェリーナ教会の地下にある八箇所の転移システム――そのうちひとつの解放権に挑むことのできる認証キーだ。この認証キーと聖女の本当の墓を守るために、“隠れ里”アンジェライナは作られたのだ」
「……っ」
ガツン、と情報で殴られる。黒百合は思わずその場で立ち上がりそうになるほど衝撃を受けた。
(やってくれたな、アルゲバル・ゲームスゥ!)
超弩級の爆弾を落とされた。だって、そうだろう? ようするにサービス開始前に、サービス開始後でないと行けないエリアを解放しようとしているのだ!
(待て! 待ってくれ! それって――)
■おい、もしかしてもう八箇所全部のエリア完成してんの!?
■サービス開始前にここまで作り込んでるゲームなんて聞いたことねぇよ!
■相変わらず頭悪いなぁ、アルゲバル・ゲームス! 愛してんぜ!
VRMMORPGの全盛期と言われるこの時代でも、これは異常な事態だった。本来なら時間をかけてアップデートしていき、行けるエリアを増やしていく――それが古今東西のオンラインゲームの常識だった。
だが、その常識を蹴飛ばして来た。その衝撃はゲームの常識を知るゲーマーであればあるほど凄まじかった。
「それぞれの支配地を地下で繋げれば、ガルムによって滞っている物資の問題も解決するかもしれん……判断はキミたち《英雄》に任せる。その資格はキミたちにだけあるのだから」
ハーンはそこまで言い切ると、深くため息をこぼす。それは長年の重荷をようやく下ろせたような、開放感のある笑みだった。
† † †
話を終え、ハーンの家からとある宿屋に移動して改めて配信が再開された。
「えっと、これを観ている皆さん。ご相談してもよいでしょうか……」
そうディアナ・フォーチュンが代表して視聴者に切り出す。コメント欄に溢れるのは、それぞれ視聴者の意見だった。
■ホツマとか、ホツマとか、ホツマとかいいんじゃないでござるか!?
■必死すぎだろ、サイゾウさぁん!
■そりゃあ忍者の本場だろうからなぁ!
■でも、他の土地の情報って出てたっけ?
■双獣王のとこが北欧神話風世界で。仙獣王とかオリエンタル要素ありあり、百獣王のとこが妖精とか魔獣とかが闊歩する騎士道物語風の世界。雷獣王に至ってはもう、世界というか封印された巨大迷宮らしいよ。ミニシナリオでそのあたりは情報が解放されてた
■大概、どこの世界でも“八体の獣王”とやり合ってる勢力があるから、《英雄》は歓迎されるってさ。どんなに強くてもイクスプロイット・エネミーが出たらダメージ与えられないから撃退がせいぜいらしい
■……いや、撃退できるだけですげぇけどな
もちろん、情報が開示されていない獣王もいる。海獣王など支配領域は海全般だし森獣王は行方知れず、械獣王もセント・アンジェリーナからは遠すぎて詳しい情報がなかった。
■ところでハーンパパから認められたエレちゃんたちはどこに行きたいの?
■そうだな、本当ならキミたちが決めたって文句出んよ? エレちゃんが開放したミニシナリオからの情報だし、マーナガルム倒したのもキミらだもん
■そうそう、そこんところは聞いておきたい
自分たちの意見を求められ、四人は顔を見合わせる。その視線には、どこか気まずさがある訳で。
「あたしたちだと、満場一致になっちゃうだろうし……」
「そうだなー、いっそいっせーのせで言ってみる?」
壬生白百合の言葉に、エレイン・ロセッティがそう提案した。そして、ディアナが代表して音頭を取る。
「では……いっせーの、せ!」
「「「ホツマ」」」
「ホツマ以外」
■「「「「「「「「「「「「「「「――ん?」」」」」」」」」」」」」」」
ただひとり、黒百合だけがホツマ行きを拒否していた。それに白百合が思わず口を挟む。
「ちょっと待って! クロ的にその呪いを解くチャンスでしょ!?」
「そうだぞ! だからホツマがいいって思ったのに!」
「……冷静になってほしい、今ホツマに行っても呪いを解いている時間がない」
白百合とエレインに詰め寄られ、黒百合は返す。ディアナはふたりが詰め寄るのを見て逆に冷静になったのか、深呼吸をひとつ切り出した。
「クロちゃんは自分よりも今は双獣王を優先すべき、そう思ってるんですね?」
「当然。正直、今の状況で妖獣王が倒せると思わないし……」
「思わないし?」
口を噤んだ黒百合に、ディアナは強い語調で先を促す。自分を後回しにしていることを非難する響きだが――すん……と黒百合は目の光を失いながら、素直に答えた。
「妖獣王に会うのはずっと後だと思ってたから。会いたくないって言うのが本音」
■ああ、またクロちゃんの瞳から光が消えてらっしゃる……
■そういえば呪いってどう解くんだっけ? クロちゃん断固その情報を明かそうとしないけど……
「それ、あたしたちにも教えてくれないんだよねぇ」
■なに? そんなよっぽど難しいん? クロちゃんでも?
そう、呪いを解く手段を話せていないのがすれ違いの原因であることはわかっている。とはいえ、どう言えばいいのやら……。
(殺すはわかるよ? 言えるよ? 愛するってなにさ、こんちくしょう!)
もうわけがわからない。あんなクッソ重い呪い、どう説明しろと!? 正直やだよ、言いたくないよ! 情報開示しないですむなら、ずっと言いたくないんだよ!?
■さっきから、クロちゃんの頭のお面、揺れてへん?
■もしかして呪った妖獣王が、自分の話題だと気づいて反応しているのでは……?
■なんか盗聴装置みたいで嫌なんですけど!?
「と、とにかく……私の呪いを解くため、が理由なら同意できない。もっと、みんなの役に――」
役に立つ方向で、と黒百合が言おうと思ったら、エレインに着物の裾を掴まれた。しかも、今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる。
「……呪い、解こ? やだよ、クロ。だって、ワタシの我儘に手を貸してくれるために、無茶したんじゃん……」
「い、いや……エレインが気にすることじゃ――」
黒百合が否定しようとしても、ぎゅうと裾を握る手に力がこもるばかりだ。ああ、そっかと九郎が納得する。してしまう。エレインは、自分のせいで黒百合が呪われたとずっと気に病んでいたのか。それを見せないように……きっと、そう我慢してきたのだろう。
「うー、うううー、ううううう~~~~!!」
「……エレちゃん」
ディアナがエレインを抱き寄せ、ぽんぽんとその背中を優しく叩いてなだめる。その姿に、黒百合と九郎の胸が痛んだ。
■……ああ、ずっと気にしてたんだなぁ、エレちゃん
■ちょっといい子すぎん? 娘にほしいわ
■尊い光景だけど茶化せんわ、これ……
■クロちゃん、時々妙に男前な行動すっからなぁ。自分を顧みないから……
■いや、もう。呪い解くって方向でホツマ選ばれても文句でんよ、これ
■そうそう。エレちゃん殿のためでござるよ? 黒百合殿
■その流れでホツマ行きに誘導せい、ほれほれ
■そう、呪いを解くために戦国風オリエンタル世界に行こうぜ!
■おい、ホツマガチ勢が欲望丸出しになっとるぞ
■やめろ、お前ら。そういう真似されると行きづらいだろ!?
■混ざるでない、帰れ
■ああん!?
■本当コメント欄はカオスだな
本当にな、と流れるコメントを見て黒百合は深いため息。コツコツと“妖獣王の黒面”を八つ当たり気味に叩きながら、黒百合は口を開いた。
「……わかった。呪いを解く方法は、ふたつしかない――」
† † †
「ディアナん! シロ! クロを抑えといて!」
「わかりました!」
「よーし、いち、にの、さんだよ!?」
黒百合は呪いを解く条件を素直に話したら、がっしと三人に身体を抑えられた。ディアナと白百合ががっしと左側から抱きつき、エレインが右側頭部の“妖獣王の黒面”を引っ掴んだ。
「いち、にの、さん!!」
「まっ、首……首、折れ……っ」
「ちょっとぐらい我慢して、クロ!」
「そうです! 殺すはいいとしてもうひとつの条件はなんですか!?」
「はーなーれーろー! こいつぅ!!」
呪いのアイテムを腕力で引き剥がそうとする三人と、それにもみくちゃにされる黒百合の光景に、もっとも傍観者たちの想いを代弁したコメントはこれだったろう。
■……なんぞ、これ?
† † †
……なんぞ、これ?
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