閑話 その感情に名前をつけるなら――
三者三様、ひとりひとり咲き方は違っても、その花の名前は一緒でしょう。
† † †
「……ん、感無量」
武具屋で壬生黒百合は、思わずこぼす。その手には、淡く輝く白銀色の刀身が美しい打刀が握られていた。対魔狼・魔犬対策に聖属性を帯びたミスリルを用いた刀だ。
「銘はどうするんだい?」
「ん、後でゆっくりと考える」
「そうかい」
武具屋の店主とやり取りも、もう慣れたものだった。店主曰く「自信作」という刀を、純白の鞘に納刀する。小狐丸が鞘や拵えまで黒だから逆に白くして見たのだが、対比としては見栄えが良くなって良かった.
「防具の方も、もっとしっかりとやってやりたいんだがな。ホツマ製だろう? それ。武器はいざしらず、布地の素材がないんだよなぁ。服屋にも声かけてっけど、今は慌ただしいだろ?」
現在、セント・アンジェリーナ周辺にはガルムの群れが頻繁に出現するようになっており、外部との流通が滞っている――らしい。らしい、というのは元々、PCがセント・アンジェリーナ以外の街まで到達していないので外の様子がわからないからだが――。
「ありがたいことに、教会にあんたら《英雄候補》からの募金がかなり集まってるから街の防備は思ったよりも早く整い始めてるぜ。なんでも初日に二〇〇〇〇〇サディールをポンって出したお大臣がいたらしい」
「そう」
「儲かるんだなぁ、英雄ってのは」
俺もあやかりたいもんだぜ、と笑う店主の笑いに、黒百合は無表情なまま言った。
「あぶく銭が多いのは、否定しない」
† † †
武具屋から出ると、黒百合は路地を歩き出す。駆けていた子供たちに手を振られ、黒百合も小さく手を振り返した。
街の人々も緊張はしているものの、その空気を子供に悟らせようとはしていないようだ。その余裕があるだけの安全が確保されている、その一端を担えたなら安い買い物だったと心から言えた。
「クロ!」
聞き慣れた声に、黒百合は振り返る。同じ視線の高さ、鏡合わせでありながら色違いの白髪狼耳狼尻尾和風美少女――壬生白百合がいた。
「できたの? 刀」
「ん、シロの方は?」
「あたしはトレントの極上の枝とミスリル、マーナガルムの素材を使った……えっと、なんだっけ?」
「合成弓」
「うん、それそれ。ものがものだから、そっちの方はもう少し作成にかかるかもって」
おおよそセント・アンジェリーナ周辺で得られる最高の素材に、イクスプロイット・エネミーのドロップアイテムまで使用した豪華な弓だ。おそらく完成すれば、それこそ黒百合の小狐丸に次ぐか匹敵するクラスの弓になりえるだろう……すぐに完成しないのはリアリティを優先したのか、運営側がデータ調整しているのか、判断に難しい。
「銘だっけ? その刀の名前は?」
「まだ決めてない。小狐丸は、なんとなく語呂が良かったからだし……」
本来の小狐丸は太刀だし、もちろん刀身も黒くない。ただ、なんとなくあの妖獣王のことを考えたらしっくり来た、それだけだ。
「…………」
「ん? なに?」
ふと、じっと黒百合が自分に視線を向けていることに気づいて、白百合は問いかける。声が上擦らなくてよかった、と白百合がこっそりと胸を撫で下ろしていると――。
「ん、百合花にでもするかな」
「きゅ……!?」
黒百合の予想外の呟きに、抑えきれず白百合は奇妙な声を漏らしてしまった。
百合花、本当だったらバーチャルアイドルとしてデビューする時に自分が使うはずだった名前。色々あって、使われなかった“自分”。白百合という名前も気に入っているけれど……その名前に思い入れがなかったと言えば嘘になる。
“白狼”『えっと、その名前のこと話したっけ……?』
“黒狼”『あー、社長から見せてもらったラフ画の設定資料? そこに書いてあったからさ。まだ使う予定あったか?』
疑問に思い『妹』が秘匿回線で訊ねてみれば、『兄』はそんなことをあっさりと言う。こう、複雑だ。色々な感情が浮かんでは消えて絡まって混ざって爆ぜてこねくり回って……結局、最後に嬉しさが勝ったあたりが腹が立つ。
“白狼”『ん、お兄ちゃんがそれでいいならいいよ』
“黒狼”『おう、大事に使うわ』
ポン、と新しい刀――百合花の柄頭を軽く叩く黒百合に、『妹』は少し複雑な照れ笑いを返した。
† † †
黒百合と白百合が秘匿回線に集中していたからか、あるいは『彼女』が必死に息を潜めていたからか。不幸中の幸い、ふたりは『彼女』に気づいていなかった。
「…………」
路地の物陰で、黒百合と白百合が笑い合う姿からディアナ・フォーチュンは視線を逸らした。なぜだか、その微笑ましいはずのやり取りを見て息苦しさを感じる自分がいたからだ。
(マズいなぁ……)
その感情がなんなのか、わからないほどディアナも中の人も鈍くも幼くもない。だからこそ、困ってしまうのだが――。
「あれ? ディアナん?」
「ふ、え!?」
急に声をかけられ、ディアナは大声を出しかけてなんとか飲み込んだ。振り向けば、そこには純白のバスタードソードとミスリル製のバスタードソード、二本を背に差したエレイン・ロセッティが小首を傾げてディアナを見上げていた。
「エレちゃん、できたんだ新しい剣」
「うん! お店の人がさ、クロと入れ違いだったって言うからこっちかなって――」
そうエレインは路地の方を見て、黒百合と白百合が一緒に歩いている姿を見つける。ひとつ、ふたつ、なにか口が動いて……エレインは、きゅっと唇を噛んだ。
「……エレちゃん?」
「あー、うん……なんでだろ、こう……もやもやってして、胸がぎゅーってしたの」
「――――」
下がるエレインの眉尻に、ディアナは言葉を失った。きっと、エレインはその感情がなんであるかわかっていないのだろう。そして、その表情や声色で自分と似たなにかを感じたのだとディアナには伝わった。
「最近、時々なるんだ……なんか、やな気分……」
いつも元気な姿ばかり見ているからか、その沈んだ表情はあまりにも弱々しく見えて。自然な動きで、ディアナは後ろからエレインを抱きしめていた。
「…………」
じっと、ディアナの腕の中でエレインが見上げてくる。その視線にディアナが合わせると、エレインが口を開いた。
「ディアナんも、そうなの?」
その真っすぐな視線に、ディアナは浅く息を吐く。ディアナは力無く微笑み、答えた。
「……困っちゃうよねぇ」
それは偽らざる、『彼女』の本音だった。
† † †
アオハルかよ、っていうの、嫌いじゃありません。
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