3話 英雄の条件:《六〇分の一秒》の到達者
※ニ五〇〇〇〇文字ほど書き溜めていたのですが、10話分にもならないことについて。
評価・ブックマーク・皆様のご感想をお待ち致しております。
3話 英雄の条件:《六〇分の一秒》の到達者
「――どうか、お気をつけて」
「アッハイ」
神官の女性に見送られ、壬生黒百合と壬生白百合は扉をくぐっていく。
■頭下げとるな、ふたりとも
■さすがに会話スキップは忍びなかったか……
■その神官さん、これから何度セリフをスキップされるのか――
■シーッ!
コメントに触れることなく、黒百合と白百合は階段を下っていく。ピコン、と目の前に浮かんだマップに、白百合が目を丸くした。
「“聖女の墳墓”? でも、小さいね。構造も簡単だし」
そこに浮かんだマップは、一直線。しかも、部屋が二つしかない。白百合の感想に、黒百合もボソリと呟いた。
「……複雑な道のお墓も嫌だけど」
「それは……まぁ?」
《今から四〇〇年ほど前、聖女アンジェリーナは数々の偉業を成し遂げた。その死後、アンジェリーナは“聖女の守護者”と呼ばれる騎士団たちの魂に、この墓所に訪れる英雄候補たちがふさわしい者か否か、試練を与える役目を与えたと言う――》
丁寧なことに、マップの解説も載っている。白百合は、その文章に納得した。
「……ようは、最初の街にあるチュートリアル用ダンジョンって訳か」
■お参りしにくいわな。命懸けはちょっと……
■元々、PCしか来れないだろそこ
「正式にサービス開始されたら、この世界で一番大勢の人が墓参りに来る場所になる?」
■……そうメタ視点で考えると聖女さんも大変だな
そんな視聴者とのコメントを楽しみながらたどり着いたのは、八角形の広場だった。
「お、これは――」
《――チュートリアル:英雄の試練 戦闘チュートリアルを開始します》
「……来たね」
「ん」
白百合の言葉に、黒百合がコクンと頷く。
石畳から、ガシャガシャガシャ、と大量の骨が溢れ出し、スケルトンの軍勢が立ち上がっていく。手に持った槍を構えて槍衾を作り上げ――あっと言う間に槍の壁ができあがった。隙間ひとつない無数の槍を前に、黒百合は短く告げる。
「シロ」
「任せて」
その短いやり取りで充分だ。和弓を構えた白百合が素早く矢を射放つ――それと同時に、黒百合は駆け出していた。
《能動スキル、アーツの説明を――》
「スキップ」
《――能動スキル、アーツの説明をスキップします》
『ガ――!?』
ガン! と頭蓋骨を射抜かれてスケルトンの一体がのけぞる。その開いた『隙間』へ黒百合が身を滑り込ませると、下段に構えた刀を振り上げた。
「アーツ、《剛斬撃》」
一度刀の間合いに入ってしまえば、もう槍の長さなど文字通り無用の長物。槍を引き戻すより速く、一体一体スケルトンを斬撃で断ち切っていく。
下段からの切り上げ、そこから刃を返しての袈裟懸け、槍で強引に払われるのを刀の柄頭で打ち落とし――。
「アーツ、《鷹の目》」
視力を強化した白百合の矢が、背後から回り込もうとしたスケルトンを射抜く! すかさず横ステップした黒百合が薙ぎ払い――迷いなく、淀みなく、黒い少女は淡々と動く骨の軍勢を処理していった。
■え? ちょ……このゲーム、初めて……だよね?
「あ、そうだよー。クロもあたしも初めて」
視聴者のメッセージに答えるのは、白百合の仕事だ。白百合には、その余裕がある――その要因は他でもない、別の意味で余裕のない『姉』の大活躍があるからだ。
■いやいやいや! 俺はクローズドβの時からやってっけど、同じことやれって言われても無理だぞ!?
■動きに躊躇がなさすぎんだろ……初期防具の紙装甲って自覚がないからか?
■受け流し使ってるから、自覚はあるだろ。アレ、ダメージ受ける気一切ない動きだわ
■人斬りじゃ、めんこい人斬りがおる……
■妹ちゃんのエイムもすっげえけど、姉の動きが異次元すぎるだろ
「あはははは……」
黒百合は最後の一体まで油断しない。確実に骨が消滅するのを確認すると、黒百合は白百合の元へと戻ってきた。
「終わった」
「うん、お疲れ」
表情表現九割カットでもわかるほどの、ホクホク顔である。一〇代前半の愛らしい狼耳少女だからだろう、散歩ではしゃぐ小型犬のような趣きがあった。
“白狼”:『これはこれで人気が出そうだなぁ』
“黒狼”:『次だ、次! オレに現実逃避のネタをくれ!』
“白狼”:『はいはい、と――』
ふと、白百合が八角形の部屋を見回す。エクシード・サーガ・オンラインは『とある理由』でビジュアルに力を入れているのだが……石壁の質感や角の柱に掘られた文様など、実に細部に至るまでよくできていた。
「……これ、何だろ? 熊?」
白百合は、一本の柱に描かれた文様を触れてみる。それを見た黒百合が、口を挟んだ。
「八本、全部柄が違う」
「え? そうなんだ」
――森の中から立ち上がる巨大な熊。
――機械のような身体の猪。
――背中から鎧の腕の生えた獅子。
――電光を身に纏う牛頭人身。
――炎のように揺らめく九尾の狐。
――巨岩を背負う猿。
――海から飛び上がる巨大な鯱。
――互いに背中合わせの二体の狼。
その柱に書かれた文様を確認すると、コメントに識者が現れる。
■お、考察班的に助かる。多分、“八体の獣王”だわ、これ
「……前文明の英雄たちを滅ぼした?」
■それそれ。いやー、一度クリアしたら戻って来れないから映像残してくれると助かる
■ほうほう。そういう意味だと、配信助かるなぁ
なるほど、と黒百合は納得する。狼など二体いるから九体じゃね? とも思うが――どうやら、二体で一体扱いらしい。
“黒狼”『アルゲバル・ゲームスは世界観にもこだわるからなぁ、この手の伏線は大量にあるだろうな』
“白狼”:『ただ遊んでるだけなら必要ないけどねー』
“黒狼”:『んだな』
秘匿回線で会話しつつ、黒百合と白百合は先へ進む。
チュートリアルに使われるようなダンジョンだ、大きくはない。すぐに墓所の一番奥へとたどり着けた。
目の前に現われたのは、〈聖女の墓所〉深奥へと続く巨大な扉だ。
《――チュートリアル:英雄の試練、最後のチュートリアルとなります》
《ここから先はパーティが自動的に解除されます》
《単独で“聖女の守護者”と戦っていただきます》
《――英雄に至る試練を受けますか? Y/N》
眼前に浮かんだメッセージに、白百合は黒百合を見る。すぐ横では、待てをされた子犬のように人差し指がふるふると虚空を泳いでいた。
「じゃあ、クロ。また後でね」
「ん」
ふたりの指が、同時に『Y』を押す。その瞬間、扉が開いた。
† † †
「…………」
振り返れば、入ってきたはずの扉が消えていた。
妹の白百合は、既にいない。薄暗く広い部屋、その中心には祭壇とその中心に置かれた石棺がある――あれが、聖女の遺体が安置された墓所なのだろう。
「…………」
黒百合は、頭上を見上げる。凄まじい威圧と共に、ズン……! と落下してきた巨大な影があった。
それは全長三メートルほどの武者鎧だ。中身がある訳ではないらしい、青白い光を鎧の隙間からこぼしながら滑らかな動きで刀を抜き、身構えた。
『――未来ノ英雄ヨ、ソノ力ヲ示セ』
《――チュートリアル:英雄の試練。“聖女の守護者”“斬鉄”サイジュウロウ・バルテンとの戦闘を開始します》
システムメッセージと共に、ガシャンと鎧を鳴らし守護者が間合いを詰める。大上段からの斬撃、それを黒百合はすかさず抜いた刀で受け流しだ。
■やっぱ、動きいいなぁ、エクサガ
■アルゲバル・ゲームスはオフラインVRゲーではインディーズ時代からの叩き上げだかんなぁ。そこは信頼あるぜ
■ほーん
わかっている視聴者が混じっている、と黒百合の中で九郎が笑みをこぼす。極まったVRは、時に現実の理不尽も再現してしまう。特に顕著なのは、重力だ。足を滑らせ落下しただけで死んでしまったり、所持品の量や重さで身動きできなくなってしまうなど、現実に近づければ近づけるほど、ゲームとして不便さが際立ってしまうことがある。
これに対する処理はただふたつ、現実をゲームシステムに組み込むか、オミットするしかない。ゲームによってはキャラクターはどんな高さから落下しても死なないし、極論膝ほどの高さから足を踏み外しただけで落下死する――それはゲーム性で語られる範囲だ。
アルゲバル・ゲームスは、その選択はシビア側ではある。だが、ことPCに関しては緩めに設定することで有名だ。
結果、リアルな法則の世界で超人が遊べる――ゲーム性がシビアであるからこそ、PCには存分に非現実を楽しんでほしい、というのがアルゲバル・ゲームスが一貫してきたVRアクションの方針だ。
「……ん」
トン、と軽快なフットワークを刻み、黒百合は敵との間合いを測り、思考を続ける。
先程のスケルトンの軍勢もそうだ。普通に戦えば、一方的に殴り殺される。だが、システムを理解して使いこなせば簡単に倒せるように調整されていた。
(チュートリアルでも迷わず殺しに来るあたり、オレのアルゲバル・ゲームスだわ……)
そのことを、嬉しく思う。そして、それを確認したからこそ敬意を払おう。
『――アーツ、斬鉄』
守護者の豪快かつ、鋭い斬撃。それを正確に黒百合は受け流す、受け流す、受け流す――。
■うわ、でかい癖に速ぇ!?
■チュートリアルだろ? だってのに、あれ三発程度でも溶けるぞ?
■え、いやいやいや――
一部、勘のいい視聴者はこの時点で気づいた。
受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す――。
■あ、あ? ちょっと待っ……!?
■クロちゃん、さっきから一歩も……動いてなくね?
■……は?
受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す――!
その攻防が五分も続くころには、視聴者の誰もが気づかざるを得なかった。黒百合は一歩も退かず、動かず、怒涛のごとく襲い来る守護者の斬撃を弾きつけていたのだ。
――コメントが、動かなくなる。それに対して、視聴者の数だけが加速度的に増えていく。最初はニ〇〇〇人程度だった視聴者が、三〇〇〇人を超え、四〇〇〇、五〇〇〇を過ぎて。
受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す、受け流す――!
守護者の斬撃は、ただ加速していく。上下、左右、放っては返し、返しては放ち――受け流しに成功した証である火花と金属音が、ただただ繰り返された。
ただの一発、ほんの一瞬、たった一度のミスも許されない。ミスは即死に至る、死中に咲き乱れる火花の園――。
「……はっ」
その死中で、少女は小さな笑みをこぼす。九割カットの表情表現でさえ隠しきれないほどの笑みが、滲み出たのだ。
(魅せてくれた! お礼ってもんだ! それにせっかく! 視聴者に! 見てもらってんだ! こっちも存分に! 魅せプで返すのが! 礼儀ってもんだよなァ!!)
ゲーマー魂に、火を入れた。続けば続くほど集中力は切れることなく、研ぎ澄まされていく。
一〇分後――その時、システムメッセージが鳴り響いた。
《――エクシード・サーガゲージが、満たされました》
《――“聖女の守護者”は、称号《英雄候補》並びに《英雄》を所持していない状態での通常攻撃では倒せません》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》の使用条件が開放されました》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》は、アーツや通常攻撃に合わせ発動。単体対象に特大ダメージを与える《英雄》用アーツです》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を使用した攻撃で、“聖女の守護者”のHPを0にしましょう》
《――英雄よ、古き英雄譚を超えていけ》
“聖女の守護者”“斬鉄”サイジュウロウが、一歩後退する。引いたのではない、必殺を込めた一撃を放つ間合いを調整したのだ。
『覚悟ハイイカ?』
「……当然」
黒百合の返答と同時、“聖女の守護者”は渾身の薙ぎ払いを放った。その刃は、今までのどれさえも超えた速度と威力を秘めた必殺の一撃だ。
それに対して、黒百合はこの戦闘で初めての動きを魅せた。すなわち、踏み込み。黒百合が繰り出したのは――。
「アーツ、《剛斬撃》」
無銘の刀が持つ、ダメージ増加のアーツ。そして――。
「――《超過英雄譚:――――》」
“聖女の守護者”の放った横薙ぎが、黒百合の首筋に迫る。三メートルの巨体が振るう刀だ。触れれば、切られた花のように首は地へ落ちるだろう。
「――《:英雄譚――――》」
一撃必殺の刃が、首筋に触れた。死を連想させる冷たい感触を、確かに黒百合は感じ――。
「――《:――の一撃》!!」
だが、“聖女の守護者”の刃はそこまでだ。それよりも六〇分の一秒早く届いた黒百合の斬撃が、“聖女の守護者”の巨体を上下に両断していた。
† † †
――視聴者からすれば、それは文字通り一瞬の出来事だった。
互いに言葉を交わした直後、技を繰り出し合い――気づけば、“聖女の守護者”の上半身がズレて横回転しながら下半身と合わせて消滅しただけ。クルクルと“聖女の守護者”の振るった刀が宙を舞い、石畳に突き刺さる。
刀を薙ぎ払った状態のままだった黒百合が、守護者の刀が刺さる瞬間にタイミングを合わせて納刀――その時、凍りついていたようなコメント欄が歓声に溢れた。
■うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? マジか!? 一撃で倒せたのかよ、守護者って!
■エクサガにはカウンター判定があっから、多分それもあったんだろうけどよ……
■《超過英雄譚》って、エクシード・サーガゲージのたまり具合によってダメージ量が変化すんだよ。攻撃を当てるか、時間経過でチャージされっから……
■多分、攻撃を当てなくても一〇分経てば満タンだったとは思うけど……
■これ、クリティカルも乗ってんなー
■エクシード・サーガゲージMAX、カウンター判定、クリティカル。どれかひとつでも足りなきゃ一撃はなかっただろ、これ
コメントの流れが早すぎる。黒百合はそれを無表情に眺め、ゆっくりと息を吐いた。
「……ふっ」
九郎の会心の笑みが、九割減で薄く黒百合の口元をわずかに持ち上げた。
† † †
英雄たる資質は確かに示された――だから、ここからは違う。
英雄の一人ではなく、壬生黒百合という一人の英雄の資質が試される。
† † †
その声は、コロコロと喉を鳴らすように笑っていた。
『見事――美事である』
不意に、黒百合の目の前に黒い炎のような揺らめきが現れる。その揺らめきは、水に落とした墨汁のように広がり、ひとつの形を生み出した。
それは五メートルを超える、漆黒の九尾の狐であった。
『妾に見せよ、ぬしの英雄としての輝きを――』
「……っ」
《――イクスプロイット・エネミー、“妖獣王・影”の出現を確認》
《――偉業ミッション、『“妖獣王・影”討伐』へ移行します》
† † †
英雄とは、己だけの偉業を果たし物語に名を刻む者。
ここに、壬生黒百合という一人の英雄が偉業へ挑む。
† † †
【エクシード・サーガ・オンライン 裏設定話】
●“聖女の守護者”“斬鉄”サイジュウロウ・バルテン
かつて聖女に付き従った者の中に、ホツマ諸島出身の斎十郎という侍がおりました。
彼は紆余曲折の末、マルヴィナ・バルテンという女性と結婚。同じ“聖女の守護者”として“聖女の墳墓”の守り手となりました。
聖女アンジェリーナとその守護騎士団“聖女の守護者”に関しては、今後も語られる……かもしれない。
ちなみに、マルヴィナさんは弓担当。白百合と戦っておりましたとさ。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。