19話 その呪いは蕩ける愛が如く
一七度目の激突、マーナガルムの上からの爪を下から跳ね上げた刀で弾き壬生黒百合は後退する。
「一七回目、モーション確認」
黒百合の言葉に、サイゾウは素早く答えた。
「パターンC、三回目。溜めてからの突進噛みつきパターンA四回、溜めなしからの突進噛みつきパターンB二回、溜めてからの右前脚の振り下ろし爪パターンC三回、溜めなしからの左前脚振り下ろしパターンD三回、長く溜めてからの三連続噛みつきパターンE三回、長く溜めてからの左前脚からの四連続左右爪振り下ろしパターンF二回――」
「一八回目、モーション予想」
「予想、長い溜め、右前脚前の構えパターンF」
ダン! と地面を踏み砕き、マーナガルムが一気に黒百合へと飛び込む。上から振り下ろされる左前脚による爪の振り下ろし。それを黒百合はダラリと両腕を下げた状態から、左右のステップのみで回避していった。
「一八回目、モーション確認」
「パターンF、三回目。溜めてからの突進噛みつきパターンA四回、溜めなしからの突進噛みつきパターンB二回、溜めてからの右前脚の振り下ろし爪パターンC三回、溜めなしからの左前脚振り下ろしパターンD三回、長く溜めてからの三連続噛みつきパターンE三回、長く溜めてからの左前脚からの四連続左右爪振り下ろしパターンF三回――」
「一九回目、モーション予想」
「溜めなし、口開きパターンB!」
■……なに、やってんのこの人たち
■ぶっつけ本番のモーション確認だろ。クロちゃんも化け物だけど、あの忍者も異常だぞ
■馬鹿、サイゾウさんeスポーツのプロだぞ。この場合、クロちゃんがおかしい
■結論、どっちもおかしい
■モーション確認すっげえ、助かるぅ! もうちょい待って、音が聞こえてきたから!
■お、追加の援軍来るぞー!
(個人情報ぉ!? いや、隠してないけどさ!?)
目まぐるしい動きの中、サイゾウはコメントを確認しながら泡を吹く。格闘ゲームやアクションゲームのNPC戦の動作確認とか普通事前にやっておくものだし、特にアクションゲームのレイドボスのそれは複数人で立ち向かうものだ。
それをぶっつけ本番でひとりで全モーションを引きずり出すとか、ありえないでしょ? え? なに、うちのチームに本当に来ない? 歓迎するよ、とサイゾウは中の人丸出しで忍者ロールを投げ出してしまう。
「――スイッチ!」
「パターンA」
その声に、黒百合は呟きを残し大きく後ろへ飛ぶ。噛みつきで間合いを詰めようとするマーナガルムの前へ、赤毛の女格闘家が割り込んだ。
「アーツ《震脚》――からのぉ、《寸勁》!」
ダン! と真紅のチャイナ服から覗く脚での強い踏み込み、そこから伸び切った右拳をマーナガルムの鼻っ柱へ触れさせ――ズガン! と轟音を立てて魔狼を大きく仰け反らせた。
■間に合ったあ、ぁぁぁ!! ボク! 現着!!
■う、おおおおおおおおおおおおおおお!! Dカップ不審者姐さん間に合ったぁ!
■ただ、ボクじゃ反撃こんだけが限界ぃ! 防御に徹するねー!
■充分充分! 次の援軍までの時間稼ぎヨロォ!!
■モーション事前にわかんなかったら、一〇秒で溶けてたねぇ!
先程までの黒百合よりも大きめに間合いを取って、女格闘家アカネは回避に徹する。問題ない、と判断してからようやく息をこぼし、黒百合は視線を外さずサイゾウに短く問いかけた。
「どう思う?」
「五〇%以下のHPバーで、行動に変化なし。レイドボスがそんな大人しいはずがない。ああなると怪しいのは三〇%以下か二五%以下、どちらかでモーション変化か攻撃力の上昇、あるいは両方があるはず」
「同意見。そうなると三〇%手前で一度止めて、そこから複数人の《超過英雄譚》を叩き込むのが理想」
「……確かに、見ないですむならモーション変化とか見たくないね」
すごいな、とサイゾウは感心する。この状況で無表情な黒百合の目には火が点きっぱなしなのはよく伝わった。その上で、この冷静さ。テンションに引きずられず、最適行動を常にし続ける――その難しさは、ゲーマーであれば誰もが知っている。
後一発多く、後少し防御のロスを少なく、テンションの高さはゲーマーを逸らせる。最適行動のもう一歩先があるのではないか? もう少し、はもう危険――これを知っているのと実践できるのでは天と地の差があるのだ。
「アーツ《回し受け》!」
アカネが上から振り下ろされるマーナガルムの左前脚の軌道を円の動きによる払いで逸らし、逆方向へステップ。彼女もクローズドβ組だ。サイゾウ的にはドルオタではなく可愛い女の子キャラ大好き、という方向性の違いのためにあまり会話はしたことはないが、実力は確かだった。
■バーラム大森林のトレント、うざいんすけどぉ!
■焦らず、しっかり倒せよ! 今、モンスタートレインとか笑えねぇ!
■つか、森のあちこちでガルムとエネミーがやり合ってやがんな
■ガルムにモントレすんのはいいわ! ガンガン行こうぜ!
■ディアナんからの連絡ぅ! エレちゃんとハーンさん合流ぅ!!
■やったああああああああああああああ!!
■クロちゃあああああああああああん! エレちゃんやったぞおおおおお!!
「…………っ」
コメントでの報告に、ふっと黒百合の口から小さな吐息が漏れたことをサイゾウは見なかったことにした。気遣いができる忍者サイゾウ、この瞬間だけはそれでいくことにしたでござる。
■今、入れ替わりでシロちゃんが有志一同とマーナガルム戦に向かってる!
■森フィールドは馬が使えないから、一〇分はかかるかも!
■えっと、伝えてくれって。《英雄譚の一撃》が三枚追加されるって――
「マズ!? これなに!?」
コメント確認の途中、アカネから混乱した悲鳴が上がった。見れば、無数の燐光をマーナガルムが纏い始めていた。しかも、戦闘行動を続けながらのチャージだ。
(あんな行動、なかったはず!? 残りHPによる変化じゃない? 戦闘時間の経過? 戦闘参加人数の変化? これは――!)
「攻撃!」
サイゾウが答えを出す前に、黒百合が前に出る。被ダメージによるチャージのキャンセルを予想しての行動だ。
(ま、ず、い――!)
サイゾウが、自分が『ゾーン』に入っていることに気づいた。だから最高速度で走り込み、アカネを突き飛ばす――サイゾウには、それが限界だった。
(黒、ゆ、り――)
その間に、マーナガルムの脚元に滑り込んだ黒百合が既に三回の斬撃を放っていた。同じ『ゾーン』でも使える者と使いこなせる者には、ここまでの差が出るのだ。
「――ッ、――!?」
マーナガルムのチャージが止まらない。被ダメージでキャンセルされないのか、遅かったのか――どちらにせよ、間に合わない。
『ガ、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
† † †
――その日、東方向のバーラム大森林を見ていた者は天を貫く銀の光を目撃した。
† † †
ジャリ、と地面のリアルすぎる感触がする。サイゾウは、自分が指一本動かせないその事実にその時気づいた。
(まも、ら、れた……っ……)
突き飛ばしたアカネに、腕を掴まれたのだ。だが、それが幸いした。防御力0のサイゾウでは、あの光に飲まれただけで三回は溶けていた。
問題は、HPにダメージを受けていないのに体が動かないということ。予想してステータスを確認。予想通りの答えが、そこにあった。
《――デバフ:スタン(特大)》
効果範囲内にいた者を一定時間強制的に行動不能にする広範囲攻撃。クソゲーか? いや、食らったらクソ行動だが対処法がきっとあったはずだ。
クソ行動? きちんとこうやったら防げたよ? 食らった方が悪いって――そう言い切るのが、サイゾウの知るアルゲバル・ゲームスの『性癖』だ。
(結局、後、から……じっくり、殺される、じゃ……ない、か……!)
アカネのHPは一桁。踏まれただけで終わりだ。黒百合は、サイゾウの倒れ方では見えな――。
「……っ」
ゾクリ、とリアルで背筋が凍った。見えない背後、そこに巨大な獣の気配がしたからだ。荒い息、こぼれるそれの暖かさ。唯一の救いは獣の生臭さまで再現されていなかったことか。
(動け、動けよぉ……!!)
がり、と指先が地面をする音だけがした。クソ、クソ、クソ! こんな格好悪い終わり方あるか!? せめて守って倒れるならいざしらず、守られてやられるって最悪だろうが!
だが、現実は残酷だ。ルール通りに処理される。マーナガルムの牙が、より脅威であるだろうアカネへと先に向けられ――。
「や、め、て……くれ、よ……!」
――不意に、牙が止まった。
「そい、つは、ちょっと……」
――マーナガルムが、視線を上げる。
「――格好、よすぎん、だろ……!」
――死の獣の視線の先に立っていたのは、息も絶え絶えの黒髪犬耳犬尻尾和風美少女だった。
† † †
――あの瞬間、黒百合は見た。
マーナガルムから四方八方に走る、放電光。それを黒百合は全力でかわした。一回、わずかに触れてスタン効果を受けてしまったが、一回だけだった分効果は少なくてすんだらしい。
すっかりと景色が変わってしまった。あの銀の光で周囲の森が薙ぎ払われ、むき出しの地面だけが広がる不毛の大地へと変わり果てている。
「……っ……」
ゲームは残酷だ。ルール通りに処理される。ここから逆転する術があるのか? 黒百合は――坂野九郎は、必死に頭を巡らせる。
だが、どのルートも必ず潰される。予想できるルートは、すべて『敗北』を示すだけだ。
「なら、しょうが、ない……」
† † †
予測不可能なルートに、踏み入るしかない。
† † †
カツン、と突き出した右手の中に硬い感触がした。黒い箱、ブラックボックスがそこにはある。
イクスプロイット・エネミー“妖獣王・影”を討伐した証、開けるべきではない呪いの箱。
『が、ああ、ああああああああああああああああああああ!!』
マーナガルムが地を蹴った。その叫びに込められたのは、今まで聞いたことのない響きだ。明確な焦り、この死の獣さえ警戒させるなにかがこの箱に入っている、その可能性がある――。
「そ、れで……充分だ!」
バキン! と黒百合が己の意志でブラックボックスを握り潰し――開けた。そこから漏れる墨汁がごとき黒。その黒は、漆黒の狐面へと変わる。
† † †
《――PC壬生黒百合は呪われました》
《――アクセサリー枠を永続的に一枠消費。“妖獣王の黒面”を装備から解除できなくなりました》
《――解呪方法は、ただひとつ》
《――イクスプロイット・エネミー“妖獣王白面金毛九尾の狐”を愛するか、殺すかだけ》
† † †
「くっそ、重っ……!」
黒百合としても九郎としても、そう言うしかなかった。開けてみたら強制結婚届と強制殺人許可証が入ってました、という気分である。
「お前の、せいだぞ……!」
八つ当たりだとわかっている――だが、襲いくるマーナガルムにしかぶつける相手が今はいないから、そうする!
『が、あ、ああああああああああああああ――あ!?』
ズドン! と、空高くマーナガルムの巨体が、大空へ跳ね上げられた。真っ直ぐに駆けて、牙を剥いたはずだ。
それを成したのは、下から突き上げた九本の黒い尾だ。
その尾は、黒百合から伸びていた。黒百合の胸元に浮かぶ“妖獣王の黒面”から溢れ出す“黒”と“蒼”は、やがてそこに一体の蒼黒の獣を生み出す。
その名を、黒百合は呟いた。
「――“黒面蒼毛九尾の魔狼”」
名乗りと同時に九本の尾が、展開。蒼き刀身に黒の揺らめきを纏った九本の大太刀に変じた尾と共に、魔狼が駆け出した。
† † †
妖獣王白面金毛九尾の狐「よう帰ったの、お前様♪ 妾にする? それとも(愛する)妾? それとも(殺す)妾?」
三〇〇〇年も、こじらせるから……!(ぶわ……)
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