2話 エクシード・サーガ・オンライン
※本日、ニ話目となります!
三日前の自分に、言ってやりたい。
「お前、三日後に美少女バーチャルアイドルとしてデビューするんやで」
三日前の坂野九郎ならばまず信じずに鼻で笑い飛ばした後、肩に手をおいてこう返しただろう。
「……疲れてんのか? 土日はもうすぐそこだ。頑張れよ、三日後のオレ」
そして、そんな九郎も三日後に思い知るのだ……自分が動かすキャラの見た目がガチで可愛くて怖い、と。
そんな慄く兄の気配を察したのか、秘匿回線から妹の声がした。
“白狼”:『いや、時間がなかったからあたし用のPCの配色と細部を変えて、双子キャラってことで押し通したみたい』
“黒狼”:『双子かぁ、お前と双子の『姉妹』かぁ!』
“白狼”:『ほらほら、そろそろ現実を直視して。ゲームにログインするよ』
ニッコリと笑みをこぼして白髪狼耳娘が、こちらに手を差し出す。鏡写しのようなその少女、妹である壬生白百合に中身が兄である現『姉』の壬生黒百合は手を握り返した。
「行こう、クロ」
――九郎は事前に渡された設定資料にあった文章を思い出す。
ホツマ諸島出身の壬生姉妹は、活発で社交性のある妹の白百合に大人しく自己主張の乏しい姉の黒百合がついて回っている……ということらしい。
坂野九郎という少年は、大変律儀で真面目である。請け負ってしまったからには、最低限の『仕事』はする……それだけの責任感を不幸なことに持ち合わせてしまっていた。
「……ん、シロ」
白百合とよく似た声質で、抑えた調子に黒百合が頷く。
――最新鋭のボイスチェンジャーって、高性能だよな!? 完全に見た目通り、一〇代前半の女の子の声だわ。ヤバい、寒気に襲われる……!
「……っ、……っ」
九郎は、狼耳美少女の中で身悶えた。そんなことを知らない配信視聴者たちは、その震えを好意的に解釈してくれる。
■コンパチ双子美少女の心温まるやり取り
■尊い
■あ、ご飯お代わりお願いします←三杯目
■微笑ましいわ、ロリの交流は心がほんわかする
■熱くなるな、色んなか――
■運営さん、コイツです
配信視聴者たちの流れるコメントを、ハイライトの消えた瞳で黒百合は追った。
† † †
視界が白く染まり、一瞬だけ浮遊感に襲われる。
「うわ……!」
自分の隣で驚きの声が上がる。白百合が目の前の光景に目を輝かせていたのだ。
オレと白百合が立っていたのは、石造りの街にある広場だ。小さな露天が立ち並び、多くの人々が行き交う活気に満ちた広場。その中心にあるのは、女性の像だ。
ふと、その女性の像を見ていると、目の前でメッセージウィンドが展開された。
《ようこそ、始まりの街セント・アンジェリーナへ!》
《チュートリアルを開始しますか? Y/N》
「シロ、チュートリアル」
「もう! もう少し浸っても……」
情緒がないなぁ、と白百合は振り返り――言葉を飲み込んだ
“白狼”:『……もしかして、すごくワクワクしてる? 兄貴』
“黒狼”:『いいからっ! 早く遊ばせてくれねぇかなぁ!?』
――後に配信視聴者のメッセージを確認したところ、その時の黒百合は九割の表情表現をカットしてなお、一目でわかるほど無表情で瞳を輝かせていたという……。
† † †
――エクシード・サーガ・オンライン。
『神代の時代、英雄たちがいた。神々から授かった神器を手に、綺羅星がごとくさまざまな伝説を築いた彼らは、しかし、“五柱の魔王”と“八体の獣王”によってその伝説ごと打ち砕かれた。
神々との繋がりを断たれた世界は、絶望に包まれた――しかし、人々は今も生きている。英雄が倒れようと、新たなる英雄が生まれるからだ。
そして、英雄たちの手には神器に変わる新しき伝説――偉業を果たし、英雄譚を築いた証である《英傑武具》があった』
これがゲーマー少年坂野九郎が以前から注目していた、新作VRRPGの世界観だ。剣と魔法の中世西洋風世界観に、和風や中華色を持つオリエンタル的な要素を含めた世界で、英雄候補であるPCが冒険を繰り広げるハックアンドスラッシュ方式のVRRPGである。
注目していた理由は、大きく分けてふたつ。
ひとつは、ゲーム作成に関わっているのが、九郎が以前から贔屓にしていたオフライン専門のVRゲーム作成会社アルゲバル・ゲームスの初の大型VRオンラインゲームだと言うこと。
そして、もうひとつは――。
“黒狼”:『廃人仕様のゲームなんだよなぁ! こいつ!』
まずは、このデータを見てほしい。
————————————
PN:壬生黒百合
HP:100
AP:110
攻撃力:10
防御力:5
所属:
なし
称号:
なし
■■ポイント:
0
▼装備
左:無銘の刀(攻撃力:10)
右:なし
頭:ホツマの髪飾り(防御:+1)
胴:ホツマの千早(防御:+1)
腕:ホツマの腕輪(防御:+1)
腰:ホツマの袴(防御:+1)
足:ホツマの草履(防御:+1)
アクセサリー1:なし
アクセサリー2:なし
アクセサリー3:なし
アクセサリー4:なし
アクセサリー5:なし
●エクシード・サーガ
・なし
●アーツ
・剛斬撃
・受け流し
●アビリティ
APアップ:10
————————————
――おわかりいただけただろうか?
このエクシード・サーガ・オンラインにはクラスだとか能力値の割り振りなどは、一切存在しない。HPやSP、能力値などは基本固定――攻撃力や防御、スキルなどは装備に全て依存し、後は全てプレイヤースキルのみがものを言うVRゲームなのだ。
そして、装備もキャラメイク時に基本的な武器を一種と防具一式は与えられる。店売りにもそれなりの武器防具装飾品はあるものの、性能はそこまで高くはない。
ならば、強い装備はどうすれば入手できるのか?
簡単な話だ、フィールドやダンジョンでエネミーの落としたアイテムや素材のドロップ品、採集などで得たアイテムなどとお金を消費して鍛冶屋で武器や防具、アクセサリーを制作するのだ。
その上、アーツと呼ばれる能動的なスキルは武器に、アビリティという常時発動するスキルは防具やアクセサリーに依存する。加えて、ドロップや採集で得られるアイテムひとつひとつにアーツやアビリティの効果がランダムで付与されるのである。
――自身が思い描く理想の装備を揃えるまで延々と戦いを繰り広げなくてはならない、正しく終わりなく戦うRPGであった。
「オレのアルゲバル・ゲームスも、ついに大衆RPGに迎合したかと思ったが……よかった、魂は失われていなかった」
「……そんなところだから、アイドルにゲームの力量を求めた訳なのね」
変わってほしくなかったものが変わっていなかったと噛みしめる九郎と呆れ返る真百合とのやり取りも、もはや懐かしい。
とにかく遊ぶ、遊ぶのだ! それだけが、今の九郎にとっての精神安定剤だった。
† † †
チュートリアルが始まれば、目的地はマップに示される。そこは純白の石造りによる、荘厳な建物だった。
「はい、右手の方にあるのがこのセント・アンジェリーナの中心にあるアンジェリーナ教会となっております!」
■観光ガイドみたいで草
■ガイドさーん、どういう教会なんですかー?
ノリいいな、と黒百合は握り拳を口元に持っていく白百合に質問を飛ばす視聴者のコメントのやり取りを見る。
「今から五〇〇年ほど前、聖女アンジェリーナは数々の偉業を成し遂げた……ようするに、PCからしてみれば偉大な先輩だね。で、この教会の地下には聖女アンジェリーナのお墓があるんだって」
「……アンジェリーナは、“聖女の守護者”と呼ばれる騎士団が守っていた。聖女は死後、騎士たちの魂に自分の墓所に訪れる英雄候補たちがふさわしい者か否か、試練を与える役目を命じている」
白百合の言葉を継ぐように、黒百合が淡々と続ける。事前に渡された資料にも載っていた、チュートリアルシナリオ――その背景設定だ。
「ようこそいらっしゃいました、英雄の資格を持つ方々」
教会へ入ると、壬生姉妹を出迎えたのは神官の女性だった。女性は柔らかな笑みを浮かべ、ふたりへと告げた。
「このアンジェリーナ教会は聖女の安寧を祈る場所であり、英雄たる資格があるか否かを確かめる試練の地、ダンジョン〈聖女の墓所〉の入り口でもございます」
神官の女性の言葉と同時に、黒百合と白百合の目の前に再びメッセージウィンドゥが展開された。
《――チュートリアル:英雄の試練を開始しますか? Y/N》
「試練に挑む用意ができているのならあの扉の先、階段をお進みく――」
《――チュートリアル:英雄の試練を開始します》
「……あ」
■……食い気味だったな
■そんなに楽しみなのか、クロちゃん
■戦いたくて仕方がないって感じだな、戦闘思考の少女
■大丈夫、推せる
だらららららららららら、と一気に増えたコメントに白百合が、満面の笑顔で『姉』を振り返った。
“黒狼”:『ご、ごめんて、つい指があたってもうたんや……』
“白狼”:『――――』
“黒狼”:『ごめんて! ごめん!』
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