17話 セント・アンジェリーナのボスウサギ(中)
※エクシード・サーガ・オンラインのPCは、称号:《英雄候補》の持ち主です。
端役でいれると思うなよ?
† † †
「おーい、サイゾウ!」
「どうしたでござる? アーロン殿」
セント・アンジェリーナにほど近い街道で、黒尽くめの青年サイゾウは大剣を持った初老の戦士アーロンに呼ばれ振り返った。
どんなゲームでも忍者ロールにこだわるサイゾウだが、武具屋で制作できる防具だけでは忍者っぽい服装にならないのでアビリティを無視して特注品の忍者服を服屋で制作、防御力0で“聖女の守護者”を突破した脅威のクローズドβ組であった。
「なんかさ、ディアナんが緊急配信始めたんだけど」
「ほう、珍しいでござるな。第二回突発トレント乱獲大会でも始めたでござるか?」
街道の端に寄って、ふたりは配信を開く。サイゾウとアーロンは共にクローズドβ組だが、同じドルオタ趣味も持ち合わせた魂の友であった訳だが――。
『――お願いします! これを聞いてログインしている人は力を貸してください!』
切羽詰まったバーチャルアイドルディアナ・フォーチュンの第一声に、ふたりは顔を見合わせた。
† † †
■なになに? なにがあったん?
■突発の配信、今度はなにを乱獲するんで?
戸惑うコメントが、コメント欄に溢れ出す。当然だ、とディアナは思う。自分だって、半信半疑なのだから。
“黒狼”:『きっと配信をこういう使い方をするって、運営も計算に入れているはず』
ディアナは思い出す。要点だけを伝えた黒百合の説明はこうだった。
“黒狼”:『配信で、他のPCに訴えて。近くにいたら、エネミーに襲われているNPCを助けてほしいって』
一番最初にこのミニシナリオを始めたディアナと会話をすることで、壬生黒百合とエレイン・ロセッティはミニシナリオに入ることができた。なら、同じように他のPCも情報を得ることをきっかけで関われるかもしれない、と。
■東門からの街道か、確かダチがダンジョン行くって行ってたから連絡取ってみる!
■くっそ、オープンβに当選してたらなぁ……
■こっちダンジョン組。ボク、ディアナんの言ってた方に行ってみるよ。なにか変化あったらコメするから
■あー、西門側にいるんだよな。こっちのフレンドに秘匿回線飛ばしてみるわ
■今、神殿にいたんだけど、神殿の神官さんが東門に行ってくれるって。回復系アーツ使える神官さんが、何人か向かってる
■あ、西門側なんだけど衛兵さんも動いてくれるって。後、馬騎乗のアビリティ持ってるヤツいる? 馬出してくれるってよ!
■あ、オレあるわ、馬騎乗のアビリティ。ちょっと着替えてくる! 東門でいいよな!?
次々とコメントが高速で流れていく。それは確かに、このエクシード・サーガ・オンラインという世界で多くの人が繋がっているという証明だった。
「ディアナさん!」
「シロちゃん」
走り寄ってくる壬生白百合に、ディアナもようやく安堵の表情を見せたその時だ。
■こっちミニシナリオに入ったでござるけど!?
■なんで街道にガルムの群れが出てんだよ!?
一視聴者――サイゾウとアーロンの悲鳴が、コメントに書き込まれた。
† † †
――魔犬。エクシード・サーガ・オンラインではバーラム大森林の奥深くに生息する狼犬型の小型エネミーである。
HPこそ低いが、素早くその牙と爪は高い攻撃力を持つ。その上、群れで行動するためバーラム大森林に踏み込む場合、注意すべきエネミーの一種として知られている。
どんな世界でも忍者を貫くサイゾウにとってプレイスタイルで有利を取れるが装備で不利な相手だった。
「海賊忍法! 斗真砲繰!」
忍法という名前の手斧の投擲で、囲んで三人を襲おうとしていたガルムをサイゾウは牽制する。その間にアーロンは大剣を抜いて、人とガルムの間に割り込んだ。
「おい、大丈夫か、あんた!」
「あ、ああ。あんたら、英雄様……かい?」
「正確には《英雄候補》でござるよ!」
二本、三本、とサイゾウの投げた手斧がガルムに突き刺さり、素早くアーロンが渾身の力で大剣を振り下ろし止めを刺す。手数のサイゾウが動きを止め、攻撃力の高いアーロンが倒す――クローズドβ時代からの、このコンビの必勝法である。
「数、多くないか!?」
四体倒して、なお一〇体を超えるガルムが残っている。むしろ、この無力な人々がよく生き残っていたものだと思う。
ディアナの説明が確かなら、このガルムの群れから数時間単位で逃げたことになるのだから。
「ハーンさんが、逃して、くれたんだ。でも、やっぱり、追いつかれちゃって……」
「すっげえな、そのハーンさんっ!」
アーロンは素直に感心する。PCにせよ、NPCにせよ、話を聞けばもう何人かセント・アンジェリーナまで到達させているのだ。この数相手に、よくやったものだと思う。
「あの人、元狩人だったから……引退して、娘さんとアンジェリーナに住み始めたばっかの人でさ……」
「それは……大した御仁にござるな」
やだ、引退した元凄腕の達人が戦えない人のためにかつての技で強敵に挑むとか拙者がやってみたい役どころでござるよ!? と思ったが口にしない程度はサイゾウは弁えていた。少なくとも、それで助かった人に目の前で言っていい軽口ではない。
「仕方ねぇ! 切るぞ、切り札!」
アーロンが、大剣を横に大きく振りかぶる。その尋常ならざる気配に気づいたガルムたちが一斉にアーロンへと飛びかかった。
向けられる牙と爪――だが、それこそがアーロンが求めた好機だった。
「――《超過英雄譚:一騎当千》!!」
ゴォ! と力任せに振り払ったアーツ《薙ぎ払い》に、範囲攻撃用のダメージ増加《超過英雄譚》である《超過英雄譚:一騎当千》を乗せて繰り出された。血風、そう呼ぶにふさわしい豪腕の一閃は、ガルムの群れを紙切れのように切り裂く!
『ガ、アアアアアアアアアアア!!』
ただ、一体だけが飛びかかるタイミングが違ったためにすり抜け、男に襲いかかった。あ、とサイゾウは思わず飛び出して庇おうとして、思い出した。
(この服、ファッションだから食らったら死ぬのでござった。うっかりうっかり)
ま、NPCと違って拙者はリスポーン地点に戻るだけでござるし? 死して屍拾う者なし、忍者が人を庇って死んでもいいじゃない。きっと、今夜は気分良く美味いビールが飲め……る……?
「……あれ?」
いつまで経っても、ガルムの攻撃が届かない。それにサイゾウが気づいたのは、見覚えのある黒髪狼耳和風美少女の手斧による投擲でクリティカル一撃死したガルムの死体を見てからだった。
「うそん、一撃で倒せるのでござるか?」
「クリティカルならいけたっぽい」
それはサイゾウの投擲技術の敗北であり、壬生黒百合が海賊として優れていた証であった。
† † †
「そのハーンっておじさん、助けにいく! メリーのお父さんだろ!?」
話を聞いたエレインは、止める間もなく走り出す。その後ろ姿に、黒百合がサイゾウとアーロンを見上げた。
「――――」
無表情な中、瞳が揺れている、今すぐにでも追いかけたいのだろうが、残った人たちのことを考えたのだろう。
それがわかったから、アーロンが深いため息と共に言った。
「……わかった。俺が残る。《超過英雄譚》は使っちまったからな。サイゾウ、お前は手伝って来い」
「もちろんでござる。任せたでござるよ、アーロン殿」
それ以上の言葉はいらなかった。笑い合う男ふたりに、黒百合は抑揚のない声で万感を込めて頭を下げる。
「ありがとう」
「なに、たまにはこういう格好いい役回りを男はしたくなるもんさ」
「そうそう、ロールプレイのし甲斐があるってもんでござる」
それはわかる、という言葉を黒百合は飲み込み、エレインを追って走り出す。その横にサイゾウが両手を広げて走って続くのをアーロンは見送った。
「さてっと。『こっちはクロちゃんとエレちゃんに合流。最後の生存者を助けに見送ったわ。良かったら、こっちに応援プリーズ。保護してくれ』」
アーロンのコメントに、配信のコメント欄が一気に加速した。
■よくやった! 今回のヒーローだわ、あんたら!
■よ! クローズドβの星!
■サイゾウさん、防御力0だろ? 本当、毎度毎度よく生き延びるわ
■こういう時に言うのか、さすが忍者汚い
■貶めてやんなよ!? 今回は頑張ってんだから
■アーロン君、マップにクロちゃんたちの向かった方角のポイント付けてくんない? ボク、多分そっちの方が近い
■よーし、騎乗アビリティ持ち六人揃ったわ。第一陣はディアナんとシロちゃん、神官さんたちも相乗りさせてくからそこで待っててな!
■これいいな。正式サービスになったら公式配信者以外もこの手使えんじゃん
■配信にゲームシステム的な意味を持たせたんだな。アルゲバル・ゲームスらしいっちゃ――
「――は?」
コメントを確認していたアーロンは、ピコンと展開されたシステムメッセージを確認し――思わず、悲鳴を上げた。
「はい!? こんなのありかよ!?」
■え? ちょっと待って? ボクもミニシナリオに入ったんだけどさ……これ、どういうこと!?
† † †
《――ミニシナリオの分岐点が、自動で更新されます》
《――イクスプロイット・エネミー、“マーナガルム”の出現を確認》
《――特殊分岐発生条件:元狩人ハーンの生存》
《――偉業ミッション『Sun Eater&Moon Chaser Prologue:マーナガルム討伐』へ移行します》
† † †
――さぁ、キミはどの役割を演じたい?
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