139話 積層魔界領域パンデモニウム15
† † †
――ただ、突撃槍を振るう。エリゴールにとっては、それで充分だった。
「くっそ、なんだよこれ!」
突き出される突撃槍の軌道、その直前上に巨大な円錐状の炎が吹き荒れる。それに飲み込まれ、煽られるだけでPCが吹き飛ばされていく――まさに鎧袖一触、嵐に巻き込まれた木の葉のようだ。
「馬と合体して強くなるってありかよ!?」
「あるなしで言うなら、ありだと思うぜ」
ジークの文句に律儀にそう答えるのは、アーロンだ。機動力が激減した結果、攻撃範囲と攻撃力が上昇する――そういう意味では、順当なパワーアップとも言えた。
「ようはこっちの攻撃が当てやすくなった、やられる前にやれの精神だわな」
「わかりやすくていいねぇ」
堤又左衛門こと又左がそう笑って言うと、ジークはドン引きした顔で言う。
「……アレ見てそう言えるのは、頭のネジ外れてんじゃないか?」
「「よくあるよくある」」
男ふたりの笑顔に、ジークはため息。こうなってしまえば、毒を食らわば皿までだ。
「そこまで言うんだ、あんたらアレに攻撃を届かせられるんだろうな?」
「ははは、おいちゃんいいとこ見せちゃうぞう」
「アーロンの旦那ほど、俺は年いってねぇんだがなぁ」
出会い頭の《超過英雄譚》から、クールタイムは終わっている。加えて、ゲージを稼ぐ相手は山程いたのだ――準備は万端だ。
『来るか、強者!』
もはや、重要なのは勝敗ではない。だからこそ、エリゴールは滾る。燃え上がる。いかに刻むか? 重要なのはそれだ。
エリゴールの首元から、炎が吹き出す。それは巨大な炎のマントとなって周囲へ展開――そこへアーロンと又左が飛び込んだ。
「――サイゾウの旦那ァ!!」
「おうさ!」
怒涛のごとく襲ってくる炎、それに対してババババババババババババババババ! と広げた巻物を燃え上がらせ、サイゾウが唱えた。
「臨む兵、闘う者、皆 陣烈れて前に在り――忍法火遁唐獅子疾走!」
エリゴールの炎の怒涛と、サイゾウの燃え上がりながら牙を剥く唐獅子が激突する。それは岩にぶつかって波が割れるかのように、炎を割った――ほんのわずかな隙間へとアーロンと又左が滑り込んだ。
「「《超過英雄譚:一騎当千》!!」」
アーロンの縦と又左の横、十字に放たれた《超過英雄譚》がエリゴールの炎を消し飛ばした。火の粉が散り、まさに火花の花園がそこに築かれる――だが、一秒もあればその炎は再び再生していただろう。
『――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――ッ』
だが――『ゾーン』へ強引に踏み込んだジークが、この好機を逃さない。火花の花園を駆けたジークの疾駆、そこから繰り出された斬撃がエリゴールの突撃槍を持つ右腕、肘から下を切り落とした。
『ガ、ハ!?』
突撃槍が宙を舞い、斬り飛ばされた肘から炎が溢れ出す。しかし、傷口から漏れた指向性を持たない炎は、鮮血のようでこそあれど操れない。エリゴールは咄嗟に、次の斬撃を放とうとしていたジークを右の回し蹴りで蹴り飛ばした。
『ぐ、う!?』
蹴り飛ばされた瞬間、ジークの『ゾーン』が途切れる。床をジークが転がる中、十六夜鬼姫が続いた。
「ようやった!」
居合からの一閃、鬼姫の斬撃がエリゴールへと繰り出される。エリゴールはそれを左腕でガード――。
「《超過英雄譚:――」
「――英雄譚の一撃》!!」
その鬼姫の刃を、サイネリアの戦鎚が殴打。《超過英雄譚》を込めた一撃が、今度はエリゴールの左腕を切断しながら吹き飛ばした。
『ふ、は、ははははははははははははははははははははははははは! これだ、この窮地だ!』
ヒュオンヒュオン、と落下してきた突撃槍の柄をエリゴールはその口で噛みつき、装備した。そこへ降り注ぐ、英雄たちの遠距離攻撃――その一発一発に《超過英雄譚》を宿した攻撃を受けながら、エリゴールは走った。
『もはや、ただの戦いに血など滾らぬ! 先を、この窮地の先を――!!』
エリゴール、闘争の魔神は己の敗北さえも楽しむ。英雄たちから放たれる渾身の一撃一撃、それのなんと雄弁なことか! それを向けられ、その中を疾走する己に誉れさえ抱き、エリゴールは両腕の炎を推進力に駆け抜けていく。
『さぁ、誰だ!? この魔神エリゴールの首級を挙げる英雄は!!』
挑むように吼えるエリゴールへ、ひとつの影が立ち塞がる。炎に照らされてもなお赤い、二本の戦斧を構える女がそこにいた。
「存分に舞いなさい――応えてあげる」
『名乗れ、英雄!!』
ヒュオン、と両の手首を中心に戦斧が振るわれる。エリゴールの歓喜の叫びに、モナルダは答えた。
「クラン《百花繚乱》クランリーダー、モナルダ――あなたが最後に踊る相手よ、憶えて逝きなさい!」
† † †
――火花の花園で、英雄と魔神が激突する。
加速し、炎の円錐状の鏃となったエリゴールをモナルダが迎え撃つ。『ゾーン』を用いた体感速度だけが見えた、まさしく刹那の交差。
『――ッ!』
モナルダが大きくのけぞる。右手の戦斧、その柄頭を指の力だけで支え鏃を躱しながら繰り出した。その斧をエリゴールは跳躍で躱す――そして、口から離した突撃槍を落下。のけぞったモナルダの胸の谷間に切っ先を向けると槍の柄頭へと頭突きして高速で飛ばした。
モナルダはそれを横回転、揺れる胸の動きに併せて回避に成功。跳ね上げた左手の戦斧でエリゴールを捉えた。だが、エリゴールも右腕から勢いよく吹き出した炎の勢いを利用して横回転、それを弾き戦斧を膝で蹴り飛ばした。
『ガ、アアアアアアアアアア!!』
そこへエリゴールが落下。前転の勢いを加えた踵を落とす。しかし、跳ね上がったモナルダの爪先がエリゴールをコンマ秒だけ早く捉え、蹴り飛ばした。
エリゴールは空中で鎧の隙間から炎を吹き出し、姿勢制御。モナルダを見て――その姿を見失ったことに気づく。
『ッ!?』
エリゴールは、知る。前へ脚を出して開脚、床へと限界まで伏せたモナルダが下に潜り込んでいたことを。驚くべき速度と柔軟性、バランス感覚がなければ成り立たない体勢――直後、モナルダは肩に担いでいた戦斧ごと身を跳ね上げた。
『グ、ウ!!』
エリゴールの鎧に、モナルダの戦斧の刃が突き刺さる――が、足りない。断ち切るまでに至らなかった一撃。エリゴールはそのまま全身を炎に包んで落ちる――その勢いで、モナルダを押し潰すつもりで。
だが、本命の一撃は次に来た。
『姉さん!』
サイネリアが投擲していた戦鎚、その青をモナルダは受け取っていたのだ。
『《超過英雄譚:――』
グルンとモナルダの肘を中心に、戦鎚が回転する。その鎚部分が狙うのは、突き刺さって止まった戦斧――!
『――英雄譚の一撃》!!』
ガキン! と鎚が斧を打ち、一際大きな火花が散る。その一撃が、炎に包まれたエリゴールを完全に断ち切った。
† † †
――そして、時間の流れが元に戻る。
† † †
クルクルクルとバトンのように胴体を一周させた青い戦鎚を、ピタリとモナルダが止めた刹那――そこに花火のように、盛大な炎の華が咲いた。
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炎を背景に、大量のコメントが流れていく。モナルダが振り返って右手を上げると、サイネリアがパチンとハイタッチした。
† † †
《――リザルト》
《――イクスプロイット・エネミー“魔神エリゴール”討伐》
《――レイドバトル参加者、偉業ポイントを一五獲得》
《――アイテムドロップ判定。魔神エリゴールの残滓×5を取得》
《――リザルト、終了》
《――引き続きリザルト》
《――アイテムドロップ特殊処理。PCモナルダはブラックボックス:レジェンドを取得》
《――リザルト、終了》
† † †
積層遺跡都市ラーウム第四層――パイモンは小さく微笑む。
「楽しめたようね、エリゴール。カイムは――ま、自業自得よね」
小さく肩をすくめ、パイモンは駱駝の上で小さく伸びをした。これで、現在この積層遺跡都市に残っている魔神はパイモン以外は最下層のレライエとネビロスのみ。だからこそ、自分の出番だと妖艶に笑う。
「ただ、一筋縄で行くと思わないでほしいわ。こちらの領域で争ってもらうわよ、英雄――」
† † †
不意に、ハープの音色が積層遺跡都市ラーウムに鳴り響いた。それはあらゆる階層に響き渡り――エレイン・ロセッティの膝枕で寝ていた壬生黒百合は跳ね起きた。
“黒狼”『ちょっと待って!? この音楽は……嘘だろ!?』
“金兎”『え? どうしたの? クロ。知ってるの!?』
“黒狼”『止めろォ、嘘だろぉ!? 聞き間違うわけないわ、このゲームミュージック……ファンタジー風になってっけど、なってるけどさぁ!?』
“白狼”『あれ? これってあれだよね? 兄貴』
“銀魔”『……知ってるんですか? シロちゃん』
† † †
■嘘だぁ! これは、これはああ!!?
■ひいいいいいいいいいいいいいいい!? 止めろぉ、トラウマをほじくり返すなぁ!
「え? なに? なに!?」
自分のコメント欄が阿鼻叫喚の地獄絵図になり、ジークは慌てる。それに鬼姫が乾いた笑いで答えた。
「そっかぁ、おぬしはジャンルが違うわなぁ……」
「うっそでしょ……」
呆然とモナルダが見上げる先、そこにはとあるゲーム画面が展開されていた。
『リーンカーネーションのその先で~攻略対象に転生したオレが主人公や悪役令嬢を口説き落とせないと世界が滅ぶって本当ですか?~』
――それは、まさにアルゲバス・ゲームス三大クソゲーと言われたVR美少女攻略シミュレーションゲームのタイトルだった。
† † †
九郎君のトラウマ、襲来――。
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