138話 積層魔界領域パンデモニウム14
† † †
《――イクスプロイット・エネミー“カイム”。残り討伐必要《超過英雄譚》数:5》
「ああ、もう! こういうのは脳筋どもの仕事なのに!」
元の姿に戻ったカイムを中心に巻き起こるのは、燃え盛る灰だった。迷わずサイゾウや赤青姉妹を飲み込むように展開された灰が視界を埋め尽くす――そのはずだった。
「いやぁ、それはちょっと甘いでござるねぇ」
「――はい?」
灰の向こうで、サイゾウがのんびりという――もうこの時点で彼の仕事は終わっているのだ。ならば、カイムを任せるべき相手は他にいる。
「――いよう?」
カイムが退こうとしていた通路、そこには数十人ものPCが集っていた――カイムの記憶力は、そのひとりひとりを憶えている。そう、そこにいたのは上層の都市で彼女が鴨にした詐欺被害者である。
「…………は、は~い?」
カイムは思わず満面の笑みを浮かべるが、彼らの慈悲は既に売り切れだった。
† † †
《――リザルト》
《――イクスプロイット・エネミー“魔神カイム”討伐》
《――レイドバトル参加者、偉業ポイントを一五獲得》
《――アイテムドロップ判定。魔神カイムの残滓×5を取得》
《――リザルト、終了》
《――引き続きリザルト》
《――アイテムドロップ特殊処理。カイムの詐欺被害にあったPCは全額返金処理が施されます》
《――イクスプロイット・エネミー“魔神カイム”アビリティ《白鷺の帰還》の使用条件が失われました、完全討伐完了》
《――リザルト、終了》
† † †
「……悪は去ったのね」
「正直怖かったでござるよ、彼らの勢い」
モナルダの遠い目に、こっそりとパイモンの恋愛指南書と“魔法の巻物”を交換しながらサイゾウがこぼす。
雇い主が招集していたのだろう詐欺被害者たちの殺意は、それはもう高かった。ちょっと可愛いな、と思っていただけで可愛さ余って憎さ一〇〇倍というヤツである。少し募っただけで、彼らはなにを置いてもこの場に集ったのだ。
ただ、詐欺被害者に返金さえしなければ何度でも復活できたあたりは、カイムも魔神にふさわしいしぶとさだったのではないだろうか?
「でも、きちんと返金処理してくれるんですね……」
「そりゃあゲームの中で詐欺被害なんて誰もあいたくないわよ」
■因果応報って大事だよねって話だろ?
■なんだっけ? ざまぁ?
■そのあたりは丁寧にやってくれるよね、アルゲバス・ゲームス
しみじみとしたサイネリアの呟きに、どこか感情のこもったモナルダの返答と視聴者からの感想が飛ぶ――既に走り出している三人は、戦闘音の方へと向かっていた。
「さあ、中ボス戦よ! 気合い入れていくわよ!」
† † †
ガキン、と《受け流し》に失敗して、ジークが大きく弾かれる。タイミングは完璧、だったはずだ。ディレイを入れて、タイミングをずらされたのだ――ジークはそのエリゴールの技術に舌を巻く。
「くそ、魔神ってのはどいつもこいつも! 化け物が!」
『おお、その通りよ!』
「皮肉も効かねぇし!」
エリゴールが繰り出す追撃の突撃槍を、ジークは大きく後退してかわす。そこへ十六夜鬼姫が飛び込んだ。
「スイッチじゃ!」
ジークが後方へ転がる。無様でも良い、今は距離を開けるのが重要だ――エリゴールの突撃槍が、鬼姫の刀に弾かれ大きく軌道が逸れた。
「アーツ《疾風の太刀》!」
鬼姫が加速する。上段の振り下ろし・中段の刺突・下段の斬り上げ、その三種から高速機動で斬りかかる斬撃系アーツだ。だが、その下段からの斬り上げをエリゴールはガントレットで掴み止めた。
「マジか!?」
『当然――』
「うらああああああああああああ!!」
鬼姫が突撃槍に胴を薙ぎ払われそうになる――それを紙一重で、ジークが飛び出して無銘の聖剣で受け止めた。その刹那、鬼姫がガチャンと刃を捻る――それで握りの甘くなった刀を引き抜き、腰から抜いたナイフを投擲。エリゴールを牽制した。
「助かったぞ!」
「せいぜいに恩に着ろ!」
お互いに転がりながら、鬼姫とジークは左右に散る。コンビネーションというには拙いが、連携としては悪くない。エリゴールは炎の馬を駆って、疾走した。
「あの馬、火属性のスリップダメージまでありやがる! 馬が本体かよ!」
■いや、やっぱエリゴール自体も強いぜ?
■もうちょい時間を稼いでくれよ、ジークん!
■あれだけバーチャルアイドルに悪態叩いてチャンネルの登録者数増えるのすっげえわ、ジークん!
「今必要か、その情報!?」
エリゴールは魔神の中でも武闘派だ。真っ当に強い、というのがどれほど厄介か、ジークは嫌になるほど知っている――正直、あの鬼神に比べれば大したことないと思ってしまう自分が嫌になる。
(別に強いヤツと戦ったからって、自分が強くなる訳じゃないよな――)
上を見上げれば、いくらでも上がいる。少し前まではそのことさえ見えなくて。最近はそれがとても息苦して――でも、今は……。
「強敵を前に笑えれば上等じゃろ?」
「……笑ってねぇよ」
鬼姫の指摘に、ジークは顔をしかめる。鬼姫はそれを大人の笑みで笑い飛ばし、上を見上げた。
「見てみるがよい、お主が稼いだ時間が――間に合わせたぞ?」
まず落下してきたのは、黒い人影――サイゾウだ。炎の馬、その頭に突き立てた忍者刀――それを逆手で握ったまま、横回転! サイゾウの斬撃が炎の馬の頭を切り裂いた。
『む――!?』
「機動力が厄介だってなら――」
「――まずはそれを奪います!」
エリゴールの速度が落ちる、そこへモナルダとサイネリアが縦回転――戦斧と戦鎚で炎の馬を断ち切り、粉砕した!
ズサァ! とモナルダとサイネリアが、着地する。エリゴールは炎の馬が転倒したことで跳躍、ガシャン!! と地面に降り立った。
「到着じゃー!!」
「ようやくまともに戦えるぜー!」
「援軍来たぞー!」
「ようやく、まともにボスと戦えるぜー!」
そこへ到着したのは、他のPCたちだ。本来ならカイムがこの場で邪魔をするつもりだったのだろう――だが、そう思えばあのシステムメッセージはエリゴールには僥倖だった。
それを振り返ることなく、エリゴールは倒れて立ち上がれない炎の馬を見下ろしていた。炎の馬は、幾度か揺らめきながら立ち上がろうとして力なく、崩れ落ちる。致命傷だった、もう回復手段はないだろう――。
『ブルゥ……』
炎の馬の唸り声に、エリゴールは片膝をつく。立てなくとも、愛馬の闘志は今も燃え続けている――そのことを、エリゴールは知っていた。
『――ああ、行こう。共に』
『――ブル』
そのやり取りの直後、エリゴールの突撃槍が炎の馬を刺し貫いた。
「――あ?」
ジークがその光景の意味がわからず、息を飲んだ刹那。エリゴールを中心に炎の渦が巻き起こった。片膝をついたエリゴールの赤い全身甲冑が、灼熱の炎パターンに揺らめく。それが己の乗騎の力を取り込んだのだと悟ったPCたちへ、エリゴールは立ち上がり――振り返った。
己の愛馬を倒されてなお、その愛馬の力と共に戦うことを選んだ魔神の騎士は英雄たちへと向かい合う。
『さぁ、第二ラウンドと行こうか』
ヴォゥ! と薙ぎ払う突撃槍の軌道に、炎の残滓が舞う。身構えるその姿は、まさに灼熱の騎士と呼ぶにふさわしい――その姿に、ジークは唸った。
「……なんか、主人公みたいに格好いいのズルくね?」
「帰って来んか、中二病」
鬼姫がそうたしなめた直後、視界を爆炎が埋め尽くす! ただ駆け出した、それが生み出した爆発の加速力をもって、エリゴールは英雄たちへと挑みかかった。
† † †
死してなお、力は共にあるのだと騎士は示す。
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