閑話 積層魔界領域パンデモニウム11
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――これは、第三階層の裏側で起きていた男たちの物語である。
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“黒狼”『サイゾウさん、アーロンさん、又左さん。お話があります、お話があります』
それは壬生黒百合からの秘匿回線だった。サイゾウ、アーロン、堤又左衛門こと又左が添付された場所のアドレスに飛ぶと、だたっ広い暗闇の空間に、目の前には巨大な『さうんど・おんりぃ』と書かれた一枚岩が浮いていた。
「あー、あの……黒百合殿?」
『よくいらっしゃいました、御三人。要件は他でもありません、あなたたちにしか頼めないことがあってお呼びしました』
「いや、このメンツで大体わかるけどよぉ、大将」
一枚岩から響く声に、又左は顔をしかめる。サイゾウとアーロンも同じ感想だ。
『ええ、パイモンの恋愛指南書――その出番です』
「うおー、せっかく封印してたのにぃ!」
『それはよい心がけですね。私もできるなら忘れたままでいたかったのですが、そうも言ってられない状況です』
アーロンが呻くのに心を殺した黒百合が答える。気分はお釈迦様の掌から逃れられない孫悟空である――又左は、諦めの心境で先を促した。
「いや、でもよぉ。カイムを捜せったって無理じゃね? あれはあくまで目の前にして好感度に関係する選択肢が出るかどうかってジョーク・アイテムだろ?」
『はい、その通りです。使われる方はジョークじゃすまないですけどね?』
「「「アッハイ」」」
『恋愛指南書はあくまで駄目押しの一手です。現在の状況は、理解していますか?』
――この時間軸は、黒百合がエレイン・ロセッティの膝枕で眠りに落ちる直前である。ようするに、第三層に迷宮が生み出されてまだエリゴールと引き連れた“騎士団”が発見されていない状況である。
『第二層のカジノにおける反応から、いくつか魔神の関係性が見えます。まず、連中は――仲が悪いです』
より正確には、コミュニケーション不足である。アモンとの戦闘を把握していなかったからカイムは藻女の存在に気づかず、予想外な方法で突破された。
『この時、エリゴールは一足先に気づいていました――ようするに、エリゴールはそれを知っていてカイムに伝えていなかったことになります』
そう、エリゴールは確かにこう言ったのだ。
『そうか。カイム、失策だったな』
ようするに、あの時点でエリゴールは藻女の存在を知った上で黙っていたのだ。ここできちんと連携を取っていれば、あの結果はなかったはずである。
「……そうなると、カイムはまだ単独で動いている。そうなるでござるか?」
『むしろ、ムキになって他の魔神の手を借りるのを拒むはずです。そういう性格でしょう』
「それはわかるけどよぉ」
サイゾウの意見を補足する黒百合に、又左は顔をしかめる。その又左にアーロンは言った。
「ようはクロちゃんは、次にカイムが打ってくる手がある程度見えてるってことだろ?」
『はい、そうです。まず、間違いなくこちらの撹乱を行なってくるでしょう』
こちらに紛れ込んで、誤情報を流して混乱させる――黒百合の説明に、又左はなるほどと納得を見せた。
「仲間を信じないから、一から十まで自分の手でやろうとするってことかい。でも、こっちのコメント欄に紛れ込んでコメントできるって保障は?」
『可能である、という証言は取れています。これが証人です』
一枚岩の前に、簀巻きにされたSDサイズの狐女がびったんびったんと跳ね回る映像が映し出された。
『彼女もやっていたことですが、あるレベルのボスAIならコメントへの書き込みも可能とのことでした……』
『なんでじゃあ!? わわらはけんげんがゆるされたはんいでやっとっただけじゃぞ!?』
『……人の演歌を肴に酒を楽しむからです』
『いや、ほんとうにしょうわのいざかやきぶんじゃった――』
ぶつん、と映像が途切れる。これに呆れたのは、アーロンだ。
(……どんだけ高性能なAI積んでんだ? このゲーム)
二十一世紀初頭に外部の情報から学習するAI同士が独自の言語を構築し会話を行なっていた例があったという。たかだかゲームのキャラクターにそのレベルのAIを使っているということなのだろうが――明らかに、オーバースペックである。
『おそらくは、最初は誤情報でこちらを撹乱してエリゴールの元にPCが集まることを防ぐでしょう――問題はその後です』
誤情報は逆に利用すれば、情報がない場所にエリゴールがいるということがわかるので逆手に取れる――事実、アーロンと又左はいち早くエリゴールを発見している――問題は、その対処を行なった後だ。
『正直、配信者が配信すればエリゴールの居場所は証拠つきで拡散できます。誰かが気づくでしょう――そして、そこまでがカイムの計画通りだとしたら?』
カイムは詐欺師――騙すのが、得意な魔神である。だからこそ、その先にこそ罠をしかける。
「その心は?」
『その方が、楽しいからです』
身も蓋もない意見であったが、黒百合の読みは正解である。自分の策を破った、と油断した時こそ死角から一刺しする――上げてから落とす、それこそが詐欺師の本領だ。
『おそらくは、もう自分の目以外信じていないカイムは変装なりなんなりでPCに混じって動くはずです。そこで、恋愛指南書の出番になります』
「いやいや、さすがにそれは……このレイドバトルに、三桁のPCが参加しているのでござるよ!?」
サイゾウの意見ももっともだ。自分以外、カイムかもしれないこの状況――そんな膨大な数のPCをひとりひとり探る時間などあるはずがない。
だが、黒百合はそれを敢えて否定した。
『問題ありません、その説明のためにお呼びしましたのです……』
† † †
『まず、重要なのは魔神がそれぞれの階層を担当しているということです。現在の第三階層は、本来であればエリゴールが担当している階層です。なので、カイムは第三階層の情報を正確に把握していません……これを大前提に動きます』
ダラララララララララララララララララララ、と目の前に名簿が展開されていく。その上で、見覚えのある名前がいくつか消されていく。
『まず、配信者はこの数に入れません。なにせ、配信されてしまうとすぐに偽者だとバレてしまいます。そんなリスクは負わないでしょう』
黒百合を含めてバーチャルアイドルたちや、配信チャンネルを持つPCはまず除外。次に、一気に五分のニのPCが消えた。
『更に、現在、第五層に挑戦しているPCも除外されます。第五層はおそらく、レライエとネビロスの管理下ですので。第三層の状況を聞いて応援に駆けつけられたら、やはり偽者であるとバレる可能性がありますので――』
「お、おう……一気に減ったね」
アーロンは、ちょっと戦慄する。冷静にここまでの状況を判断できる、壬生黒百合というPCも実はAIでした、と言われても納得してしまいそうだったからだ。
『――で、ここからが本題です』
そこで、一気に五分の一を残して名簿が削除される――その理由を、黒百合が解説した。
『現在、この状況に当てはまらずカイムの領域である第二層のアイテム交換所にいるPC――間違いなく、この中の誰かにカイムが変装していると思われます』
「……それでも、まだ何十人かいるでござるなぁ」
『そうですね、ここから更に絞る方法があります――まず、配信者と一緒に行動しているPCです』
配信者の元には、コメントとして情報が集まる。視聴者や知り合いを偽って、そこに紛れ込めばカイムは労せず多くの情報が掴めるだろう。
『そういうPCにこう言ってやってください。私が『藻女にやられた分、間違いなく独断専行してなにかやらかすならカイム。あのタイプは自分が人を騙すのは好きだけど、騙されるのは死ぬほど嫌うタイプだから』と――はっきり言って、それだけで好感度がだだ下がりするヤツが、カイムです』
正論だとか正解ほど、人を怒らせるものはない――ましてやカイムが手間暇をかけているのは、自分が騙される側に回ったことに不快感を抱いているからだ。
そこを指摘すれば、間違いなく好感度は地に落ちる――その上で、だ。
『後、攻撃する時に《超過英雄譚》が発動すれば、ビンゴです。これ、ダメージ決定時に発動するので、このゲーム、PVPがないので、ダメージ判定ないですから――』
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そして、現在――アカネに変装していたカイムが殴り飛ばされ、地面を転がった。
「く、どうして!?」
アカネの姿のまま、カイムが吐き捨てる。エリゴールとの距離はまだ遠い、策が発動する前に止められカイムは怒りの形相でサイゾウを見た。
「――悪党のやることなど、すべてお見通しでござるよ」
すべての真相は男たちの胸の内である――だから、サイゾウは精一杯、格好をつけて言ってのけた。
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真相さえ知らなければ、忍者としての任務を颯爽とこなしたように見える不思議。
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