137話 積層魔界領域パンデモニウム13
† † †
――壁を蹴って、戦闘音がする場所へジークは駆け込んだ。そこには互いに一歩も退かず、戦う英雄と魔神の姿があった。それを見て、ジークが叫んだ。
「――いた、西側だ!」
■OK! 確認した!
■うーし、今から急ぐぞ―!
■おーい、ふたりの配信を本部に挙げてー
■うーい、連絡網だなー
「ルートはわかるかの?」
■アリアドネの糸だっけ? これ、便利だな!
■お、マップにルートが出てるやないけ!
■ダンジョンのレイドバトルだと、すっげえ使えるな、このアイテム!
後に続いた十六夜鬼姫が降り立つその背後に、ジークは見た。そのなびかせたマフラーから伸びた光の糸――ダンジョン内で自分が通ったルートを他人のマップに示す消費アイテムアリアドネの糸を鬼姫が使っていたことに、ジークは今更気づいた。
「……用意いいな」
「ワシはパーティで普段から行動しておるからな。トラップでバラけた時の用意ぐらいしとるわい」
「はん、そうかい」
こっちはぼっちだ――無用の長物である。無銘の聖剣を構えるジークの姿に、エリゴールは呵々大笑した。手綱を引き、ジークと鬼姫と向き直りながら言い放つ。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アモンからブラックボックスを託された英雄も登場か! なお良し!』
「――うるせぇ」
ボォ! と燃え上がる炎の馬が、ジークと鬼姫へと襲いかかる――その間に、堤又左衛門こと又左は一息ついた。HPも後、もう少しで尽きていたところだ……HPハイポーションとAPハイポーションで回復しながら、又左はこぼす。
「きっつ……」
「お疲れさん。つうことで――」
アーロンその横にアーロンが立ち、“騎士団”へと視線を向ける――こちらへ向かってくるPCの数に反応したのだろう、動き出したデーモン騎士団とアンデッドホースたちに身構える。
「みんなが着くまで、もう一踏ん張りしようか」
「ったく、暇なしだね。向こうやってりゃよかったかね」
炎を騎馬を駆るエリゴールを挟撃するジークと鬼姫を守るように、アーロンと又左は立ちはだかり地響きをさせて迫る“騎士団”へと突っ込んだ。
† † †
■OK! やっぱな! 北はないと思ったんだわ!
■さすがのモナ、間違うことで正解に導くとは……
■そこは東って言ってよぉ、モナァ! 遠くて面倒じゃん!
「ああん? アタシのせいじゃないでしょうがァ!」
「はいはい、急ぎますよ?」
■せやで、みんな一気に集合してるから急いだって!
ものの見事に三択を外したモナルダが視聴者と軽い言葉の小突き合いをするのを止めて、サイネリアは急ぐ。その横に並ぶのは、途中合流したアカネだ。
「とにかく走った走った! エリゴールが倒されて終わっちゃうよ?」
「わざわざ五階から急いできたのに、中ボス戦に加われないのは勘弁でしょ!?」
「あ、糸が見えました! こっちです」
鬼姫が残したアリアドネの糸へとたどり着き、赤青姉妹とアカネは先を急ぐ。途中、デーモン騎士とアンデッドホースが邪魔してくるが、モナルダとサイネリアの相手ではない――クルン! と手首を基点に回転するモナルダの戦斧がアンデッドホースの脚を切り飛ばし、放り出されたデーモン騎士をサイネリアの戦鎚が真っ向から押し潰した。
「あー、もう! うじゃうじゃと!」
「敵もルート上に敵を配置し始めましたねぇ」
「雑魚に構ってらんないよ! 急がないと」
敵の妨害を無視して先を急ぐアカネに、モナルダとサイネリアが続く。誰か――おそらく、カイム――が妨害してきているのだろう、だからこそアカネは言った。
「向こうからしたら、ボクらが合流される方が嫌なんだから! ハリィハリィ!」
■よーし、ここはオレに任せて先に行け! いえーい、一度言ってみたかったんや!
■おっと、お前だけに格好つけさせないぜ! 俺、この戦いが終わったら彼女にプロポーズしようと思うんだ……
■俺、帰ったらステーキ食うんだ……
「パインサラダ作って待ってるといいわね!?」
■やめろぉ! 笑えねぇ!!
■真面目な話、足止めはするぜ! 行けるヤツはエリゴールのとこに急げ!
■本丸叩けりゃあこっちの勝ちだ! ゴー! ゴー! ゴー!
次々とコメントに死亡フラグを建てながら、視聴者たちが集まってくる。少しでも早く、そして多くエリゴールの元へと送り届けるために妨害してくるデーモン騎士たちを抑え込む。
■こっち北側、もうすぐエリゴール戦に参加できそうだぞ!
■おいおい、東側追いついたぞ? 中央なにやってんだ!?
■しゃーねぇだろ、西側が邪魔が厚いんだ!
■構うな構うな! このまま雪崩込めりゃあ、こっちの勝ちだ!
ジークと鬼姫が、必死にエリゴールに食らいつくふたつの配信を確認し、サイネリアが叫ぶ。
「向こうもキツそうです! 急ぎましょう!」
「OK!」
「あんたたちの尊い犠牲は忘れないわ、しばらくは!」
■「「「「「「「「「「――やかましいわ!」」」」」」」」」」」
視聴者のツッコミに背を押されて、赤青姉妹とアカネが先を急いだ。
† † †
(ふふん、いいタイミングね)
ひとり、カイムがほくそ笑む。計画通りだ、このまま一気にエリゴールのところに|《英雄》《プレイヤーキャラクター》が雪崩込んだ時が好機だ。範囲は五〇メートル――その距離内の任意の味方を第三階層内の好きな場所へ移動させる手段が、カイムにはあった。
(雪崩込んだろころで、私とエリゴールたちをまったく別の場所に飛ばせばまた大きく時間を稼げる――ふふふ、やられた分はやり返すわ)
その上で、現在エリゴールの戦場となっているエリアから出ようとする連中をトラップ地獄に叩き落としてやればいい――第二階層でチートでやられたのだ、それぐらいの仕返し可愛いものである。
(もうすぐ、効果範囲よ――覚悟なさい)
まずは、やられた分の一%ぐらいは吠え面をかかせてやる、そうカイムは表情に出さないように慎重にほくそ笑んだ。
† † †
先頭を走る赤青姉妹と、アカネ。そこへ合流する黒い人影があった。
「お、アカネ殿にモナルダ殿、サイネリア殿でござるか!」
「あー、サイゾウだっけ? あんたも向かってる最中?」
走る三人の元へ降り立ったのは、サイゾウだった。サイゾウは並走し始めると三人に向かって渋い表情で語り始めた。
「実は拙者はカイムを発見する特務の最中でござってな?」
「カイムを、ですか?」
「うむでござる」
サイネリアの確認に、サイゾウが小さく頷く。アカネが怪訝な表情でそれに続けた。
「いや、サイゾウさん無理矢理忍者っぽく言ってるだけで、ただ捜してるだけじゃん?」
「ち、違うのでござるよ! ちゃんと黒百合殿から頼まれたのでござるよ!」
「……クロから、ねぇ」
モナルダが小首を傾げる。ただ、少なくとも特務だなんだ、よりかは壬生黒百合に頼まれたという方が信憑性があった。
「いや、『藻女にやられた分、間違いなく独断専行してなにかやらかすならカイム。あのタイプは自分が人を騙すのは好きだけど、騙されるのは死ぬほど嫌うタイプだから』と――」
「……似てない似てない」
「まぁ、一理はあるけどねぇ」
黒百合の口調を真似て再現するサイゾウに、モナルダは苦笑。アカネもため息混じりに苦笑いする――それを確認して、サイゾウは右拳を握った。
「と、言うわけで――やらせてもらうでござるよ」
「「「――はい?」」」
「忍法! 男女平等パンチにござるッ!!」
そして、サイゾウは迷うことなく《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を乗せた右ストレートで、変装していたカイムを殴り飛ばした。
† † †
次のお話、種明かし編の「閑話 積層魔界領域パンデモニウム11」へと続きます!
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