136話 積層魔界領域パンデモニウム12
† † †
ジークが疾走していくその横を、十六夜鬼姫が並走する。それにジークは顔をしかめた。
「向こう行けよ、配信が被って意味あるかよ」
「なにを言うか、ふたり配信が同じ光景を映せば、説得力が増すじゃろ?」
「――チッ。勝手にしろ」
付いてこれたらな、とジークは加速する。この数日、一緒に訓練をしていた相手が相手だ。ジークのパルクール技術は大きく向上していた、しかし、鬼姫もそれに離されずに追随していた。
■おおー、早い早い!
■鬼姫、このテのVRアクションのパルクール、得意分野だからなぁ
「……騎士の人とか気を抜いたら引き離されたかんなぁ」
■そりゃあ上には上がいるだろうけどさぁ
そのジークを背中を、鬼姫は鼻歌混じりに続く。なにせ、先にジークがルートを開発してくれるのだ――それを後追いすればいいだけというなら、鬼姫の技量なら楽勝だ。
「やっぱり、情報があっちこっちいってるみたいじゃの」
■あのジークっていうの、なにを目当てに走ってんだ?
■至るところでフル装備のデーモンとアンデッドホースが暴れまわっってっから、もう滅茶苦茶だわ
ジークが壁を蹴って大きく跳躍、その上を鬼姫が飛び越えて天井を蹴って先に着地した。
「――で? なにを目当てに走っとるんじゃ?」
「気づかずに追って来てんのかよ……」
「ほれほれ、配信者は視聴者の疑問に解説するもんじゃぞ?」
後ろ走りでコメント欄を指し示す鬼姫に、ジークは走るリズムを崩す。ため息をこぼしたのだ。
「……積層遺跡探索隊のコメント欄、そこで挙がってない場所だよ」
■お? その心は?
「どう考えたって、情報操作にカイムが混じってんだろ? なら、エリゴールのいる方に進めようとは思わないだろ?」
ジークは改めて、積層遺跡探索隊のコメント欄を展開する。
「そもそも、エリゴールと交戦してたらコメントなんて打ってる暇ないだろ? なら、目撃証言頼りになる――カイムが利用してんのは、そういうとこだろ?」
「ふむふむ。じゃから、配信者が自分の配信チャンネルで映そうって話になったんじゃからなぁ」
「そういうこった。この第三層の迷宮を東・西・南・北・中央と五つに分けた時、目撃証言が多いのは北と東、次に南になってる――だから、中央から西のルートを取ってる」
■ふむふむ。それで西のルートにいなかったら?
「それでいいんだよ、西にはいないって確実な情報がつかめるだろうが」
鬼姫は後ろにでも目があるかのように華麗なステップでバック走し続けている。なんなの? バーチャルアイドルってこういうおかしいのばっかなのかよ、とジークは顔をしかめた。
「ま、一〇点中、八点かの。要点のまとめはよかったが、もうちょっと丁寧な言葉で解説したほうがいいのぉ」
「何様だよ!? ちくしょう!」
■鬼姫様なんだよなぁ
■諦めろ、ジークん。相手の方が正論やで?
■正論は人に突き刺さるもんやしなぁ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!? 味方がいねぇな!!」
「いやぁ、若い若い! アレじゃな。反応が小学生の親戚の子と同じ――」
「中身詮索すんな、マナー違反だろうが!」
からかわれてる、と気づいても口で勝てそうにない。ジークと鬼姫は、その時同時に加速した。ジークは無銘の聖剣を、鬼姫は刀を抜く――それと同時、巨大なハンマーを振りかぶったグレーターデーモンに斬りかかった。
† † †
ズシン、と二本の赤い戦斧を床へと突き立て、モナルダが配信のカメラ目線で言った。
「はーい。第三層まで舞い戻ってきたモナルダお姉さんだぞー! 南側の“騎士団”は駆逐完了だぞー」
■……鎧袖一触だな
■マジでこういう殲滅戦で頼りになっからな、この人……
■雑魚狩りにもあの戦斧、有効なんだよなぁ
実際、モナルダとサイネリアの赤青姉妹は、一対一から二対一よりも二対多数の時に真価を発揮する。より派手に人の目を惹きつけるためのアクションを追求したプレイスタイルだからだ。
サイネリアも二本の戦鎚を担ぎ上げて視聴者に向けて報告する。
「とにかく、南側にはエリゴールの姿はありませんね」
■了解、なら中央に戻って三方向に散るかー
■モナー! この後、どっちに行くー?
コメント欄に流れた質問に、モナルダは視線を止める。胸を乗せるように腕を組み考えることしばし、モナルダは真顔で答えた。
「んー、三方向でしょ? なら、北の方に行こうかなって?」
■――よし、みんな北以外だー!
■了解!
■承知!
■OK!
■んだなー
「ちょっと、人に聞いておいてそりゃあないでしょうよ!?」
「……姉さんは、もうちょっと自分の勘の悪さを察するべきですよー」
三択があった時、モナルダが正解するはずがない――それは訓練された視聴者として正しい反応だった。
「い、いいのよ! クロだって「二個サイコロを転がす時は、平均値は4だと思って計画を建てる」って言ってたし!?」
「あー……同じタイプなんですねぇ」
■平均値は7やで? 覚えとき
■それは運の悪さを戦術でカバーできる人のセリフなんだよなぁ
■個人的にわかりみ
■振らないダイスはただの立方体だー
「ぐぬぬぬ、とにかく次よ! 次行くんだから!」
走り出すモナルダの後を、サイネリアが続く。他のクラン《百花繚乱》のみんなの配信をチェックしつつ、姉についていく限り自分たちが遊撃戦力に過ぎないことを妹は自覚していた。
「うんうん、良かったら視聴者さんもエリゴールを発見したら報告お願いしますね」
■おう、任せろい!
■赤青姉妹の配信では、迷走するのはお馴染みの光景だしな
■慣れたもんよ!
本当に訓練された視聴者である、だからこそ彼らを信じて姉妹は自分たちの思うままに走り続けた。
† † †
エリゴールが炎の馬を手足のように操り、堤又左衛門こと又左へと襲いかかった。
「シィ!!」
ギギギギギギギギギギギン! と馬上槍と朱槍が互いに互いを突破しようと鎬を削る。エリゴールからすれば挨拶代わりの攻撃だが、又左からすれば歯を食いしばって耐えなくてはならない猛攻だ。
「又左!」
「おう!」
槍を突き出した体勢で、又左が身を沈める。その肩を駆け上がり、アーロンの大剣がエリゴールに振り下ろされた。その斬撃を、エリゴールは炎の旗で受け止め、軌道を変える。
『いい、いいな! 強者よ!』
「お褒めに預かりどうも!」
「手を緩めてくれたら、泣いて喜ぶぜ、ええ!?」
強敵、強い英雄との戦いにテンションを上げるエリゴールを中心に、ふたりが足を止めずに動き回る。“騎士団”は動かない、エリゴールの命令で控えているからだ。
(舐めやがって――!)
ふたりでエリゴールを抑えるのがやっと、関の山だ。魔神の片手間は、人間にとってはまさに決死の戦場だ――だが、ここに釘付けにすることに意味がある。
(誰か配信者がここまでたどり着けば――)
(――援軍が、来るわなぁ!)
だからこそ、食い下がる。食い下がらなくてはいけない。エリゴールがテンションを跳ね上げ、動きの速度と精度が増していくのを感じながらアーロンと又左は攻防を続けた。
† † †
第三階層が構築されて、一時間経過――英雄側が徐々に戦力比の色を塗り替えていっていった。
(うんうん、いい感じ――)
カイムは順調に、自分の思惑通りに状況が動いていることを察していた。一度犯したミスは、二度と犯さない――その決意と覚悟を胸に、変装して忍び込んだ英雄陣営の中でその時を待っていた……起死回生、その一手。それを持っているのは、この場では自分だ――その自覚を持って。
† † †
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