134話 積層魔界領域パンデモニウム9&たったひとつの冴えすぎたやり方2
† † †
――戦い方とは決してひとつではない、そのことを魔神カイムは知っている。
「ようはアレよ。勝利条件、敗北条件、状況、環境、戦力差、立ち位置、信条、あれやこれや。そのすべてをひっくるめる。その結果、なにができるのか? そっちの方が重要でしょう?」
『ハハッ! そこまで心のこもらん戦術論もあるものか』
カイムの言葉を、魔神エリゴールが笑う。魔神にして騎士たるエリゴールは、弁論家であるカイムとはまったくの逆だ。水と油と言うべきか、混ぜるな危険と言うべきか。
「弁論なんて、人の揚げ足を取って吊るし上げる代物でしょう? 詐欺師。ええ、確かにそうでしょうね」
『それは暴論だと思うが?』
「正論でも暴論でも、論であればいいのよ、弁論は。結局の話ね」
エリゴールは三階層で控えている。ようは、暇なのだ――カイムの第二層を突破できない限り、英雄たちとは戦えないのだから。
『だが、お前が第三層にいるのは、さすがにインチキではないか?』
「えー? オーナーがちょっと留守にしてるだけでしょう? 第二層に必ずいなくちゃいけない、なんて言ってないじゃない」
パタパタ、と手を振って笑って流すカイム。そう、これこそ弁論の本質であり詐欺の本質だ。いかに語るか? ではない。いかに、語ったと思わせるか? それこそ重要なのだ。
「ルールは説明した。そのルールの不備や穴、そこに気づけない方が悪いのよ。あなた、コロシアイの最中に敵が自分の知らない技や手段を用いたら、卑怯って罵るの?」
『――内容によるが、罵りはせんな』
エリゴールは真っ直ぐにそう返す。正々堂々奇襲する、奇策を用いる、それは敵を褒めこそすれど否定すべきではない、エリゴールは確かにそう考える。
問題はカイムが、戦うつもりがないという事実だ。今、この時間はただただ英雄たちは無為に浪費させられている――それを知らないのだ。エリゴールは同じ土俵で戦うのを好む。カイムは盤外戦闘を好む――それだけのことだ、と言うのがカイムの主張だ。
「それにちゃんとヒントはあるもの。私、説明書もよく読まないで難しいって言い張る連中、好きじゃないのよねー」
ケタケタ、と笑うカイムに、エリゴールはがしゃん、と肩をすくめる。エリゴールの視線、赤い全身甲冑が向くそちらを見ると小さく微笑んだ。
「逆を言うと、ちゃんと説明書を読む人は嫌いじゃないわよ?」
「――そいつぁ、どうも」
そうカイムの笑みを受けて、ひとりの英雄が答える。大剣を背に背負った男――アーロンだ。
「インチキしてくれるじゃないか、カイム。ええ?」
「インチキではないでしょう? だって、あなたはきちんと正解にたどり着いたんだもの」
そう、本当に発想の転換――あるいは、逆転だ。
「今の万魔殿の扉がある第四層、そこから昇ってきただけだけどな、そりゃあ」
† † †
そう、万魔殿の扉を門として使用すると第五層へ行ける。だが、本来の万魔殿の扉は現在の第四層、元第一層にあったものだ。
「ええ、そうよね。わざわざ無駄にそこを昇ってくる必要なんてない――そう切り捨てなければ、こういう使い方もできるのよ」
自身が第二層のオーナーである、と語り、本来の居場所が第三層と語らなかっただけ。それと同じように万魔殿の扉を第五層への扉と語り、第四層へ昇れることを語っただけ。
疑う分には、いくらでも疑えたはずだ。一見無関係と思えるふたつの事柄、それを繋げた瞬間、答えが見える――詐欺の本質とはこれだ。嘘の上手な使い方とは、嘘の中に嘘を隠すと言うこと――。
「ま、しばらくカジノを楽しんで? 残り五〇〇万枚になるか、リミット二時間前くらいになったら戻ってあげる」
「……そいつぁ、困るな。結構な人数が足止めされてんだ」
「でしょうね、そのつもりのトラップですもの」
カイムが微笑む。ここでもカイムは語っていない、本当のカラクリを――もしも、ここでオーナーであるカイムが倒されたら、どんな結果になるかを。
(全部、ご破産。そうなれば、私の勝ちよ)
オーナーが戻り、ルールの変更を行なうこと。おおよそ詐欺としか思えないルールは、クリアさせないために用意したものの数々だ。だから、オーナーが戻りルールを変更する、オーナーとの直接勝負に切り替えるのが正しい攻略法――だが、しかし。
(私、詐欺師って言ったわよねぇ?)
カイムがほくそ笑む。これこそ最大のペテン、自身が物理的に敗れて初めて発動する即死トラップ――ちなみに死ぬのはカイムだ。
「いいじゃない、ちゃんとチップは景品と交換できるから損はしないわよ?」
「差し引きマイナスだろうが、よく言うぜ」
アーロンは吐き捨てる。だから、秘匿回線を飛ばした。
† † †
“阿栄”『駄目だ、クロちゃん。コイツ、最初っからまともにやるつもりないわ』
“黒狼”『そう。なら、仕方ない。伝えておいて――』
† † †
会話を終え、アーロンは改めてカイムを見上げる。カイムはその視線に、小首を傾げた。
「? なぁに? ここで戦う?」
「あんた、アモン戦確認してないだろ?」
「……それが、なに?」
カイムが、一瞬キョトンとした表情を見せる。演技でなく、本当に脈絡を感じなかったのだ。それにエリゴールも納得したように手を打った。
『そうか。カイム、失策だったな』
「……なにがよ」
カイムが怪訝な表情を浮かべた、その時だ。
「伝言だぜ、カイム。『ルールを設定する時は、相手の手札の確認は怠らないほうがいい。ごめんね』――だそうだ」
† † †
《――第二層、カジノのクリア条件『合計枚数一五〇〇万枚』を満たしました》
《――以後、第二層のカジノは消滅いたします》
† † †
ジャララララララララララララララ! と頭上でなにかが崩壊した音がした。
「――――――――はい?」
カイムがその音とシステムメッセージに上を見上げる。降り注ぐのは黄金の輝き――溢れたチップが雨のように降り注いだのだ。
ありえない、どんなに頑張ったとしてもクリアできる枚数ではない。無限に前借りできないのだ。オーナーである自分と直接勝負し、高レート勝負に持ち込む――それ以外の攻略方法で、あの膨大な“時間”をどうすれば――。
「さくしさくにおぼれたのぅ、かいむよ」
黄金の雨の中、目の前に降りてきたのは黒い尾の船に乗った三頭身の狐耳の女、藻女だ。
「――“妖獣王”!?」
「おおかた、たたかいなどばからしくてみてられーん、とかおもってあもんのたたかいをみておらなんだな? たわけが」
なぜここに、など、第一層のアモンとの戦いを見ていれば出てこない言葉だ。そして、見ていれば即座にカジノに戻り、オーナー権限でルールを改定していたはずだ。それがなされていない時点で、壬生黒百合はこの裏技を思いつき――悪質すぎる、と判断して実行したのだ。
「わらわのさんぜんねん――にせんろっぴゃくまんまいごえじゃ。どうせ、おぬしのじゅみょうにおさまるはんいにしたかったんじゃろう?」
「――あなたが、出てくるのは卑怯、でしょう、が……!」
「るーるのはんいないじゃが?」
NPCもゲームに参加できるルールにしてしまっていたのだ、オーナーが参加するという条件を加えるために。
ましてや藻女は所属組織のホツマ妖怪軍によるホツマ妖怪軍所属の妖怪をゲストNPCとして召喚できるという効果で呼び出したもの。
――ゲストNPCであるから、ゲームに参加する資格があったのだ。
「うつけめが。わらわとねんれいしょうぶしたければ、くどらくかじょれついちいのまおうをつれてこい、こむすめ」
虚しい勝利じゃ、と仁王立ちした藻女が言い捨てた。
† † †
時間というあまりにも膨大な力技――こんなん、カイムさんも想定してませんわ。
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