133話 積層魔界領域パンデモニウム8&たったひとつの冴えすぎたやり方1
† † †
――目が痛いほどの万色の光、遺跡としての情緒などどこかに捨ててきた第二層のカジノの光景は、サイゾウから言葉を奪った。
(……どうしろって言うんでござるかなぁ、これ)
呆然と見るしかない。どこから手を付ければいいのか、わかったものではないからだ。
「あ、サイゾウさんもいらしたんですね」
ふと、聞き覚えのある声にサイゾウは振り返る。そこにいたのはクラン《百花繚乱》所属の眼鏡っ娘バーチャルアイドルプルメリアだった。
「どうしたでござるか? プルメリア殿。万魔殿の扉に登録して、第五層に普通にいけるのではないでござるか?」
「いえ、それはそうなのですが……第五層だとあまり力になれませんので」
第五層は文字通り激戦区だ、プルメリアのプレイヤースキルでは現状手伝えることは一切ないのだ。あれで地上戦なら、まだファミリアのゴーレムが役に立つのだが。
「ですので、カジノの情報と傾向を調べてお手伝いする方向で、と思いまして」
「うむ、自分ができることをやるのはいいことだと思うでござるよ。で、オススメのゲームってあるでござるか?」
サイゾウの当然の疑問に、プルメリアは眼鏡の奥の瞳から光を消して微笑んだ。
「――ないですね」
「……はい?」
「どこもかしこも、オススメなんてとてもできません」
それは、あまりにも力のない絶望の果てにたどり着いた答えだった。
† † †
■うおーい、委員長ー。チーッス
■とりあえず、一通り遊んできたでありますよ、委員長ー
■地獄や……地獄しかあらへんで……
配信に戻ったプルメリア――委員長、とは彼女のあだ名だ――を冷えっ冷えの空気で出迎えたのは、視聴者による絶望のコメントであった。
「あー、皆さんの方もやはりそうでしたか」
■カードもマジヤバい。ポーカーがテキサスホールデムポーカーでさ、共通カードがもうイカサマ臭がプンプンする……
■ブラックジャックとかの方がマシなんだけど……カード類は必ず、勝った後にハイ&ローがついて回るから、利率が悪い
■ハイ&ローで稼ぎたいけど、やっぱイカサマな気配がすんだよ……
彼女の動画に揃っているのは、筋金入りの考察班ばかりだ。情報収集もお手の物、プルメリアを筆頭にかなり有益な情報を他のPCに提供することで知られている。
■ダイス系のシックボーもあんまりだなぁ……とにかく運ゲーの怪しさが半端ない。いや、スロットも機械を細工されてんじゃないかって疑うともう怪しい部分しかないんだけど
「これ、確実にここに足止めして戦力を減らすのが目的ですものね……」
実際、『前借り』できる枚数が怪しいのだ。ひとりにつき最大で一〇〇時間分の『前借り』が可能なのだが、そこで破産すると破産した分の時間この階層に拘束されてしまう――誰かがこの階層を突破しないと、抜け出せないあたり完全な脱落と同じだ。
■他の特殊系もやなぁ。戦車レースは手堅く本命を当てると倍率悪いし、全着順を当てるとすっげえ倍率だけど……ま、六台分全部の順番当てるの無茶だわ
■のど自慢系でディアナんが無双してるけど、さすがにアレだけだとなぁ。ディアナん曰く、「時々、楽譜にないアドリブで外してくるんで、それに対応できないと厳しいですね」だと
「……それに対応してるんですか、あの人」
■間違いなく、ディアナんが今のとこ稼ぎ頭だよ……楽譜出る系だけど、そっちの知識ないと最後まで歌えないってばよ……
■ただ、全ゲーム最低一回やってわかったけど……委員長の読み通りだわ
そのコメントに、プルメリアはため息をこぼす。眼鏡を直しながら、プルメリアは言った。
「やっぱり、オーナーのカイムとゲームで直接対決しないと駄目、なんですね」
■だなぁ、どのゲームにも特殊ルールがあった。多分、カイム関係だわ
あくどいイカサマカジノで、悪徳オーナーと直接対峙して打ち倒す――なるほど、王道的な展開だ。なのだが……そのオーナーの居場所を捜さないといけないのがなかなかに厄介だ。
「レイドバトル中にミニシナリオを攻略しないといけないタイプですか……斬新な真似してくれますね」
■そもそもギャンブル勝負が斬新すぎるんよ……
□お疲れ様、結構情報集まってる?
「あれ? 黒百合さん?」
ふとコメントに現れた壬生黒百合に、プルメリアが目を丸くする。コメント欄も、僅かに空気が変わって賑わった。
■アモン戦、乙ー
■クロちゃん、どうしたん? 第五層攻略中?
□ちょっと無理したんで休憩中。プルメリアさんが配信してたから覗きに来た
「いらっしゃい。ここは意見を交わす場ですので、なにかあったらどんどんコメントいただけると助かります」
□うん、ちょっとコメントさかのぼって確認してくる
■結構、無茶やってたからなー。クロちゃん……
■クロちゃんクラスが休憩はいらないと駄目な無茶かー、結構タフいのに……
■バニーに紛れてると思ったんじゃが、バニーにいなかったんや……カイム
■それ、バニーを見たかっただけですよね? ですよね?
「カイムが《変装》とか使ってたら終わりですよねー……」
単純にゲームで攻略してチップを稼ぐのではなく、やはりオーナーとのゲーム勝負に賭けるべきか――プルメリアがそう真剣に考え込んでいたその時だ。
† † †
□――わかった。カイムを見つけて詰んだら教えて? 大丈夫、これ絶対勝てる
† † †
「……え?」
黒百合からのコメントに、プルメリアが言葉を失う。そんな情報があっただろうか? コメントを遡っても基本的なルールや各ゲームの絶望的状況しか把握できないと思うのだが――。
□ただ、ちょっと詐欺臭いやり方だから。今の内に、楽しんでおいていいよ?
■え? ええ……すっごい気になるんだけど!?
■……なら、クロちゃん信じて俺らは俺らでクリア目指すかー
□ん、そうしてくれると嬉しい
黒百合が助かるではなく、嬉しいというあたり、彼女にしかできない裏技があるのだろう――なら、それを信じて駄目元でやるだけやってみるのもいいだろう。
「なら、次はカイム探索に移りましょう。やはり、通常のゲームだけでは勝てませんのでオーナーの撃破を目標で」
■オーケー!
■関係者以外立入禁止区域がないからなぁ、多分、第二層のどっかにいると思うんだけど……
■バックヤードも入れるってすげえカジノだよな……
† † †
「……裏技だなぁ」
その頃の第一層。戦いの後の闘技場で黒百合に膝枕しながら、エレイン・ロセッティが苦笑した。コメント欄から視線を外し、黒百合は目をつぶる。脳を休ませるようなその仕草に、エレインは黒百合の頭を撫でた。
『……でも、いけんの? それ』
「間違いなく。だから、カイムが出てきてからが本番」
自分の胸の上に腰掛けて小首を傾げるSDモナルダに、黒百合はそう返す。その隣では、藻女が苦笑いしていた。
「ま、ならばいまはきゅうけいじかんだとおもえばいいじゃろう。れらいえとやるまえに、たいちょうをととのえておくといいじゃろう」
「ん、そうする……時間圧縮がないなら、一度ログアウトするのもありだったけど……」
六時間が一二時間になるということは、リアルの一時間はこのレイドバトル中では二時間の経過になるということ――そのため、ログインしたまま休んだ方が効率的……という考えだった。
「この時間圧縮、システム的にはタキサイキア現象の応用なんだっけ?」
「ん、脳内時間と現実時間の差を利用してる……らしい」
タキサイア現象とは、『ゾーン』と原理を同じくする周囲の時間の感じ方がスローモーションに変わる脳内時間が起こす現状である。ようは、このレイドバトル中、フィールド内の人間は全員、『ゾーン』と同様の効果を得ているのと同じと言えた。
(さすがに、ちょっと違うみたいだけど。システム的なサポートがあるしね)
しかし、本当にVR関係の進歩は目覚ましい……黒百合は、思わぬところで感心してしまった。
「ここで寝る分には大丈夫だから、ちょっと寝ていいよ? なにかあったら、すぐ起こしてあげるから」
「ん……よろ、しく……」
エレインの優しい声に、黒百合は意識を沈めていく。この睡眠の脳内時間もどうにかできるのだとしたら、すごい発明だな……そんなことを思いながら。
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策士策に溺れるの典型……答え合わせは、後々。
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