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閑話 トロフィー:九郎判官八艘繰り


 ――さぁ、このあたりで一度読み直す時間といたしましょう。

 元暦(げんりゃく)ニ年/寿永(じゅえい)四年三月ニ四日――長門国(ながとのくに)赤間関(あかまがせき)壇ノ浦(だんのうら)

 その日、天下分け目の決戦があった。その名も壇ノ浦の戦い――源氏と平家、その存亡はこの一戦にあった。


『――そうだな。ならば、ここに貴方が現われぬはずもない』


 ひとりの若武者が、まっすぐに天へ向かってそう告げた。それに返るのは怨嗟の声だ。


『己、源氏の小倅――九郎判官(くろうほうがん)! 源義経(みなもとのよしつね)!』


 空に空く『穴』、幽世(かくりよ)から這い出てくるのは禿頭に白い髭、そして豪奢な武者鎧に身を包む見上げんばかりの大怨霊であっった。


『平家は滅ばぬ、滅ぼさせるものか!』(滅びぬでは、連用形プラス完了の「ぬ」で、「滅んだ」の意味になってしまいます)

『――哀れなり、平清盛(たいらのきよもり)。貴方ほどの御方が、怨嗟に身を焼き怨霊に身を落とされるか』

『黙れい! 賢しきことを言うな!』


 大怨霊平清盛が名刀泉水を抜く。その巨大な一刀の切っ先が海に触れると、潮の流れが変わる――その意味を、義経はすぐに察した。


『潮の流れさえ変えなさるか、確かにこれでは平家を海から追うは困難――』

鬼一(おにいち)から得た六韜(りくとう)三略(さんりゃく)を持って我が放ちし魑魅魍魎(ちみもうりょう)を払いここまで来た武勇は認めよう。が、させぬ。平家の栄華は永遠に終わらせぬ!』


 清盛の発する威圧を前に、義経も一歩前へ。その腰から抜くのは膝丸――髭切と共に源氏に伝わる名刀だ。


『それは身に余る重荷を背負うた、数え八つの幼き()の命よりも大事なのですか? 清盛殿』

『――――』


 清盛は答えない。答えないことこそが、答えだった。だからこそ、義経はもう迷わない。


『押し通らせていただく』

『やれるものならば、やってみよ! 今の儂ならば日輪すら意のままに操るわ! 平家という日輪、決して沈ませぬぞ!!』


 義経が、上へ飛ぶ。降り立つのは、幽世の『穴』より舞い降りし冥府の渡し船。八隻の渡し船を従え、義経は最大の仇敵に挑む。


 そこで、義経の表情が変わった。口の端が持ち上がり、笑ったのだ。


「久しぶりに派手に行こうぜ、清盛殿」


 そこから先は九郎判官源義経ではない――坂野九郎(さかの・くろう)という、ひとりのゲーマーとしての戦いが始まった。


   †  †  †


 源平退魔伝(げんぺいたいまでん)――それはアルゲバル・ゲームスがインディーズ時代に作成したオフラインVRアクションゲームだ。しかも、頭に“伝説の”とつく類の鬼畜ゲーである。


 本編クリアがチュートリアルとまで言われたその難易度は、本編を四周して全エンディングを見てもトロフィー率が六〇%しか埋まらないという始末。クリアするだけならただ難しいですむが、トロフィー率一〇〇%を目指すと必ずぶち当たる『壁』が存在した。


『雄、雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄――!!』


 唸りを上げて振り下ろされる清盛の大太刀は、もはやその刀身そのものが鋼の塔だ。その刃はもちろん、繰り出された時に生じる衝撃波にすら当たり判定が存在する。義経が足場とする八隻の冥府の渡し船にはHP(ヒット・ポイント)が存在する――この八隻が破壊されれば、その時点で荒れ狂う海に落ちて死亡する。

 そもそも、この八隻の渡し船は基本オート操作だ。清盛の攻撃に当たるだけで破壊されるそれを足場に上へと昇り、清盛の眉間を膝丸で貫く演出討伐か膨大な量を誇る清盛のHPを地道に削り切る通常討伐で、得られるトロフィーが変わる……のだが。


「――ッ!」


 九郎は、即座に()()()()()()()()()()()()()()()()、自身が乗っている船を高速で横へ、残りの船を周囲へと散らせた。


 清盛の大太刀が海面を断ち、巨大な水柱を立ち昇らせる。その水柱は龍へと変じ、九郎へと襲いかかった。


「――ォオオ!!」


 その瞬間、九郎は船を蹴って龍へ突撃。刺突からの切り上げで水龍の頭部を切り飛ばし、バシャン! と破裂させた。その先に別の船を回しておき、九郎はそこへ降り立った。


「次――!!」


 天から振る八本の雷、念じるだけで巻き起こり吸い込み判定のある竜巻、魑魅魍魎の群れによる突撃――そのどれもが、八隻の船はもちろん九郎も死に至らしめる致死攻撃の数々だ。それを八隻すべてを操り、足場にして九郎は回避していく!


 ――源平退魔伝、最後の『壁』。それは特別討伐と呼ばれる、ある討伐法だ。


「行くぞ、清盛殿!!」

『ぬぅ!?』


 八隻の渡し船が、螺旋を描き空へと駆け上がる。これはコンマ秒のズレさえ許されない、同時に八隻と自身の緻密なマニュアル操作が求められる神業――!


「――!!」


 大怨霊平清盛を眼下に見下ろし、九郎は空中で身を捻る。サッカーのボレーキックの要領で渡し船の一隻を蹴り飛ばすと、渡し船が清盛へ激突した。


『ぐ、お!?』


 その瞬間、凄まじい長さを持つ清盛のHPバーの()()()()が消し飛んだ。

 ガ、ガガガガガガガガガガガ! と次から次へと、九郎の蹴り放つ渡し船が清盛へ降り注ぐ。八分のニが、八分の三が、八分の四が――清盛を爆発で飲み込んでいった。


「九郎判官――八艘繰り!」

『よぉし、つね、え、ええええええええええええええええええええええええ!!』


 そして、最後の一隻を振り下ろした左の踵で九郎は蹴り落とす! 真っ直ぐに高速で渡し船が清盛へ突き刺さり――大怨霊平清盛が、爆発四散した。


「……あー、やっぱこれはすっきりするわ」


 大の字になって九郎――源義経が落下する。だが、一定以上の高さがあれば足場がなくなっても落下死はしない。落ちきる前にステージクリアとなるからだ。

 九郎がこの特別討伐を好むのは、この時間だ。視界全部を覆い尽くすような青空、それをゆっくりと楽しめるからだった……。


   †  †  †


 ――これこそが多くのプロゲーマーたちのトロフィーコンプを阻んだ、『トロフィー:九郎判官八艘繰り』である。

 自キャラと八隻の船を同時にマニュアル操作しなくてはスタートラインにも立てないという鬼畜仕様。スタートラインに立ったとしても、そこから更に清盛の猛攻で船が一隻でも破壊されていれば終わりというシビアさ。どれをとってもトロフィーコンプできるものならやってみろという傍若無人さに溢れていた。その姿勢は脈々と、今のアルゲバル・ゲームスに受け継がれていた。


   †  †  †


「え? なんで朝からそんなことしてるの?」


 昼近くにリビングにやって来た兄からなにをしていたのか報告を受けた妹、坂野真百合(さかの・まゆり)は真顔でそう言った。少なくとも起き抜けにちょっと気楽にやるようなものではない、と思うのだ。


「いや、エレインが源平退魔伝を手に入れたらしくてさ。八艘繰りができずに詰んでるって言うから、本当にできるぞって証拠の動画をな?」

「……エレちゃん、また悔しがって泣くよ? それ」


 真百合は、深い溜め息をこぼす。この『兄』は気づいていないようだが、エレイン・ロセッティというバーチャルアイドル仲間は『兄』であるところの壬生黒百合(みぶ・くろゆり)をライバル視しているのと同時に、どこか懐いて甘えている節があった。


「いや、そう考えるとディアナさんも……う~ん……」


 あの“聖女の守護者”の件から、ディアナ・フォーチュンも気を許しているように見える。距離感がバグる、感じだろうか? ふたりとも黒百合が中身も『女性』だと思っているようだから、また面倒で。


(……加えて、兄貴がなぁ)


 そう、真百合が思うに一番距離感がバグっているのは他でもない黒百合こと九郎な気がするのだ。自分が黒百合として認識されているから、という意味で男性として意識されていないことを前提で動いている、気がする。


(なのになぁ……)


 時々、黒百合の行動に九郎の姿が見え隠れしているのだ。だから、ディアナもエレインも混乱する。なにせ、可愛らしい女の子が自分をきちんと女性として扱ってくれるのだ。女性同士のソレと男性からの女性に対するそれは少し違うから、なおのこと。

 真百合はゴロンとソファに寝転がると、クッションを抱きしめてため息をこぼす。


(失敗したなぁ、()()呼び……エレちゃんもしだしちゃったし)


 九郎を巻き込んでの騒動、その発端でちょっとだけミスった。黒百合と白百合の設定を考えた時、クロとシロと呼び合うように決めたのは、誰であろう真百合なのだ。

 ()()()()。『兄』は、九郎は気づいているのやら――。


「そう言えば、()父さんと()母さんは?」

「ふたり仲良くデートでーすっ。夕飯までには帰ってくるってお母さんは言ってたけど」

「そうかい。仲いいよなぁ」


 笑みをこぼし、九郎はリビングを後にする。その後姿を、真百合は笑って見送った。


   †  †  †

 実は意図してリアル側の描写をしなかった理由のひとつにございます。

 なので、真百合だけ「距離感のバグ」では「ありません」。

 読み直して真百合こと白百合を追っていくと、面白いかもしれません。


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