131話 積層魔界領域パンデモニウム6&太陽はクールに去って――
† † †
■一三分経過! もうちょいやで――!
コメントのカウントダウンに、壬生黒百合は加速する。十三番目の騎士とふたりで並んでのアモンへと猛攻を加えていく――。
――いや、私。実は対人以外は苦手でね。
騎士が事前にカミングアウトしたその言葉に、闘技場に挑むことになった八人は絶句した。エレイン・ロセッティだけはサラリと流せたが。
――あの、騎士さん? PVEで闘技場で五〇連勝されてましたよね……よね?
――うん。苦手だができない訳ではないからね。
騎士はそう爽やかに笑って言うと、長剣の柄頭に手を置いて告げた。
――ただ、形状が人間なら任せてほしい。実は私、対人戦は大の得意なんだ。
『いや、本当に疑問なんだがね――』
方天戟“兵主月牙”を消して、騎士は長剣を抜く。ただの武器屋で作成した、ドロップアイテムで強化しただけの平凡な長剣だ――だが、それでいい。
『――どうして、人の形をしているのだね?』
アモンの動き――袈裟懸けの斬撃、そこからの切り上げ、至近距離に踏み込んでの肘――そのすべての『線』を見切ると、騎士は迷わずに飛び込む。大きく回り込む、それだけで袈裟懸けと切り上げを空振らせ、踏み込みの位置をずらす。それに大剣の柄頭を叩き込んで来ようとするアモンの横回転に対し、下段の切り上げで魔神の足首を刈った。
『――!?』
魔神の巨体が、宙を舞う。力には流れというものがある、その流れを完全に読み切り、ただ逸らす――相手が相手の力で動きを乱すという結果だけがそこに残るのだ。
『――ッ!』
その空中に舞ったアモンの顔面を掴み、騎士が闘技場の足場に叩きつける! 轟音と共にそこに生み出されるクレーター。空中に浮かんでしまえば、どんな重量を持っていても意味などない――そういう物理演算だからだ。
アモンが即座に跳ね上がろうとする――だが、そこには既に大鎧の右腕と巨大ハンマーを二尾で作り出していた黒百合が跳んでいた。
『ミョル――ニル!!』
巨大ハンマーが投擲され、立ち上がろうとしたアモンを地面へめり込ませる。立ち上る砂柱――その一発では終わらせない、まだ投擲すべき尾による巨大ハンマーは七本残っている!
『九郎判官八艘繰り・改――黒面蒼毛八尾砕き!』
立ち続けに、総計八本の砂柱が立ち昇った。
† † †
『一五分――経過!』
『うっしゃ!』
その瞬間、エレインとモナルダが同時に動いた。威力そのものはゲージが溜まっていないからそこまでではない――だが、《超過英雄譚》を叩き込むことにこそ意味がある。
『クロ!』
頭の上でSDモナルダが叫ぶのを聞いて、黒百合は動いた。九本の尾、全てを蒼黒い鎖へと変えてアモンへと解き放つ!
『グレイプニール!』
一本、また一本とアモンの身体を鎖が縛っていく。北欧神話においてフェンリルを縛るためにドヴェルグが生み出したという魔法の紐を持つ縛鎖が、次から次にアモンを飲み込んだ。
『raaaaaaaa――』
『おっと、それはなしだ』
鎖を引きちぎろうとしたアモンの動きを、騎士が方天戟でその左手を打ちモーションキャンセル。攻撃と違って通常の動作だ――だからこそ、スーパーアーマーという怯みもモーションが解除されない効果は存在しない。動きが止まったそこを鎖の拘束が、きつくきつく縛り上げその場に縫い止めた。
『――――』
飲み込まれる寸前、アモンが指を弾いた。魔力による指弾、それは鎖に飲まれながら拘束が完全になる前に自身の鎧から着脱したパイルバンカーの一部を破壊する。
『『『《超過英雄譚:英雄譚の――』』』
エレインが、モナルダが、サイネリアが――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を込めた一撃を放とうとした、その時だ。アモンの指弾によって破壊されたパイルバンカーから飛び散った、黄金の欠片があった。
その欠片は黄金で出来たスカラベだ――それを見た瞬間、黒百合が目を見張った。
『――まずい、駄目――!』
黒百合の制止の声よりも早くアモンの梟のヘルム、その嘴が黄金のスカラベを噛み砕く――その瞬間、魔神の全身が黄金に輝いた。
スカラベとは古代エジプトにおいて太陽の運行を司る聖なる昆虫である。太陽の象徴、それはまさに正午の輝きを受けたかのようにアモンを輝かせ、ほんの刹那最大限の力を発揮させる――魔神ハルファスがアモンのために仕込んで置いた、奥の手である。
ビクともしなかった鎖があっさりと引きちぎられていく。迫る三人は、既に攻撃モーションに入っている。止まることができないエレインと赤青姉妹を、アモンは黄金の右回し蹴りで一度に薙ぎ払う――そのはずだった。
『――《超過英雄譚:不破の英雄》』
必ず来るはずだと窮地の刹那を待っていたカラドックの“神通力・黒雲の護り・一片”による黒雲が、その蹴りを受け止めた。落雷の壁――雷雲を切り開き、輝く黄金の光。だが、カラドックは決して三人へはその黄金は届かせない! 吹き飛ばされたものの、エレインと赤青姉妹は着地に成功。すぐに、体勢を立て直すことができた。
『――あ、とは、たの――』
二度と邪魔はさせない、とアモンの前蹴りがカラドックを蹴り飛ばした。黒雲を集中させた両腕でガードはしたものの、そんな防御は意味などない。そのままアモンの前蹴りに豪快にカラドックは吹き飛ばされ、闘技場の観客席へと蹴り込まれた。《食いしばり》がかろうじて発動したもののカラドックはすぐには立てない――盾になりに、仲間の元へ駆けつけられない。
『――っりゃああ!!』
その前蹴りを放ったアモンの軸足をアカネが《超過英雄譚》を込めたスライディングキックで強打、同じく背後に回り込んでいたサイゾウの忍法正拳突きが背中を捉えた。アモンの巨体は、それでも揺るがない。振るう両腕、しかし、それを見切ったアカネとサイゾウは大きく間合いを開けて離れた。
「今じゃ!」
十六夜鬼姫が己の刀を投擲する。渾身を込めて投擲されたその刀は、真っ直ぐに黄金の胸に突き刺さる――その刀に向かって、ジークが駆け込んでいた。
「おお、おおおおおお――――!」
全身の体重を載せた不格好なジークの右拳の一撃が、鬼姫の刀の柄頭を殴打した。鬼姫とジークの《超過英雄譚》――それが最後となった。ジークはアモンと一緒に闘技場の地面に転がった。魔神アモンの巨体が地面に倒れたことで、砂塵が舞い上がって視界を阻む。
「く、は……やった、のか……?」
よろり、と砂塵の中でジークは立ち上がろうとする。そのジークの目の前に、金属の軋む音がした。ゆっくりとアモンの右腕が、軋みながら持ち上げられたのだ。
(まだ――!?)
思わず身をすくませたジーク。こんな至近距離では、対処など不可能だ――そう終わりを覚悟した彼の目の前で、その巨大な右手はグっと親指を立てた。サムズアップ、その仕草に呆然としたジークにその声は届いた。
† † †
『……くーる、だったぞ? ジー』
† † †
「……あぁ?」
その言葉の意味をジークが悟るよりも早く、砂塵の中で黄金と銀の光がほつれて消えていく。サムズアップも粒子になってかき消えていくのを、ジークはただ呆然と見送った。
† † †
《――リザルト》
《――イクスプロイット・エネミー“魔神アモン”討伐》
《――レイドバトル参加者、偉業ポイントを一五獲得》
《――アイテムドロップ判定。魔神アモンの残滓×5を取得》
《――リザルト、終了》
《――引き続きリザルト》
《――アイテムドロップ特殊処理。PCジークはブラックボックス:レジェンドを取得》
《――リザルト、終了》
† † †
クロちゃんと騎士、このコンビがどれほどのインチキか――アモン君、キミは頑張ったよ……。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! それが次に繋がる活力となります! どうか、よろしくお願いします。