130話 積層魔界領域パンデモニウム5&憧れた世界
† † †
藻女こと“妖獣王”白面金毛九尾の狐は壬生黒百合に尻尾の扱いで及ばない。むしろあそこまで変幻自在に尻尾を使いこなす黒百合の方が異常なのであり、尻尾の変形とはあくまでオマケ――より扱いやすい形にすることしか考えていなかった。
『ん、むしろそれでいい。動かしてくれるだけで』
黒百合はそう言った。重要なのは、自分が自分の動きにのみ集中できること――尻尾の扱いは黒百合の方が優れていても九尾の出力の出し方は本家である藻女の方が得意だからだ。
『藻女が扱ってくれれば、当てさせるのはこっちがやる』
――いやぁ、これはそうぞうもしてなかったのぅ。
藻女――白面金毛九尾の狐からすれば、自分を殺すために生み出したはずのブラックボックスだったはずだ。それがどこをどう巡れば自分との協力技になるのか?
だが、その結果は凄まじいものだった。その組み合わせこそが、あの物理最強の大嶽丸についに一撃を届かせたのだから。
――わらわほんたいでも、じゅじゅつなしではむりだったんじゃけど?
本当に、自分の英雄は常識外れだ、と発作的に笑ってしまう。
† † †
■……今までで一番、なにを見せられてんのかわかんねぇわ
コメント欄のその感想こそが、すべてだ。
『raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』
四方八方から繰り出される九尾の猛攻をアモンは最小限度の動きで掻い潜っていく。背後にも目があるのではないか、そう思わせるほどの巧みな回避。その前へ“大変化・玉藻前”によって大人の女性となった黒百合が踏み込む。
『――!?』
踏み込み――それだけで尾の動き、その基点が変わった。回避していたはずの尾が、白銀の鎧をかすめる。それだけで自動的な行動に狂いが生じ――。
『アーツ《三段突き》』
左手の百合花による鋭い突き、それをアモンは右の大剣で受け止めた刹那。空いた右脇腹を一本の尾が完璧に捉え、アモンの巨体が宙に浮く。そこへ下段に構えた黒百合の小狐丸の切っ先が跳ね上がった。
『アーツ《地摺り狐月》』
切り上げの斬撃、それを身をひねったアモンが躱したと思った時、二本の尾が上から振ってきて、アモンを地面に叩きつけた。
ガゴン! と砕かれる地面。その中からアモンが起き上がりと同時に、パイルバンカーを繰り出した衝撃で横へと転がった。
――わらわのねらってないとこにあたるんじゃけど!?
藻女としてはからくりがわからず、戸惑うばかりだ。ただ力任せに振り回しているだけ、本体の感覚でやっているだけだ。だというのに、これが面白いように当たる当たる――なぜなら、黒百合が動きでそう誘導しているからだ。
格闘ゲームのじゃんけんと同じ要領だ。時に相手の先手を取り気勢を制し動きを導き、時に相手がどう動くか読んだ上で尾をそちらへ導き、時に相手の動いた後に反応、相手と尾の接点を導き――。
ジークに語った、先の先、対の先、後の先。黒百合――坂野九郎はサー・ロジャーに先の先で及ばず、ヴィクトリア・マッケンジーに対の先で劣り、後藤礼二に後の先で敵わない。
だが、ロジャーの先の先に対して対の先で対抗し。ヴィクトリアの対の先に後の先で応じ。後藤の後の先に先の先で押し切ることはできる。この“三種の先”を相手によって使い分けることこそ九郎の、黒百合の、最大の強味だ。
■六分経過! すっげえ、ひとりで六分もたせやがった!
■なるほどな! こいつはあの一分間には使えないわ……アモンの最強の一分だったら、多分対応できたはずなんだ、あれ
■あー、あの一分のアモンなら力任せに強引に突破できてたのか! いや、でも今でもすげぇだろ、これ
■普通、ラスボスと合体しなきゃ使えねぇ戦法とか想像の埒外だわ
ハ、と黒百合の口から漏れる吐息が僅かに乱れる。まだ六分、いや本来ならもう六分と言うべきなのだ。自身の動きに集中し、なおかつ藻女の動きに合わせ、アモンの動きに対応する――そんな無茶を押し通す対価は、精神力の大きな摩耗だ。普段の大鎧や“魔狼・遮那王”であれば、『ゾーン』必須でもここまで消耗しない。だが、九尾の出力の引き出しというメリットのために、この精神の消耗は大きくても価値のあるデメリットだ。大嶽丸やアモンクラスの敵であるのならば、このレベルの出力でなければ単騎で互せないのだから――。
『――――!!』
アモンの両腕を、二本の尾が掴むことに成功する。三本目、四本目と追加されていき――そのまま一気に尾を伸ばし、黒百合はアモンを闘技場の壁へと押し付けた。
『エレイン――!』
『うん!』
そこへ、パキン! と髪飾りのひとつを砕きながら、エレインが滑り込む。黒百合のすぐ前へ――“百獣騎士剣獅子王・双尾”を光の刃で包み、一気に突き出した。
『《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!』
ドォ! と巨大な光の刃が、闘技場の一角を破壊した。だが、闘技場の壁に押し付けられながらアモンは右手の大剣をエレインへと投擲した。その音速を超えた大剣を、藻女は一本の尾を盾に受け止めた。
『――もう一発!!』
そして、エレインは返す刃で続けざまの《超過英雄譚:英雄譚の一撃》をアモンへと繰り出した。
《――イクスプロイット・エネミー“アモン”。残り討伐必要《超過英雄譚》数:4》
ふたつ目の髪飾りが砕ける音を聞きながら、エレインはそれを確認する。全員が《超過英雄譚》九回を使用してから、八分目――残り、七分。ようやく、リキャストタイムの半分を切った。
『raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
強引に尾を振りほどき、アモンが駆ける。身を低く、低く。砂塵を巻き上げながらの突撃、それに黒百合とエレインが身構え――。
『上だ!!』
十三番目の騎士の思考入力による警告に、黒百合は素早くエレインを抱きかかえ後方へ跳ぶ。おっきい!? と抱きかかえられたエレインが感じた瞬間、エレインが立っていた場所に上から一本の大剣が突き刺さろうとしていた。
『ッ!?』
右の大剣を投げた時、左の大剣も上に放っておいたのだ。あの砂塵も、身を低くした突進もすべてはこの大剣を放ったことを悟らせず落下を隠すカモフラージュだった――騎士の警告がなければ、エレインが巻き込まれ続けざまの一撃で落とされていた可能性もある。
ガキン! と地面に突き刺さる寸前、アモンが大剣を蹴る。ヒュガ! と黒百合へと迫る大剣――それを黒百合は右の小狐丸で弾いた。
『ぐ――!?』
黒百合は、そこで“限界”が来た。藻女と分離し、黒百合が元の状態に戻る――その1フレームの隙間を突くように、アモンのパイルバンカーが放たれた。大きくHPが削れている現状、かすっても落とされる。硬直時間が長い、必死に対処しようと思考を走らせるが間に合わない――!
その瞬間、ガキン! という鈍い金属音が響いた。
† † †
『が、あ、あああああああああああああああああああああああああああ!!』
† † †
あの時、上から落ちてくる大剣に気づいたが、思考入力を知らなかった彼にできたことはただ駆け込むことだけだった。
「が、あ、――――」
身体が重い。前へ進んでいるのに、前へ足が出てくれない。いや、出ているのだがあまりにも遅すぎる。まるで深海にでも引きずり込まれたような重さが、動きを阻害する。
「ああああああああああああああああ―――』
叫んでいるのか? オレは。それさえももうひどく間延びして感じる――急げ、急げ、急げ! アモンの本命は大剣ではない。右の装填し直した、パイルバンカーだ!
『――――あああああああああああ!!』
届け、届け、届け――いや、届かせる! 願うのではなく、決意として彼は長剣を振るった。
† † †
その瞬間、ガキン! という鈍い金属音が響いた。
アモンのパイルバンカーの軌道を読んで弾き落としたのは、ジークだった。それはまさに騎士が散々ジークに見せてくれた動きの模倣。相手の動きを読んで先に動いて先に届かせる――先の先。
『最適行動、だ』
『――――』
黒百合の思考入力を、確かにジークは読んだ。『ゾーン』、その高速思考が可能にする世界を初めて認識した。
(これが――オレの――)
アモンが動く。最適行動――ようは最善の行動しかしないんだろう? だったら楽勝だ。最短最速で迫るアモンのそこへ、攻撃を置いておく。それだけでいい。ガキン! と鎧と剣の切っ先がぶつかる、それで僅かに狂う最適行動。それをアモンは修正――ジークは修正後のそこに剣を置く。
(――憧れた――“世界”、なら――!)
激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害。激突。修正。妨害――ハハハ! カモめ! あの予想できない鬼神の動きをちっとは見習いやがれ!
『アーツ《ウエポン・オーバーロード》』
そこへ騎士が投擲した方天戟“兵主月牙”が炸裂して、アモンを吹き飛ばす。その瞬間、ジークの『ゾーン』が途切れた。
「が、は……!」
■――今、なにやった!? ジークん!
■すっげえ! アモンの突進止めたぞ! やったぞ、ジークん!
「ど、どうだ!? 今ので一分くらいは……」
■いや、一〇秒ぐらいやで?
「はぁ!?」
ジークがコメントの台詞に、絶望的な気分で思わずその場にへたり込んだ。全力を振り絞ったはずだ、それがたったの一〇秒!?
絶望的な気分でため息をこぼしていると、不意に頭に小さな手が置かれた。それは乱暴にぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す撫で方だった。
「ありがとう、助かった」
そう言い残し、頭を撫でた黒百合が駆け出した。その近づけたと思った背中がまた遠いのいていくのに、ジークは知らず知らずの内に笑っていた。
† † †
ほんの一〇秒。でも、始まりとしてはあまりにも充分過ぎる一〇秒でしょう。
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