128話 積層魔界領域パンデモニウム3
† † †
――なぜ、午前一一時五九分がレイドバトル開始時間だったのか? その理由は明白だ。
『そろそろ、一分』
『となると、サー・ガウェインの来訪時間か』
一分間、壬生黒百合と十三番目の騎士が思考入力で言葉を重ねた刹那――それは起きた。
『raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』
午前一二時、太陽が頂点に達した瞬間、魔神アモンの鎧が黄金に輝いた。降り注いだ陽光が鎧を染めたその時、黒百合は見上げた。
『――カラドックさん!』
「――黒雲ありて覆って成せ。これなるは神に通じし力なり。選択せしは――物理」
“神通力・黒雲の護り・一片”――黒雲を漆黒の鎧と天女の羽衣にも似た装飾に形を変えて、カラドックが天頂部の船の上から落下する。雷雲である羽衣が広がり、魔神アモンを飲み込もうとする――飲まれたその部分が黄金から銀に戻るのを見て、アモンが地を蹴った。
『させない』
二本の尾を使った大鎧の腕が、アモンの背後に回り込み抑えつける。だが、それに藻女が思考入力、警告を発した。
『いかん! しつりょうがたりん!』
重量級かつ出力重視の大鎧の両腕でさえ、アモンには力負けする――強引に退くアモンが、その右手を前方にかざし、黄金の大型杭打ち機を両腕に装着した。手首の動きでガキンと杭を装填、そのまま地面へと右腕の杭を叩き込む!
「――ッ!?」
カラドックが、息を飲む。ヒュガガガガガガガガガガガガガン! と頭上から迫る蛇腹剣――より正確にはアモンの尾に装着された蛇腹刃に巻き付かれたのだ。アモンは右腕の杭を地面に叩き込んだ体勢で身を低く横回転、そのまま闘技場の城壁にカラドックを押し付けガリガリガリガリガリガリ! と押し付けて振り回した。
(こ、く、うんが――!?)
太陽を覆い隠し、その加護を失わせる神通力の黒雲――それが散らされる。カラドックの反応速度を大きく越えるアモンの速度。だが、そのカラドックをアカネの鋭い飛び蹴りが救った。
『シャア!!』
蛇腹刃、その刃の腹を蹴り上げる形のいい足。その蹴り上げた分、振り回されるカラドックの拘束が緩む。カラドックが力任せに蛇腹刃の拘束を抜けた、その瞬間だ。
『――忍!』
なんば走りで蛇腹刃の上をサイゾウが疾走。ガシャン! と展開させた仕込み巨大手裏剣をアモンへと投擲。大きく弧を描いたふたつの巨大手裏剣が、左右からアモンへ迫った。アモンは手裏剣を引きつけ、一歩前へ。それだけでコンマ秒前にアモンがいた場所で、手裏剣が虚空で激突する――はずだった。
『――“魔狼・遮那王”』
速度重視のシャープなデザインの武者鎧が、そこへ既にいた。黒百合は大型手裏剣が激突する前に踵落としで軌道を変え、前へ逃されたアモンの背に手裏剣を繰り出した。だが、その手裏剣ふたつをアモンは後ろ回し蹴りで撃墜――。
『『――ハァッ!』』
そこへモナルダの二本の巨大斧とサイネリアの二本の巨大鎚が振り下ろされた。ガキン! と散る火花。アモンが虚空から取り出した一対の大剣が盾のように受け止めたのだ。
『失礼!』
その受け止められた四本の重量級武器へ、駆け込んだサイゾウが上からダブルフットスタンプ――ギギギギギギギギギギ!! と拮抗を僅かに崩した瞬間、アモンの背にもう一対の甲冑の腕が生えると強引に武器を跳ね上げた。
『――!?』
サイゾウが、モナルダとサイネリアが、上に弾き飛ばされる。そこに迫る尾の蛇腹刃。サイネリアの首を切り飛ばそうとするそれを、モナルダが強引に割り込んで突き飛ばす。
『姉、さ――!?』
だが、モナルダが逃げ遅れる。モナルダが切り裂かれる直前、黒百合の“魔狼・遮那王”がモナルダを抱きかかえて高速で離脱した。
『ご、め――』
『いい。サイネリアさんをモナルダが助けたから、モナルダは私が助けたってだけ』
抱きかかえられたモナルダと黒百合の思考入力の速度が違う。だが、言葉にならなかったのはそれだけではないが。
『――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを』
《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》
黒百合たちを追おうとするアモンの前へ、エレイン・ロセッティが駆け込む。アモンが振るう二本の大剣、それを前に黄金色の獅子兎は迷わず飛び込んだ。
『――“百獣騎士剣獅子王・双尾”」』
ガキン! と変形して現れた“百獣騎士剣獅子王・双尾”が振るわれる。速度も、膂力も、間合いも、どれを取ってもアモンが上だ。しかし、その鋭い連撃をエレインは最小の動きで軌道を逸らし、掻い潜った。
(――あ?)
エレインの動きに、ジークは見覚えがあった。剣の動きは刀を使った時のあの壬生黒百合だ。そして、踏み込み――直線からなる真正面からの動きは、騎士の人のそれだった。
『――――』
アモンは迫るエレインの頭へすかさず膝を繰り出す。サイズ差から振り上げではなく、振り下ろす膝――だが、エレインは直前で横へ跳んだ。
『今!』
『いい位置だ!』
膝を放つために軸足だけで体重を支えていたそこへ、騎士が方天戟“兵主月牙”を投擲――ドォ!! と爆発と共にほんの僅かにアモンの体勢が崩れた。
『《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!』
一発目――最初の《超過英雄譚》がついに魔神アモンを捉えた。
† † †
――光の剣に飲まれたアモンが、地面という足場を失い吹き飛ばされる。だが、蛇腹刃の尾を放ち地面に突き立て、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ! とアモンはその場に強引に踏み止まった。
《――イクスプロイット・エネミー“アモン”。残り討伐必要《超過英雄譚》数:14》
一五発!? それを確認し、ジークが言葉を失った。自動的な後の先を可能にする絶大な反射速度と精密性。複数の武器を同時に扱い、なおも使いこなす技術。あんなでたらめな強さを持ちながら、どれだけの耐久力を誇っているのか? これを一〇人で倒せなど、もはやそれ自体が無茶で無謀な挑戦だ。
「――――」
思わず前のめりになっていると、不意にジークはこちらに視線を向ける十六夜鬼姫に気づいた。焦るでない、と語るその視線に、わかってるよと怒鳴りたくなる――あそこにへたに飛び込んでも、連携を乱すだけだ。もっと大きな隙、そこを狙わなくては《超過英雄譚》一発を叩き込むのも夢もまた夢だ。
(しかも、まだ三〇秒!?)
あれだけの攻防をしながら、まだ三〇秒しか経っていない。『ゾーン』による知覚の加速と思考速度の上昇を大前提とした攻防だ。しかもそれは『ゾーン』を用いてようやくあの戦いに交じれる、というだけだ――。
『モーションキャンセルは?』
『あー、すべての動作にスーパーアーマーがついてるね、今の魔神君』
『インチキ極まりない』
アモンを真っ向から黒百合が対抗。そこへ方天戟“兵主月牙”を手にした騎士と“百獣騎士剣獅子王・双尾”を振るうエレインが左右から挟撃していた。
黒百合が一尾で生み出した大太刀を振るい防御に徹し、アモンの二本の大剣を捌いていく。ギギギギギギギギギン! と隙間隙間へ差し込まれる大剣の斬撃を、黒百合も最小限の動きで軌道を逸らし凌いでいく。
時折、死角から尾の蛇腹刃が放たれるが、それはエレインと騎士が撃墜する。おそらく、『ゾーン』を使いこなすという意味では、この三人がトップ3だろう。間違いなく四番手であるサイゾウでさえ、この三人には混じれなかった。
あまりにも長い一分は、まだ二〇秒以上残っていた。
† † †
あまりにも長い、一分の攻防です――。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! それが次に繋がる活力となります! どうか、よろしくお願いします。