126話 積層魔界領域パンデモニウム1
† † †
積層遺跡都市ラーウムの大広間、そこにレイドバトル開始前二〇分前についた壬生黒百合は咄嗟に横へ跳んだ。
「っと」
「クロちゃ~、へぶ!?」
つい先程までいた場所に飛び込んできたのはチャイナ服姿の美女――アカネだ。空中に抱きついたアカネに、黒百合が問いかける。
「急にどうしたの? アカネさん」
「うううう、久しぶりだからクロちゃん成分を取ろうとしただけなのに~」
「配信始まっておったら炎上――いや、炎上はせんですむかの」
そう小首を傾げたのは、十六夜鬼姫だ。ほぼ初レイドバトルでありながら代表一〇名の選抜戦に勝ち残った鬼姫に、黒百合は改めて言った。
「おめでとう? やっぱりプレイスキルが高いね」
「正直、ギリギリじゃったけどなぁ」
「遊撃に出た強い連中も多かったでござる」
ドーモ、と手を合わせて挨拶するするのはサイゾウだ。実際、黒百合からすれば『妹』や他にも数名βテスト時代のトッププレイヤーの名前がない時点で、完全なベストメンバーとは思っていない。
「お、集まってる集まってる!」
「エレちゃ――ぐふ!?」
「はいはい、お触りは駄目ですよ―」
次に姿を現したエレイン・ロセッティに抱きつこうとしたアカネが、サイネリアによって止められる。その隣にいて、欠伸を噛み殺しているのはモナルダだ。
「……どうして真っ昼間スタートなの?」
「アモンの権能が理由かなぁ」
さすがに遅刻しなかったらしい、と黒百合が安堵の言葉を口にすると、目をこするモナルダを見てサイネリアが言った。
「最後の手段として、ふたりでカラドックさんの家にお泊りしたので」
「……最後の手段なんだ」
「大人の女としてのプライドを売ってまで間に合わせたのよ……」
「起こしてもらうだけじゃない?」
「そうだな」
そう答えたのは、最後の手段扱いされたカラドックである。今日は黒百合の要請で、即座に“神通力・黒雲の護り・一片”に換装できるよう、全身鎧ではなく――。
「わざわざごめん、服装まで変えてもらって」
「あ……ああ」
カラドックがどこか緊張したように頷く。カラドックの服装は、シックな黒一色で決めた上半身は軍服を思わせるジャケット、下半身はスリットの入ったミニとシースルーのフレアスカートを組み合わせた、女性らしさと格好良さを両立させた服装だ。
「ん、似合ってると思う」
「あ、ありがとう……?」
サラリ、と言ってくれる黒百合に、カラドックもそうおずおずと礼を言う。某CGデザイナーの卵に正式に依頼した甲斐があったというものである、カラドックは報われたと密かに握り拳を作った。
ああいうとこなんでござるなぁ、と聞かなくともすぐに褒め言葉が出ることにサイゾウは密かに感嘆する。
「おや、全員揃っているね。今日はよろしく頼むよ」
残り一五分前、そう言って現れたのは十三番目の騎士とジークだ。よろけるジークに、黒百合が小首を傾げるとエレインから秘匿回線があった。
“金兎”:『あのジークって人に最後まで練習を手伝ってもらいたいって付き合ってたみたい、お爺様』
“黒狼”:『なるほど、それで……』
結局、ジークは大嶽丸相手に最大で五秒保つのがやっとだった。だが、平均して五秒保つようになったあたり、大きく進歩している。
「……大丈夫? 本番はこれから」
「ははは、今ならアモンなんざ怖かねぇ。あのクソ鬼と騎士の人に比べたら、ただのクソでかくてクソ速くて、クソ攻撃力と防御力が高い上にクソ技術があるだけじゃねぇか……」
よっぽど揉まれたのが効いているらしい、ジークの目が座ってる。その言葉を聞いて、呆れたように黒百合の頭の上に座ったSDモナルダが言った。
『いや、ちょうつよくね? それ』
「はん、強くても理不尽じゃねぇ。理解できる範囲なら問題ねぇって……」
「あー、ゴっさんとやった後は拙者もそう思うでござるよ」
「うんうん、理不尽よりか理解できる分マシだよねー」
ジークの言葉にわかる、というように頷いたのはサイゾウとアカネだ。それにジークはふと目を丸くする。
「ゴっさんって後藤礼二? 戦ったことあんのかよ」
「ふたりともeスポーツのプロ。今年はふたりとも世界一に負けてる」
「あんなん、どう勝てってんでござるかぁ!?」
「どうせ、ボクは一撃も入れられず完全試合くらったよぉ! あの化け物めぇ!」
「いいなぁ」
思わずジークが素直に羨ましがってしまう。なにせ、憧れのプロで世界一だ――ジークはその憧れの人の憧れと自分が練習していたなど、夢にも思わないが。
「なんにせよ、アモン戦はなんとしても勝つ。でないと間違いなく、レイドバトルの難易度が上がるはず」
「いいね、心躍るシチュエーションだ」
念を押す黒百合に、騎士が笑っていう。あまりにも自然体なそのやり取りに、むしろ周囲の仲間が毒気を抜かれる気分だった。
「後、エレイン。今回は悪いけど、アモン戦で全部出し切ってもらう。いい?」
「いいよ。クロはレライエともやり合うだろうからね」
任せて、とエレインは請け負う。間違いなく、キーパーソンという意味では対アモン戦に関してはエレインとカラドックが中心になる――。
■お? 五分前か。配信スタート?
■今回、ギリギリまで配信禁止だったけど――
■クロちゃんとエレちゃんに、クラン《百花繚乱》のバーチャルアイドル三人て……アモン戦のトップ一〇内の配信率の高さよ
■……大丈夫、ジークんも結構上位の方やで? 配信者の視聴者
「ほっとけ。客層が違うんだよ」
レイドバトル五分前――同時に予約配信が開始する。その瞬間、門の上に立体映像が浮かび上がった。
『あー、テステス、聞こえてる? 英雄諸君』
■ん? 誰だ? アレ。
■NPCか?
■親方、空に女の子が!
■誰が親方やねん
そこに映ったのは、赤いドレスに身を包んだ、一〇歳前後の少女だ。長い銀髪。褐色の肌。紫紺の瞳。愛らしくはあるがどこか食えない印象が拭えない女の子である。
その姿に、黒百合の頭の上で藻女が呆れたように言った。
「あいもかわらぬのう、アレも……」
「? 知り合い?」
藻女が答えるまでもない、立体映像の女の子が集まったレイドバトルの参加者を前に名乗った。
『今回、参加はしないんだけど企画はしました! 序列第四位魔王魔神ベリアルでーす。よーろーしーくーねっ!』
クルリとその場で横に一回転、ポーズを決めて女の子――ベリアルは名乗ってみせた。
† † †
■『―――――――は?』
† † †
PCと視聴者の心がひとつになった瞬間だった。フワリと広がったスカートをぽふぽふと手で抑えつつ、ベリアルは口元に手を当てて続ける。
『今、ちょっと覗けるかもって思ったヤツは甘いぞ―! ちゃーんと角度は計算して鉄壁防御で見えない仕様だったからね? なにがって、それは――』
その瞬間、一本の矢がベリアルの鼻先をかすめた。ベリアルは視線を外に向けると、なにやら怒鳴りつけた。
『ちょっとレライエー、今かすったんですけどぉ、私キミの上司ィ、魔王なんですけ――わかったよぉ、五分以内に終わらせないとだもんね、額狙うの止めてくんない?』
「……魔王というのはああいうのばかりなのかね?」
騎士の呟きに、返答できる者はいない。少なくとも序列第五位のクドラクは違ったと信じたい、とは黒百合の談である。
『あー、ごめんごめん。まず、注意事項から。キミたちは魔神を倒しても倒さなくてもいい。ただし、全員魔神を倒すか撃退させた場合、特殊エンドって形で追加報酬上げるから頑張って! 特に今回はエリゴールとレライエがガチで気合い入れてるんで、頑張って』
ベリアルはそう言うと、パチンと指を鳴らす。出てきたのは現在の積層遺跡のマップだ。
『もう気づいた人もいるらしいけど、アモンは無視しない方がいいよ? 無視したら万魔殿の扉壊していいって言ってあるから。わかるよね? リスポーンポイントから一気に第五層に挑戦できるショートカットが無くなるんで、そこんとこよろしく。あ、他の門の使用は、ある魔神を倒さないとできなくなってるから気をつけてね?』
■えっぐいなぁ、それ……
■へたすると、一階層から五階層まで移動を強いられるのか……きっつ
■ある魔神って誰だ? それを捜すとこからやるとなると、アモンを抑えるのは必須かよ
コメント欄での意見もかなり意見が白熱する新情報だ。黒百合は、ベリアルの立体映像の意見に耳を傾け続ける。
『あ、後タイムリミットはこの地での一二時間ね。ただ、安心して? キミたちの世界の時間では六時間しか立たない予定。ちょーっと裏技使って、この積層遺跡都市だけ時間を加速させたから』
「さらっとやってくれたのぉ、あのうつけめが……」
藻女が小さく唸る。そこに込められたのは、苦々しさだ。その苦々しい感情の理由は、すぐに知れた。
『んで、タイムリミット内に某愚王クンを倒せないとソドムとゴモラよろしくこの都市滅ぶんでー。気張っていこー!』
■さらっととんでもないこと言ったぞ、あのガキ!?
■街と住人、人質に取ってんの? これ……
■くっそ、可愛い面してやっぱ魔王じゃん!
『大丈夫、大丈夫! 英雄にはよくあることだって! キミらは無事だから肩の力抜いてこうよ、ね?』
目を細め、愛らしく小首を傾げるベリアル。だが、その瞳に宿った色は、魔王と呼ぶにふさわしかった。
『今回、私自身は参加しないけど高みの見物させてもらうよ。私を存分に楽しませてよ、ニンゲン――!』
† † †
悪魔で、魔王ですから!
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