閑話 積層魔界領域パンデモニウム0
† † †
――英雄回廊:ホツマには、ひとつの居城がある。ホツマ三大妖怪と数えられる大嶽丸の居城だ。
『お? 久しぶりに見る顔じゃねぇか』
「ん、久しぶり」
天守閣の屋根、そこに寝転がっていた大嶽丸が見知った顔を出迎える――壬生黒百合だ。以前ここに来た時と服装が変わっている上に……頭の上にいるモノに大嶽丸は呆れの顔を浮かべる。
『……やっぱ、直に目にすると呆れが勝るなぁ、おい』
「やかましいわ、こののうきんめが」
黒百合の頭の上に座る藻女が、べーっと舌を出す。頭をかきながら立ち上がる大嶽丸が、黒百合を見下ろした。
『で? どうしたい。今は、ほら、あの遺跡とやらを攻略中なんだろ?』
「ん、そのことで来た」
黒百合は大嶽丸を見上げると、藻女から“妖獣王の黒面”を受け取った。それに、大嶽丸が野太く笑う。
『へぇ、ようはアレかい――』
「ん、アモン対策。ちょっと付き合って――」
『いいぜ、軽く遊んでやらぁ』
大嶽丸が、自然体の姿で棒立ちになる。しかし、そこに隙らしい隙は一切見当たらない。静かに高まっていく緊張に黒百合は深呼吸――“妖獣王の黒面”を眼前に構え、告げた。
「――“黒面蒼毛九尾の魔狼”」
† † †
――五分後、半壊した天守閣の屋根の上に、護法のひとりが姿を現した。凄まじい戦いがあったのだろう、荒れ果てた天井に立つ主へ護法が訊ねた。
『……なにをやっているのですか?』
『ん? 胸ぇ貸してやっただけだって』
半眼する護法に、大嶽丸は豪快に笑う。だが、護法は見逃さない――神通力の守りを使っていないとはいえ、大嶽丸の胸部に浅く傷が残っていることを。その視線に気づき、大嶽丸は目の前に空いた大穴の前でしゃがみ込み、見下ろした。
『いや、強くなりやがってるわ、黒百合のヤツ――おーい、生きてるかぁ、おい』
「……な、なんとか……」
完全に畳の中に沈んでいた黒百合が、よろよろと立ち上がる。その姿に、大嶽丸が顎を撫でて唸った。
『もう、ひとりで一分保つようになりやがったな。アレはなかなか、面白かったぜ』
「……真正面から打ち砕いておいて、よく言う」
「はん、いちげきいいのをもらっておとなげなくちょっとほんきになりおって」
『やかましい』
藻女に黒面を預け、黒百合が跳躍する。大穴から再び天井に、そこに護法の姿を見て黒百合は頭を下げた。
「ごめん。騒がしくした」
『いえ、この被害の大体は大嶽丸様の自損なのでお構いなく。きっちり自分で修復させますので』
『いや、そりゃあ直すけどよ』
大嶽丸と護法のやり取りに、黒百合は小さく微笑む。以前来た時と変わっていない、それが嬉しかったのだ。
「――どう? アモンに通用すると思う?」
『あいつぁ、イクスプロイット・エネミーだ。ひとりじゃ勝てないだろうが、殴り合えはするんじゃねぇか? 完全体とやらにゃあな』
『アモン……あの魔神ですか?』
黒百合と大嶽丸のやり取りに出た名前に、護法の表情が歪む。かなりはっきりした嫌悪の表情に、黒百合が気になって問いかけた。
「ん、護法も知ってる?」
『それはまぁ……以前、大嶽丸様とアレが戦った時は、この城が全損しましたので』
それが苦い思い出なのだろう、護法は思い出すのも忌々しいという表情だ。そして、思い出したように大嶽丸を見て、恨めしそうに目を細めた。
『どうせやるなら、最強のアイツとだ――とか、大嶽丸様が抜かしまして。わざわざ正午に殴り合ったのです』
『俺的には楽しめたんだけどなぁ』
「……どこぞのガウェインみたいな能力なんだ、やっぱり」
アーサー王伝説で高名な騎士ガウェインは太陽が出ている内は力が増し、特に太陽がもっとも高く輝く正午には普段の三倍の強さを誇ったという。その強さは円卓の騎士最強と言われたランスロットさえ、正午の時間が過ぎるまで耐え凌ぐしかなかった、というほどのものだと伝説には残っている。
『太陽神アメン、だったか? その権能を受け継いでるのが魔神アモンだ。ぶっちゃけ、正午に太陽の下でアイツと戦うのは止めとけ。勝負にならん』
『……大嶽丸様、殴り勝ってませんでした?』
『俺とアイツは相性がいいんだよ。黒雲で太陽を隠せるから』
神通力、とはその名の通り神にさえ通じる力――太陽神の権能に対して、大嶽丸の神通力の黒雲は有効なのだ。予想のひとつとしてあったが、直に聞けたのは大きい。
「……ねぇ、最強形態のアモンってもしかして、魔王より強くない?」
『物理戦闘ならな。ベリアルの場合、こう……ま、そいつは先の話か。とにかく、強さの質が違うんだわ』
「ベリアルのばあい、わらわのほんたいのほうがあいしょうがいいからのぉ」
藻女の言葉に、護法は視線を送って勇気の無視。ここに酒呑童子がいれば、かつてのホツマ三大妖怪揃い踏みになるところである。
黒百合はポーションで回復して、改めて大嶽丸を見上げた。
「礼を言う、それなりに光明が見えた」
『そうかい』
黒百合の頭を親指の腹で撫で、大嶽丸が笑う。そのやり取りに、護法はため息まじりに言った。
『黒百合様、今のうちに最弱状態のアモンを倒すという選択肢は――』
「確かに、それが最善だった」
『……なるほど』
敢えて過去形にした黒百合の意図に気づき、護法が察する。黒百合も、改めて告げた。
「今朝、積層遺跡の第一層から第四層が上下ひっくり返ってレイドバトルの宣言がされた」
† † †
《――弔いの鐘が、愚かなる王の第四の願いを叶える時を告げる》
《――偉業ミッション『Raid Battle:積層魔界領域パンデモニウム』へ移行します》
† † †
――ゴゥン! と積層遺跡都市ラーウムに、地の底から鐘の音が鳴り響いた。その音と共に、第五層ラーウム神殿最奥で、ソレは目覚めた。
『オ。オオオ。オオオオオ……トキ、ガ、キタ……ツイニ、ツイニ……!』
王座に腰掛けていたのは豪奢な黄金の衣と王冠をつけた骸骨――ラーウム王のアンデッド、エルダーレイスだ。
三つ目、不老不死――老いることもなく、死ぬこともない存在。死霊魔術によって作り変えられた愚王は、ただただ死を望んでいた。
『――いいだろう。その第四の願いは必ず叶うよ。いつの日かこの世界に訪れる英雄の手によってのみね』
魔王は、そう言って楽しげに笑い――こう付け加えた。
『ま、多分、一〇〇〇年後くらいかな? それまで頑張って』
『せ、ん……ね……!? 待て、待って、クレ……!?』
その身を襲う苦痛を腐り落ちてなお死ねないこの身で、一〇〇〇年も生きろと言うのか? 思わず魔王に手を伸ばす愚王、それに悪意の名を持つ魔王はいっそ朗らかに笑っていった。
『あ、でもキミ程度に負けるヤツが英雄な訳ないかもねー? そん時はごめんね?』
――そして、魔王の悪意に絶望し愚王は狂った。そして、もっとも古き時代の遺跡へと魔王によって大事にしまわれたのである。
『殺ス、殺シテ、殺ス、殺サレテ――』
全力を持って、愚王は挑まなくてはならない。ここに訪れる者が英雄であることを証明するために。そして、もしも違えばまた次の機会を待たなくてはいけない――二律背反、身の丈に合わない欲望を抱いた愚王は、殺されるために殺し尽くすのだ。
† † †
《――レイドバトル勝利条件:イクスプロイット・エネミー・エルダーレイス“死ねずの愚王”の討伐》
《――レイドバトル開始は、一週間後。開始時刻は午前一一時五九分より開始予定》
《――それまで積層遺跡への侵入は行なえません》
《――組織・積層遺跡探索隊が結成されました》
《――レイドバトル参加予定者は、積層遺跡探索隊に所属することをお忘れなく》
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