閑話 とある作成者の艱難辛苦
† † †
魔神ハルファスに朝などない。夜もない。いつも暗い暗い積層遺跡の地下で不眠不休で作業をしているので、そういう感覚もないってば。
『極まった顔してるよね、大丈夫?』
三つ首の鎧を模した意匠の全身甲冑――中身の入ったネビロスをハルファスは見る。ここは魔神ハルファスに割り当てた作業部屋……ハルファス曰く、ブラック作業部屋である。
『…………』
幽鬼のように、黒い影がゆらりと振り返る。黒いフード付きのコート。鴉を模したペストマスクから荒い息をさせながら、ハルファスが低いしゃがれた声で言った。
『大丈夫に見える? 見えるなら視覚異常だから眼球から取っ替えようか? いい眼球あるヨ? お安くしとくヨ?』
『……ごめん、全然大丈夫に見えない』
『だよね、そうだよね――チッ』
あからさまに舌打ちし、ハルファスはさまざまな武器や防具を箱詰めしていく。それをコンベアーに乗せると、三体一組のレッサーデーモン――通称、デーモン配達――がコンベアから箱を持ち上げ、上の配達先へと飛んでいくのだ。行っては戻り、戻っては行き……何組ものデーモン配達が休まずに作業を続けていた。
『本当にさぁ、悪魔遣い荒すぎなんじゃない? 普通の人間なら死ぬよ? 万魔殿ってブラックだわぁ……』
ハルファスの権能は塔や街などの軍事施設の建設、武器弾薬などの製造である。ようはこの積層遺跡都市ラーウムのギミック全般、第四層の迷宮作成、デーモンたちが装備し英雄たちが取り漁っている武器防具全般の作成をこの一柱が全部行なっているのだ。それに加えて、自軍の兵隊をどこにでも送り込める能力まで持つのだから、ハルファスがいれば文字通り軍勢を運用できるのだ。
『せめてさぁ、都市のギミックとか床の張替えとかアスモデウスじゃ駄目だったん?』
『アスモデウスは、ほら、約条で向こうじゃないか』
『はー、ちょっとぐらいやってくれてもいいと思うんだよねー。別に伝説のソロモン王の宮殿造れってんじゃないんだからさー』
そう愚痴りながらも、ハルファスの箱詰めの手は止まらない。ネビロスあたりは『それじゃあ、一日くらい休んでいいよ?』と言ったら、そのまま止まって死んでしまうのではないか、と思えるぐらいの仕事中毒っぷりだった。
『……なにか仕事中にでもできる趣味でも作ったらどうかな? 音楽とかいいと思うよ』
『それ、キミが暇だから話相手がほしいだけだろ? 作業台の真上にバーチャルアイドルのポスターとか貼らないでくれる?』
『いいじゃないか、心がとても静まるんだ……いいよね、推しが傍にいる生活って……』
『おかしな脳内物質でも出てるんじゃないかナ? かナ?』
キミには負けるとも、とネビロスは言いかけて飲み込んだ。ハルファスにとってはそれが常時になっているのだ、意識させるとヤバい気がする。こう、辛くなったら別の脳内物質垂れ流してウハウハしそうで怖い――でしょう? ディアナん……とネビロスは棺桶のように鎧の中で寝転がったまま、天井に貼ったディアナ・フォーチュンのポスターに鎧の中で微笑みかけた。
今、ここにレライエがいたら「どっちもどっちだ」と冷静にツッコミを入れてくれたことだろう。残念なことに、あるいは不幸中の幸い、唯一指摘してくれる彼はここにはいない。
『最近じゃ、アモンまで調子外れに鼻歌を歌う始末だしねェ。ドルオタ属性で汚染しないでくれる?』
『いい傾向じゃないか。やはり、音楽はいいものだよ。アモンも歌の素晴らしさに目覚めたってことでひとつ』
『いや、キミだって最初は普通の音楽が好きって設定だったよね? どこでどう捻れたらドルオタになるのさ』
ハルファスの疑問に、フっと鎧の中で笑い声が反響する。推しの尊い姿を淡い笑みで見つめながら、ネビロスは言った。
『運命――かな?』
『運命って書いて「さだめ」って読むのどうなんさ……』
結局、単純作業中は口と頭が暇になるのでハルファスの口が止まらなくなる。ドルオタ属性の話題になるとマスク越しのしゃがれた声に呆れを滲ませるが……結局、鎧の修繕中で寝たままのネビロスに付き合ってくれるあたり、悪くはないヤツである――悪魔だけど。
『この調子でいけば、そう遠くない内にレイドバトルも始まるさ。そうなったら、ワタシはお役御免だ。戦闘はキミら野蛮な連中に任せてドロンとするよ』
『……そうか。ギミックのためだけに呼ばれたんだったね』
『だよねェ。第四層の時間稼ぎは、まったく別だよねェ。キミの鎧の修繕だって、工程表にはなかったんですけどォ?』
『……ごめんって』
ネビロスも、そこを突かれると弱い。最悪、レライエを倒されてもネビロスが無傷で残っていればハルファスがここまで苦労することはなかったろう。状況に応じたアドリブは、裏方にしわ寄せがいくものである。文句を言いながら、シッカリとこなす――ハルファスは有能な裏方であるからこそ、苦労が耐えない典型例だった。
『アモンもなァ、武器とか使ってくれたらいいのに。この間、オススメした武器、一発でぶっ壊しちゃったし』
ハルファスの趣味と実益を兼ねた武器作成談義に付き合ってくれる者は少ない。レライエあたりは右から左に流すし、ネビロスも似たようなもので。パイモンに至っては、間違いなく聞いていない。耳にもいれてない……結局、ネビロス同様にアモンを自分の趣味に巻き込もうとしたのだが、今のアモンでは、暖簾に腕押しだった。
『嫌な予感がするけど、なにをオススメしたんだい?』
『パイルバンカー』
それを聞いて、ネビロスは絶望的な気分になった。機械式の戦闘用杭打ち機など、ロマンの極地――極北すぎる。
『……駄目だって。アモン、素手の方が強いんだから。今だと、前準備とかスイッチがふたつ以上のギミック武器とか扱えないってわかってるだろうに』
『えー。あのガッシャンガッシャン言うのがいいんじゃないかー』
ちなみにアモンがパイルバンカーを装備して的を殴ったら、的とパイルバンカーが壊れた。ギミック武器は強度に問題が残るのだ、ロマンだけど。
『一階層に配置になったアモンなら、使いこなせるはずなんだよねー』
『太陽神の権能が発現すれば、元通りか……』
『――残念かい?』
ふと、ハルファスが手を止めて自分を振り返ったことにネビロスは気づいた。こちらがなにを感じているのか、ハルファスは察しているのだろう。だから、小さく苦笑――ネビロスは、偽らず素直に答えた。
『……まぁね、今のアモンは人懐っこくて可愛いから』
その予想通りの返答に、ハルファスが呆れたように肩をすくめる。咎める、というよりもなだめるような声色でハルファスは言った。
『最初からわかっていたことだろうに、今のアモンは仮初の自我を貼り付けてるだけ。レイドバトルが始まれば、本来のアモンに――』
『わかってるよ、わかってるけどさ』
――もしもこのやり取りを誰かが見ていれば、まるで人間のような滑稽なやり取りだ、と笑うかもしれない。だが、これの感情や想いは彼らに与えられた自由であり、立派な権利だ。
『それでもさ、あれもアモンだって思いたいのさ……私はね』
『そうかい』
ハルファスは、箱詰め作業を再開する。ネビロスが沈黙すれば、ただハルファスが作業する音だけがその場にするだけとなった。
再び、退屈な時間が帰ってきた。悪魔は睡眠を必要としない――ネビロスはそのまま意識を遮断、考えるのを止めた。
『…………』
それを察すると、小さなため息がした。とある作成者の艱難辛苦は、もう少し続きそうだった。
† † †
悪魔が人間臭いのか、人間が悪魔臭いのか。
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