125話 Q&A
† † †
――どんなに複雑怪奇で難解な方程式でも、答えはシンプルになるようになっているものである。
それが良きにせよ、悪きにせよ。
† † †
クラン《ネクストライブステージ》のクランハウス、そこでの打ち上げ中にプルメリアがこう切り出した。
「黒百合さん、少し考察動画の方でご意見をもらっていいですか?」
「ん、私で良ければ」
軽食が並ぶテーブルの前で、壬生黒百合がコクリと頷く。ホっと安堵の吐息をこぼしたプルメリアが周囲にいくつもSSを展開させた。
「実は色々と視聴者の方に、積層遺跡のSSを撮ってもらって募集をかけたんです。結構、量が集まったんですけど」
「へぇ、それは面白い」
考察に必要な情報を視聴者から募集する、古くはバーチャルアイドル黎明期に視聴者からの声をSNSで募集していた頃からの風習だ。エクシード・サーガ・オンラインがVRMMORPGである限り、視聴者も同じ場所に行って独自に調査できる――視聴者を調査員として戦力にできるのは、人力という点で確かに美味しい。
「それで、ひとつ気になる部分がありまして」
「ん? どのあたり?」
プルメリアが指し示すのは足場の画像――各階層の『床』だ。そういえば、黒百合もあまり足場は気にしなかった気がする。
「どの階層も足場だけは全部、同じ材質だったんです。ほら、第三層のレライエがいた梁があったじゃないですか。あれも後で増築されたっぽくて」
「……それは全然、気がつかなかった」
「変だなって思って、私自身もちょっと詳しく調べてみたんです。で、古さは違うんですけど、第四層の迷宮と同じ素材で床だけ作り直してたことがわかったんです」
数枚のSSをプルメリアは黒百合の目の前に展開し、そう解説する。そうしていると、いつの間に後ろにいたのかモナルダが興味深そうに言った。
「あれ? これってセフィロトってやつじゃない?」
「ん?」
黒百合の右肩によりかかって覗き込んでくるモナルダに、黒百合は視線だけ向ける。モナルダの視線を追って一枚のSSを見ると――なるほど、確かにそこにはセフィロトが彫られたレリーフがあった。
「……本当だ。雑貨屋だとクリフォトだったのに」
「ん? 違うよ? それ上下逆だけどクリフォトだよ?」
今度は左肩の方からエレイン・ロセッティが寄りかかって覗き込んで来た。黒百合がエレインの方に視線を向けると、エレインがSSの一部分を指をさす。
「ほら、ここ。『Qimranut』ってなってるでしょ? セフィロトならここは『Malkuth』ってなるの。『キムラヌート』は物質主義を、『マルクト』は物質世界を司るものだから、同じ物質繋がりだけど」
「……エレイン、よく知ってる」
「えへへー、この間クロたちが話してたから勉強してみたの」
エレイン自身、頭の回転はいい。覚えようと思えば、簡単に記憶できるだろう。
「そもそもおかしいよね、これ。『キムラヌート』以外の文字、上下逆じゃない?」
「――ん?」
エレインに言われ、再び黒百合はSSを覗き込む……確かに、他の各球体に書かれた文字は逆だ。『キムラヌート』だけが正しい位置で書かれている。
「プルメリアさん、このSSってどこで撮られたものかわかる?」
「あ、はい……第四層で撮られたものらしいです」
「第四層……」
黒百合が、考え込む。壬生白百合やディアナ・フォーチュン、他のゲストバーチャルアイドルたちも何事かと集まってきていた。
「――?」
不意に頭の上が軽くなって、黒百合が見上げる。そこにはエリザが藻女を抱えて微笑んでいた。
「――そろそろ答えに行き着つそうなんですもの。答えを知っている身としては、ほら、楽しみを奪ってはいけませんわ」
「おくちにちゃっくじゃなっ」
エリザと藻女――このふたりは、既に知っているのだ。あの積層遺跡の秘密を――そして、その答えに行き着くだけの情報が自分にある、そう言外に教えてくれたのだ。
「――答え」
自分の中に答えを導く情報は既にある――だから、黒百合は深く深く、自分の記憶を掘り起こしていった。
† † †
『――中央大陸の北方に積層遺跡都市ラーウムは存在する。一〇〇〇年前に存在したというラーウム王国の王都跡であり、地下へ何層もの遺跡が積み重なってできあがった積層都市として知られていた』
『――ようこそ、万魔殿の扉へ。私がネビロスだ』
『――あの歌の試練は今後も残すよ。私はこれで消えるから、歌の試練を超えた人はこの万魔殿の扉に登録しておくといいよ。きっと、後々役に立つからね』
『んー? 門と同じ効果があるの?』
『それは内緒。後になればわかるよ』
『――それ、そんなに面白い?』
『ん、これ遺跡の意匠にあったものを再現したらしいんだけど――』
『――ラーウムの積層遺跡その第四層は、今までとは打って変わって“遺跡”ではなかった。石製の壁や床、天井は新しく、複雑な機械罠や完全武装したアンデッドとグレーターデーモンの軍勢が手厚くお出迎えしてくれる新造の迷宮である』
『……急に趣が変わった?』
『――ローマ帝国時代の屋外劇場は、音響効果まで考えられて設計された一世紀ごろの建造物。一度、地震で壊れて後に再建された遺跡が、今でも時折ステージとして使われているらしい……すごいよね』
『――くわしいことはやくじょうがあっていえんがな。あやつ、いまでこそちからがおちておるが、じょうけんさえととのえばおおたけまるともなぐりあえるばけものじゃぞ』
『あれで力が落ちてるのかぁ』
『うむ、じゃからここにくるのにねんいりにちからをおとしておくひつようがあったんじゃろう。だからこそ、あそこまでおさないすがたにへんげしたのであろうな』
『――ようは、四層よりも一層でのアモンの方が強い――だから、念入りに力を削いだ結果が子供の姿だ、と言ったのだ』
『アモンは太陽神アメンと同一視される……そう考えると、太陽の光がある場所では戦闘能力が上がる、そんなところか。四層であの強さなんだから、太陽の下での強さは考えたくもないな……』
『――どの階層も足場だけは全部、同じ材質だったんです。ほら、第三層のレライエがいた梁があったじゃないですか。あれも後で増築されたっぽくて』
『……それは全然、気がつかなかった』
『変だなって思って、私自身もちょっと詳しく調べてみたんです。で、古さは違うんですけど、第四層の迷宮と同じ素材で床だけ作り直してたことがわかったんです』
『――あれ? これってセフィロトってやつじゃない?』
『――本当だ。雑貨屋だとクリフォトだったのに』
『ん? 違うよ? それ上下逆だけどクリフォトだよ?』
『――ほら、ここ。『Qimranut』ってなってるでしょ? セフィロトならここは『Malkuth』ってなるの。『キムラヌート』は物質主義を、『マルクト』は物質世界を司るものだから、同じ物質繋がりだけど』
『――そもそもおかしいよね、これ。『キムラヌート』以外の文字、上下逆じゃない?』
『――プルメリアさん、このSSってどこで撮られたものかわかる?』
『あ、はい……第四層で撮られたものらしいです』
† † †
「……あ?」
いくつもの情報が、頭の中で複雑に絡み合っていく。それは、表裏を逆にしたジグソーパズルのようなものだ。絵からは連想できず、ただただ形からしか見極めるしかなくて。
しかし、完成した後に表裏をひっくり返して絵を確認すれば、こんなに簡単なことなのかとあっさりと納得できる、そういうもので――。
「……エリザ、ひとつ質問していい?」
「そうですわね、調べてわかることでしたら、まぁ、いいですわよ?」
「あの積層遺跡にデーモンが出現し始めたのは、いつ?」
周囲のバーチャルアイドルの視線を受けて、エリザはあっさりと黒百合に答えた。
「一〇〇〇年前、ラーウム王国が愚かな王によって滅んだ時からですわ」
「ん、なら積層遺跡都市と呼ばれたのはいつから?」
「……ラーウム王国以前ですわね」
エリザの苦笑、そこまで答えれば、もう答えは目前だとわかっているからだ。黒百合は、改めてそこで自分が既にその答えに至る鍵を口にしていたことに思い至っていた。
「あの歌劇場、モデルは一世紀頃――ようは、二〇〇〇年前のもの。ラーウム王国が滅びるより、ずっと昔」
「――あ、もしかしてそういうギミック?」
そこで黒百合の次に答えに至ったのは、エレインだ。それに黒百合も頷いた。まだ答えに行き着いていないバーチャルアイドルたちは、小首を傾げる。
サイネリアが小さく手を上げて、質問した。
「でも、ラーウム王国の遺跡の上に今の街ってある……んですよね?」
「ん、そう。あそこが一〇〇〇年前のラーウム王国なのは確かだと思う。でも、そのすぐ下が二〇〇〇年前の遺跡とは限らない。一〇〇〇年の間に、他の遺跡が間に挟まってもおかしくないと思わない?」
黒百合は、セフィロト状になっているクリフォトのSSを加工処理する――極々単純で簡単な、上下逆転処理だ。
「魔神アモン、太陽神アメンの側面を持つアレがわざわざ第四層に弱体化しているのがおかしいと思わなきゃいけなかった。本当ならあの第四層こそが第一層だったんだから」
そう、わざわざ大きく処理能力を落としアモンを子供の姿にしてまで力を削がなくてはいけない理由――それは第一層、太陽に近い積層遺跡内の方が強いからだ。
「そして、万魔殿――地獄の底、悪魔たちの宮殿へ至る門がなぜ第一層にあったのか。あの第一層こそが最下層に繋がる第四層だと考えれば納得がいく」
ネビロスは言っていた、万魔殿の扉に登録しておくといいよ。きっと、後々役に立つからね――と。ようは最下層へのショートカットになる、という利点があるという話なら、ひどく納得できる。
「ようはこういうこと。あの積層遺跡の第一層から第四層は、なんらかのギミックで上下逆さまになる――おそらく、それがレイドバトルの舞台になるはず」
それが、今まで黒百合が得た情報から導き出した、単純明快な答えだった。
† † †
小さな小さな積み重ね、ここに黒百合が至れたのはアモンのことを藻女に聞いていたからこそとなります。
こんな考察、普通は個人では出ない出ない。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。