閑話 勇者の休日3
※ローファンタジー[ファンタジー]にて『Wild Hunt!~友達〇人のソロ探索者の少年は、やがて“百鬼夜行の主”と呼ばれるようです~』を連載しております、そちらもよろしければ!
† † †
ライブが終わり、人々が歌劇場から外へと出ていく。彼らの顔に、さまざまな表情があった。ひとつ共通点があるとすれば、全員が楽しんだということだろう。ライブとサイン会の後、再び屋台の通りが賑わい始めた。
「あ! クー、いた!」
クロトスはこちらに駆けてくる幼い少年アーに、視線を向ける。もう何杯目になったかわからないコーヒーを飲み終えると、勘定を終えて立ち上がった。
「戻るぞ」
「もう少し浸ってもいいじゃないか」
遅れてやって来たネーが言うと、クロトスが無言で視線を送る。おっと、と口元に手を当てると、ネーは口調を改めた。
「私は声を聞かれていますからね。へたをするとバレかねないのが怖いです」
「そんな危険を犯す価値があったのか? あんなものに」
「当然ですよ! ね、アー」
「すごかった!」
満面の笑みで問いかけるネーに、アーも一言で同意した。クロトスは自然とふたりを人混みの流れに飲まれない位置に立って守りながら、歩き出す。ふと、クロトスはアーの背中を見て眉根を寄せた。
「……おい、それはなんだ?」
「サイン、だっけ? オレ、色紙ってのなかったから、背中に書いてもらった!」
アーの白いベストの背中には、ライブにいたバーチャルアイドルたちのサインが所狭しと書かれていた。メインの四人に赤青姉妹、十六夜鬼姫にベイオネット、プルメリアといったゲスト。それにSDモナルダまではまだいいが、妖獣王の“影”のサインを見つけて、クロトスは脱力した。
「こういう時、子供って得ですよねー。みんな、快くアーにサインしてくれました」
「……洗濯したら消えるぞ? それ」
「ハルに頼んでみる?」
「そうですねー」
あいつも便利屋として使われているな、とクロトスは同情する。今頃、迷宮の組み換えも終わっているはずだ。
「クー、ジーはどうした?」
「もう帰った。グレーターデーモンに用があるらしいぞ?」
「そっかー。なら、オレ早く戻ってやんないと?」
「そうだな」
傍から見れば金持ちの姉弟とその護衛という風だが、本当のところはまったく違う。彼らは同士であり、同胞だ。
「では、戻ろうか。そろそろハルファスも痺れを切らしているだろうしね」
「おー!」
「……やれやれだ」
ネーを中心に、三人の姿がかき消える。アーは第四層へ、クロトスとネーは第五層のそれぞれの『持ち場』へと――。
† † †
「――――」
「どうかした? 藻女」
壬生黒百合は、わざとみんなから遅れてひとりになると頭上の藻女へ問いかける。様子がおかしい、と思ったのはサイン会のあたりからだ――藻女は、よくきがつくのぉ、と苦笑しながら口を開いた。
「いぬみみむすめとしろいわらしがおったじゃろう?」
「うん、ネビロス?」
あっさりと言う黒百合に、藻女は言葉を一瞬失う。黒百合は、頭に手を伸ばし指の腹で藻女を撫でれやりながら続けた。
「名前がネーで、犬耳だったから。鎧の声は反響してたからよくわからなかったけど、よく聞けば似てた。うん、ライブに遊びに来るって言ってたから来たんだなぁ、ぐらいに思ったんだけど」
「……けいこくしようとおもってなやんどったわらわのたちばがないのぅ」
わざわざ気づかれていると悟られないように、サインにまで加わったのに。いや、あれはあれで新鮮な経験だったのだけれど。
「その言い方だと、あの男の子も魔神?」
「おう、あれじゃよ。まじんあもんじゃ」
「……あれが?」
そっちの方は少し意外だったという表情を黒百合が見せる。藻女は、腕を組んでしみじみと言った。
「くわしいことはやくじょうがあっていえんがな。あやつ、いまでこそちからがおちておるが、じょうけんさえととのえばおおたけまるともなぐりあえるばけものじゃぞ」
「あれで力が落ちてるのかぁ」
「うむ、じゃからここにくるのにねんいりにちからをおとしておくひつようがあったんじゃろう。だからこそ、あそこまでおさないすがたにへんげしたのであろうな」
上手いな、と黒百合は思う。藻女、“妖獣王”は言えないと言っておきながら、言える範囲でヒントをくれた。ようは、四層よりも一層でのアモンの方が強い――だから、念入りに力を削いだ結果が子供の姿だ、と言ったのだ。
(アモンは太陽神アメンと同一視される……そう考えると、太陽の光がある場所では戦闘能力が上がる、そんなところか。四層であの強さなんだから、太陽の下での強さは考えたくもないな……)
黒百合が考え込むのを見て、藻女はしたり顔でぺしぺしと頭を優しく叩いた。
「ほれ、うちあげがあるのであろう? いそがぬか」
「ん、急ごうか」
ライブの成功を祝って打ち上げをやろう、という話になっているのだ。ファストトラベルでクラン《ネクストライブステージ》のクランハウスで行なう予定になっている――クラン《百花繚乱》の面々が一度、セントアンジェリーナに移動する関係上、遅れることはないだろう。
歩き出した黒百合は、不意に頭の重みが増したことに気づく――SDモナルダだ。
『こらー! そこはアタシんのだぞー!』
「ふふん、ここはもはやわらわのものよー!」
「こら、そこは私の頭。喧嘩するならふたりとも乗せないよ?」
騒がしいSDたちをそうたしなめながら、黒百合は早足で歩き出した。
† † †
第四層への門が開いた――そのことを知って、ジークは訪れていた。
『ああ、過去の英雄を踏み台にしてさらなる先へ。だから、言うのだろう? “越えていく英雄譚”と』
降り立ったジークは、クロトスの言葉を思い出す。まるでやって来たこちらを出迎えるように、グレーターデーモンがそこに立っていた。
「いいぜ、存分にやらせてもらおうじゃないか」
ジークはそう言い捨て、配信を開始する。すると、ライブの直後だからだろう――多くの視聴者がやって来た。
■お? ジークどうした? アモンにリベンジか?
■同じ場所で配信するって今まであったっけ?
■心境の変化かなにか?
ジークはコメントが流れ始めるのに視線を向けると、長剣を抜きながら口を開いた。
「アレだ、意見があったら言えよ。聞いてやる」
■……マジでどうしたん?
■急に変わったな、いい傾向だけど
■OK、こっちで立ち回りを確認しながらアドバイスだな。了解
「おう、今日中に最低でも七分は切る」
■なるほどな。そうなると、それこそ結構無茶しないとあかんなぁ
ジークはやけくそ気味にそう言った。こうなったら、なんでも利用してやる。それこそ視聴者からの意見だろうと、なんだろうとだ。自分だけの努力で限界があるなら、せいぜい視聴者たちが覚えた努力を踏み台にさせてもらおう、と。
『――――』
グレーターデーモンが大剣を抜き、身構える。それにジークは左足を前へ、長剣を上段に構えて向き合った。
「来いよ、せいぜい糧にして――」
やる、とジークが言おうとしたその時だ。通路の奥からぞろぞろとグレーターデーモンが集団でやって来たのは。
■おっふう。単体だけじゃねぇんだ、グレーターデーモン
■まず、ひとつさっそくアドバイスいいかな?
「……おう、なんだ?」
■――逃げろ、全力で
■単体ならいざしらず、あの数はやべぇぞ!
■走れ走れ走れ!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ぼふん! と通路を白煙が埋め尽くしていく――ジークは煙玉を地面に叩きつけ、脇目も振らず逃亡した。
† † †
この日、ジークはひとつ覚えた。逃げる時はただ、真っ直ぐ逃げてはいけない。左右に蛇行しながら逃げた方が、射撃攻撃には有効だ、と……。
† † †
アモン「グレーターデーモンニ用ガアルノカ、ナラタクサン出シテヤラナイト」
お礼のつもりがこれですよ。
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