閑話 勇者の休日1
† † †
「……あ?」
ある日、ジークは積層遺跡都市ラーウムの四層へ向かおうとしたら門から飛べないことに気づいた。
《――現在、四層のダンジョンが内部構造の組み替え中です》
《――そのため、ダンジョンの攻略は行えません》
「……なんだ? これ。メンテか?」
いや、とジークはすぐに思い直す。メンテであればまずログインできないはずだ――だとすれば、このエクシード・サーガ・オンライン特有の世界観からのイベントの一環なのだろう、ふざけた話だ。
(今日こそって思ったのに……)
あのバーチャルアイドルの配信からしばらく、ジークのグレーターデーモン戦のタイムは八分と少しにまで縮まっていた。不本意だが、あのバーチャルアイドルの配信は役に立った。自分がどこで無駄が多かったのかよくわかったし、真似してみれば確かに効率的で悪くない攻略法だった。
(まだだ、まだ足りない)
五分、五分を切る――いや、自分なら四分で倒すべきだ。得意分野なのだから。それを目標に、ジークはグレーターデーモンを狩り続けていたのだが……。
(今更、ただのグレーターデーモンとか倒してもなぁ)
三層より上に、武装したグレーターデーモンは出ない。別の場所に行くべきか? ジークがそう迷っていた、その時だ。
「あ?」
大広間、その一層の入り口が騒がしいのに気づいた。そこには『クラン《ネクストライブステージ》ライブ会場はこちら』と書かれた垂れ幕がかかっていた。
† † †
やることがなくなったから――そんな理由がなければ覗くことだってしなかっただろう。ジークは一層目の道を歩いていく。そこはなぜか屋台が立ち並び、まるでお祭りのような騒ぎだった。
(……なんだ、これ?)
色とりどりの光る棒――サイリウムを見て、ジークは小首を傾げる。しかもその屋台では色の名前ではなく、まったく別の名前でやり取りが行われていた。
「エレちゃんとシロちゃんを」
「はい、どうぞ」
金色と白色のサイリウムを当然のように売り買いする姿は、もうジークには訳のわからない世界だ。エレちゃん? シロちゃん? バーチャルアイドルたちがそんな名前だった気がする。それがなぜ、金色と白色なのか? シロちゃんはまだ白とわかるが……エレ色? そんな色があるのか?
(……わかんない世界だな)
ジークが、顔をしかめる。ドルオタ属性などあるはずないジークにとって、ポスターやらクッションやら、バーチャルアイドルたちが描かれた家具アイテムを飾る気持ちがまったくわからない――。
「あん?」
ふと、視線を感じてジークが振り返る。それから視線を下に移すと、そこにはひとりの少年の姿があった。短い白髪、褐色の肌、赤い瞳――PCなのか? ただ、防具などは着ておらず武器も持っていないのはなぜなのか?
「お前、知ってる。見た」
「は? オレはお前なんか知らないんだけど?」
拙い口調で唐突に言ってくる少年に、ジークは不愉快を隠さずに吐き捨てる。ぐいぐい、と服の裾を引かれてジークはつんのめる。思った以上に強い力だったからだ。
「あのな、ネーとクーが迷子? なんだ」
「ああ?」
「あいつら、ここを動くなって言っといて、どっか行った。だから、捜してる」
「いや、それはお前に動くなって言ったんだろ……」
考えたくない、考えたくないのだがこれは――。
「もしかして……お前、迷子なのか?」
「違う、迷子はネーとクー。オレ、捜してる」
ブンブンと首を左右に振る少年。あくまで迷子になったのは捜している相手の方であり、自分ではないというのが少年の主張だが。
(それを迷子って言うんだよ!?)
怒鳴りつけてやろうとして、ジークは言葉を飲み込んだ。子供の言うことをまともに受け取らないのがオトナというものだ、うん――しかし、少年は強い力で服の裾を引っ張って続けた。
「な、お前。手伝え。ネーとクー、捜す」
「嫌だよ、勝手にひとりで見つけてやれよ」
「だって、ネーが『今日はおとなしくしていれば、いいところに連れて行ってあげます』って言ったんだ。だからオレ、おとなしくしてるんだぞ? えらいだろ?」
「ああああああああああああああああああ! 子供の言うことはわかんねぇ、ちくしょう!」
すぐに我慢の限界が来て、ジークが叫ぶ。周囲の視線がこちらに集まるが、知ったことではない。こめかみを抑えながら、ジークは良し、落ち着け、オレ……相手の土俵で戦うな、自分の土俵で戦うんだ、そう自分に言い聞かせた。
「わかった。だが、闇雲に捜したって駄目だ。頭を使え、ガキ」
「オレ、アー。今日はそういう名前にしとけって言われてる」
「はいはい、アー。いいか、この世には迷子を捜すのにとても便利なものがあるんだ。まずはそこにお前を連れて行ってやる」
「そういうのがあるのか! すごいな!」
ああ、これNPCだわ、とジークは確信する。さすがにここまで幼いと、いくらVRでも身体を動かすこともままならないはずだ。ロールプレイだったら? ぶっ飛ばすわ、そんなん。
「そう、こういう時にはクールに頭を使うんだ、アー」
「おお、くーる!」
† † †
《――ピンポンパンポーン。こちら、総合案内から迷子のお子様について放送いたします。ネーちゃん、クーちゃんというNPCの方が迷子だそうです。総合案内所にて、アー君がお待ちです。お近くのPCの方は――》
† † †
「――誰が迷子だ!」
そう言って総合案内所に現れたのは、二十代後半ほどの青年だった。銀髪に精悍な顔立ちの中肉中背、ラフな服装をしておりどこにでもいそうな無愛想な青年だ。
「あれほど私は動くなと言ったでしょう?」
そう言ったのは、青年の隣に立つ黒髪に黒いドレス姿の小柄な少女だ。見た目は一〇代前半ほどか、こちらは青年と違い整って愛らしい顔立ちやその頭に生えた犬耳があまりにも目立つ。
そんな少女の言い様に、青年は睨みつけた。
「――俺はお前たちに動くなと言ったんだが?」
「私はアーに動くなってちゃんと言ってから――」
「おー、ネー! クー! 迷子になったら駄目だぞー!」
「「迷子はそっちだ(ですよ!)」」
なぜか総合案内所の受付嬢に買ってもらったジュースを飲んでいたアーが、ふたりを叱る。ふたり同時にツッコミ返す漫才を見せられて、ジークとしてはなんとも言えない表情でそれを眺めていた。
青年は、改めて受付嬢に事情を説明し終えると、話を聞いたのだろうジークへと歩み寄ってきた。
「面倒をかけて、すまなかった。俺はクロトスという。礼を言わせてくれ」
「構わない、気にすんなよ。クー」
ジークはたっぷりと皮肉と嫌味を込めて愛称で呼んでやった。それに顔をしかめる青年、クロトスに少女――ネーが言った。
「今のアーは三文字以上の名前を覚えられないって言ってるじゃないですか」
「知るか、四文字程度覚えろ」
「約束通り、おとなしくしてたぞー。褒めろー」
胸を張るアーに、ネーは膝を折って「そうですね、偉いですよ」と撫でて褒めてやる。アーはそれに得意満面だ、それを見ながらジークは深い溜め息をこぼした。
「もういいよな、オレは行くぜ?」
「おや、コンサートを観に来たのではないのですか?」
歌劇場とは逆に歩き出そうとするジークに、ネーは小首を傾げて見上げた。それにジークは苦虫を噛み殺したように顔をしかめ、言い捨てる。
「オレはちょっと覗きに来ただけだ」
誰があいつらの歌なんて、とは言わなかった。NPCでも好きなものを貶されるのは気分は良くないかもしれない、とそんなことを柄になく思ったからだ。
「そうなんですか」
「そうなんですよ。それじゃあな。もう、二度と迷子になったりしないでくれよ」
ネーにそう返して、ジークは踵を返す。NPCと接触する系のミニシナリオは好きではないのだ。このゲームのNPCは反応がリアルすぎて気持ち悪いから。
「またなー、ジー!」
「ジークだ」
アーの声に振り返らず、ジークはそう答える。あいつらがチヤホヤされる空間なんて、居心地が悪くてたまらない。足早に、そこから立ち去ろうとした。
「待て、礼がまだだ。軽食ぐらい奢ろう」
そうクロトスがジークを呼び止める。それにジークが振り返ると、そこには察せという視線の青年がいた。
「……ソウカ、ナラ少シダケ」
「ああ。そういうことだ、お前らだけで行って来い」
クロトスがコンサートから抜け出る口実に使われた、それを自覚したジークは脱力したようにこめかみを抑えた。
† † †
感想で出たので、ここでひとつ小ネタと伏線のお話です。
Q.コメント欄に妖獣王がいない?
A.結構前から、地味に色々な場所で混じってました。探してみても楽しいでしょう。
ちなみに、大嶽丸と百獣王も混じっていたことがあります、見つけられたら偉い。
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