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124話 勇者の迷宮7

   †  †  †


 壬生黒百合(みぶ・くろゆり)が疾走する。その二本の足での全力疾走、目の前に立ち塞がる体長四メートルほどの巨体、漆黒の全身甲冑姿のグレーターデーモンへ迷うことなく。


「――ッ!」


 グレーターデーモンが野球のバットスイングのように振り回すハルバート、それを低く身を沈めて掻い潜り、黒百合の小狐丸が薙ぎ払われた。鎧の左足首を継ぎ目を切り裂かれたグレーターデーモンが大きく体勢を崩し、黒百合はその身体を足場に駆け上がった。


「アーツ《地摺り狐月》」


 ギィン! と床を吸った小狐丸の切っ先が跳ね上がる! グレーターデーモンの太ももが火花とともに切り裂かれ、下がった首へ黒百合は小狐丸を突き立てた。


『カ、ア――!?』


 だが、グレーターデーモンは止まらずに関節をへし折りながら黒百合に強引に手を伸ばす――その時には小狐丸から手を離し、黒百合は百合花を抜いて構えていた。


「アーツ《三段突き》」


 ガガガッ! と鋭く激しい三連続の突き。零距離で突き刺すように繰り出された三段突きに大きく潰されるように体勢を崩したグレーターデーモンに、黒百合は突き刺したままの小狐丸に足を掛け――ガゴン! と踏みしめた。


『ガ……』


 宙を舞うグレーターデーモンの首。クルンと回転した小狐丸の柄を逆手で受け止め、黒百合はダンジョンの床へ着地した。


「うん、こんなもの?」

■……こんなものもクソもねぇんだよなぁ

■ブラックボックスなくてもとんでもねぇ

■もう動きが四次元すぎて理解不能やん?


 黒百合からすれば、ソロでの戦いはある種枷を外されたようなものだ。『妹』と一緒に遊ぶ場合は、彼女が射撃戦特化ということもあってただ自由に前衛で暴れていれば良かっただけ――それに加え、オフセVR作品専門のアルゲバス・ゲームスのファンであった黒百合の中の人からすれば、周囲を気にせずに戦えるというのは普通に()()()()感覚だ。


(……懐かしくなるくらいには、誰かがいるのに慣れたんだな)


 それもまた、悪い気もしない。誰かが前にいて、隣りにいて、後ろにいてくれる――それは嬉しいことなのだから。


「ま、もともとあれくらいうごけおったぞ? でなければわらわの“えいりあす”をたおすなどふかのうじゃしな」


 当然、となぜか藻女(みくずめ)がドヤァと笑い胸を張る。マーナガルムの一戦以来、黒百合の評価は“黒面蒼毛九尾こくめんそうもうきゅうび魔狼(まろう)”ありきのものだった。変幻自在の九尾、それをフルマニュアルで使いこなす思考速度と精密さ。今となっては、それ抜きに壬生黒百合というPCプレイヤーキャラクターは語れない。

 だが、その名を世界に知らしめた“妖獣王(ようじゅうおう)(エイリアス)”との戦いは、それ以前だと考えれば、それ抜きでも評価されていたとも言えた。


■……このゲーム、魔境がすぎる

■ゲームシステム側が、PCのパラメーター振りをプレイヤーから放棄させたからな。誰かひとりができた時点で全員できるんだろうけど……

■できなきゃプレイヤースキルの不足ってか。むっちゃ厳しい……

■パラメーターの暴力が使えない反面、振り損ねがないから嬉しいっちゃ嬉しいけどな


 エンジョイ勢にせよ、ガチ勢にせよ。再び目の当たりにする、素の黒百合の戦闘能力を前に考察が止まらない。実際、今、黒百合がやって見せたのはブラックボックスを用いない戦闘――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「エクシード・サーガ・オンラインではPCのサイズによって有利不利はないから。身長一メートルの子供でも二メートルの巨体でも同じ腕力、同じ速度。重要なのはサイズに合わせたプレイスタイル」

■クロちゃんの場合小柄だから、大きい相手の場合懐に入り込んで間合いを殺すのが重要ってことか

■逆に大柄のキャラがクロちゃん相手にするなら懐に入れちゃ駄目だわ、途端に死角に回られる

「ん、私だって自分より小柄な相手に懐に入ってほしいと思わない」


 歩き、時折遭遇するエネミーを解説付きで倒していく――戦闘中は、藻女が的確に黒百合の動きと意図を解説してくれた。


■クロちゃんの武器も性能いいからなぁ、地味に

「こうげきりょくよりじゅうようなのはあてるぎじゅつじゃよ。とまらず、あいてがつぎにどうやって、たいをかわすかはんだんするのじゃ。たとえばじゃな、かたあしをきりさくと、にほんあしのてきのばあいどっちにからだがかたむくか――」

■うげえ、倒れた先に切っ先がもうありやがる……

■なるほどなぁ、空間の削り方が上手すぎる。速度というより武器の出だし使い方で先手を取ってやがる。あんなん、ガード間に合わねぇよ


 黒百合が配信を行なう場合、コメント欄のガチ勢とエンジョイ勢の比率は四人での配信と変わっている。普段がガチ勢3ならエンジョイ勢7と言ったところだと、ガチ勢が4にエンジョイ勢が6という比率になる。

 視聴者の数が増減している、というよりも配信内容の差だ。普段なりを潜めている、コメントしないサイレント視聴者であるガチ勢が、ここぞとばかり沸いてきてエンジョイ勢がコメントを控えるという傾向にあるのだ。

 中等学校用の教育番組のようになる、という黒百合の認識も間違いではない。その点も藻女とのやり取りのおかげで、だいぶ緩和されるようになっていた。


「じゃあ、次は他の武器でも戦ってみる。なにか、武器にリクエストがあればコメントでよろしく」

■弓かなぁ、普段のシロちゃんと違う中距離の立ち回りは見てみたい

■ちょっとスケルトンとかグレーターデーモンのモーション確認になるのありがたいわ

■ポールウエポンとか? 長柄武器だと動きが遅くなって、速度負けすんだよね……

■逆に短剣とか双剣が見たいわ。そこだと全身甲冑が多くて、相性悪くてさ


 ふんふん、と黒百合は流れていくコメントのリクエストを確認する。これができるのも、黒百合という武器選ばないプレイヤースキルの強味だ。そんな中、ふと黒百合はひとつのコメントを見つけた。


□長剣でやってみろよ。どのくらいで倒せるか、タイム計ってやるから

■……挑発的な要求やな。止めとけ

■自分と比べて心折れるで?

□はん、オレならグレーターデーモンなら一分かからないね!

■んなアホな……

■オレ、一五分はかかるわ……


 ……設定ミスか。配信者のコメントらしい。通常、誰がコメントしたのかわからないようになっているが、配信者側は確認できる仕様だ――こっそりとその名前を確認して、黒百合は小さく笑みをこぼした。


「いい、タイムアタックだね。藻女――」

「ほれ」


 アイテムのインベトリから、藻女が長剣(バスタードソード)を黒百合に手渡す。それを受け取って、黒百合はそう遠くない場所にいたグレーターデーモンへと駆け出した。

   †  †  †


「……くそ」


 自室のベッドの上、そこで外したVR機器を枕に投げつけて絹川勝利(きぬがわ・かつとし)が吐き捨てた。


『――うん、一分はさすがにきついね』


 あのバーチャルアイドル、そう言いながらシレっと三〇〇秒ほど、五分で倒してのけた。そのことに勝利は腹が立つ――当然、グレーターデーモンを四層ダンジョンのドロップ品とはいえ一分で倒せるはずがない。勝利の本当のタイムは、一〇分を切るかどうか……得意武器であり、しかも渾身を込めて育てた長剣で、だ。

 ……実際なら、それも遅いわけではない。充分にソロであれば速いと言って差し支えないレベルだろう。だが、それも見せつけられた後ではただただ虚しい。


「ちくしょう……」


 しかも、動きが参考になるとわかってしまうから更に腹が立つ。両手、片手、状況によって使い分ける判断。それによってかわる拳ひとつ分の間合いをどう使うのか、教科書に載せたくなるほど丁寧な立ち回り。


「なんなんだよ、嫌味かよ、あいつ」


 自分のコメントがきっかけだというのに、八つ当たり気味にそう思ってしまう。どうして自分はアレができないんだろう、悔し涙で視界が滲んだ。


「くそ、くそ、くそおお……!」


 勝利がベッドの上で転がる。よろよろと伸びた手がVR機器に伸びて、それを再び装着。歯を食いしばりながら、吐き捨てた。


「馬鹿にしやがって……すぐに、あんなタイム越えてやる……!」


 勝利はそう言って、エクシード・サーガ・オンラインにログインする。黒と銀、自分が理想とする年頃の二十歳ほどの青年ジークとなって積層遺跡都市ラーウムの大広場へと勝利は立った。


 絹川勝利、()()。自分の理想の年齢には、後一〇年ほどの歳月が必要だった。


   †  †  †

ジークん、充分頑張ってるんです。


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― 新着の感想 ―
[一言] ジークん思ったより幼かった 張り合ってる内にクロちゃんの事好きになってそう(「べ、別に好きじゃねーし!」みたいな感じで)
[一言] ジークん幼なげな印象はあったけど9歳ですか。思ったより幼くてびっくり。でも「やってられるか」じゃなくて「超えてやる」に向かうっていい子ですね。頑張れジークん。
[一言] 九歳?!マジか確実に13くらいと思ってた最近の子供は成長も反抗期も早いですね・・・
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