123話 勇者の迷宮6&それはひとつの誓いとして
† † †
積層遺跡第四層――その日は、壬生黒百合はひとりで配信を行なっていた……のだが。
■クロちゃんや、クロちゃんや
「ん? なに?」
■その頭に乗っ取るの……なに?
■SDモナやないぞ?
■つか、こう……こう、黒面つけとらん? その子
視聴者もすぐに気づき、コメント欄に震撼が走る。黒百合の頭、黒髪に座っていたのは長い黒髪に狐耳を生やした黒い着物姿の三頭身だ。その後頭部――というか背中――には普段は黒百合についていた“妖獣王の黒面”がある。金色の狐の尻尾をユラユラと揺らしながら、ドヤ顔していた。
■可愛く……はあるんだけど、なんだ? この言葉で言い表せない感覚
□クロのあたまのうえはあたしのだぞー、どけー!
■……なんだろう、あの狐耳と尻尾が不吉なんやが……
■SDモナがコメントに乗り込んでるやないかい!
■ふふふ、ここはもう妾のものじゃ……
■どんどんマスコットが増えていくぞ、クロちゃん
ああ、後でSDモナルダにはきちんと話ししてあげないと、と思いながらコメント欄を流し見し、黒百合は語る。
「これ、“妖獣王”の“影”」
■は?
■はい?
■はぁ!?
■ちょっと待って、“妖獣王”ってアレだよな? “八体の獣王”の一体で、ラスボスだよな?
■なに? ついにラスボスの分身を頭に乗せ始めたの!?
「とりあえず、この子については事前に説明しておこうと思って」
一気に流れていく膨大な数のコメントに、とりあえず黒百合は改めて頭の上から両手で抱えてSD妖獣王を視聴者に紹介する。
「これは私のブラックボックスから出てきた呪いのアイテム、“妖獣王の黒面”が元になっている“影”。ファミリアシステムの応用で、この形にしている」
「わらわこそがようじゅうおうはくめんこんもうきゅうびのきつね――」
「藻女って呼んでくれればいい」
「……みくずめじゃ」
ドヤ顔で名乗っている最中遮られるが、SD妖獣王改め藻女はすぐに順応した。シュタっと片手を上げて名乗った藻女に、黒百合は言葉を続ける。
「一部、私の所属組織ホツマ妖怪軍についての情報を知りたがっていた人たちがいたから、ここで説明する。ホツマ妖怪軍の効果はホツマ妖怪軍所属の妖怪をゲストNPCとして召喚できるというもの」
――その瞬間、コメント欄が凍りついた。
† † †
放送事故と言ってもいい、一分ほどの沈黙の後。ひとつのコメントが総意として語られた。
■……待って待って? それってさ――もしかして、“妖獣王”本体も含まれて――
「おるぞー!」
■ブッ壊れ効果じゃねぇか!? やっべぇぞ、それ!!
――そう、そうなのだ。それが本当の意味で黒百合がもっとも懸念していたことなのだ。だからこそ、黒百合はその可能性を考慮して沈黙を守ってきた。その上で、藻女から回答を得られたからこそ公表に踏み切ったのだ。
「まず、安心してほしい。この妖怪の召喚には、いくつかの条件がある」
ひとつは、まず召喚したい妖怪と交流を持っている必要があること。ホツマ妖怪軍所属の誰々という妖怪、というしっかりとした指名がなくては召喚はできない。
「強い妖怪と出会い、交流を持つのは相応の危険が伴う。そのことをまず、覚えておいてほしい」
「そうじゃな。わらわのひゃっきやこうのもさなみになると、たたかってちからをしょうめいするひつようがあるのじゃ」
「言っておくけど、“妖獣王”の百鬼夜行は一〇〇体全部イクスプロイット・エネミー」
■ひぎィ!?
■妖怪怖い、妖怪怖い!!
■あれか、ホツマって数百年戦国時代やりすぎて全体が島津化しとらん?
「おう、しまずはへんきょうのぶしょうじゃが、かなりつよいぞ?」
■……あるんだぁ、島津ぅ……
そして、これが重要なのだが――同一の妖怪は、召喚できないという条件がある。これこそが、黒百合が公表に踏み切った最大の理由だ。
「“影”は同一の妖怪認定される。だからもう、藻女がいる限り“妖獣王”の本体は召喚できない」
■アッハイ
■……ええん? 貴重な枠、わざと潰したってことだけど
■まぁ、“影”でさえレイドバトルじゃレイドボス級だもんなぁ。本体とか出てきたら、“妖獣王”だけでレイドバトル蹂躙できちまうだろうし……
■ここでその選択すんのは、クロちゃんもクロちゃんやわ……オレならそんなチート、即使用してるわ
■ゲーマーやなぁ、本当
ゲームの主役はあくまでPCだ、NPCではない――例え有利を捨てようと、それだけは譲れない部分だった。
「クランのみんなにも相談して、了承は得た。ただ、私はこれの選択が無駄なことだと思っていない。私にとって、必要なこと」
黒百合は自然な仕草で藻女の頭を撫でながら、カメラ目線で強く語った。
「私の“妖獣王”からの呪いを解く方法は、以前言った。でも、私はそれだけだと思っていない。なにか、別のことで“妖獣王”と向かい合えないかと思っている」
三〇〇〇年の歳月を生きて、滅びを望む大化生。その想いを覆すためになにをすればいいのか、それはわからないけれど――。
「だから、話そうと思う。同じ言葉を持っているんだから、対話できる。相手の言葉を聞いて理解して、こちらの言葉を聞いてもらって知ってもらって。そうやって積み重ねて……その先に、なにかがあると思うから」
だから、一緒に冒険することを選びたかった、と黒百合は語る。表情は変わらない、ただその瞳だけが遠くを見ていた。
「生きてさえいれば、言葉は積み重ねられるから」
「――――」
そっと、藻女の小さな手が黒百合の頬を撫でる。それは渇いた頬を優しく、涙を拭うように触れた――金色の瞳は優しく細められ、微笑んだ。それに黒百合も微笑み返して、宣言した。
「これは誓いであり、覚悟と決意表明。私は私の答えを見つけてみせるって――」
「ふふん、わらわもいちばんちかくでみてやるつもりだぞ? かくごするがよい!」
■え? ちょっともう好感度高すぎね?
■三〇〇〇年モノの喪女だぞ。三回転半ひねりして、チョロくなってんだわ、こいつ
■エモいんだけど、藻女も「もじょ」と読めることに気づいてしまってもうあかん
■止めてやれ、止めてやれ……! それ、玉藻の前の伝承を知る者が一度は通る道だ……
■あ? 誰が喪女だと? このりあじゅうっぷりをよう見んか!
■ん? んん?
コメント欄の流れもそこそこに、黒百合は深呼吸をひとつ。改めて、藻女を頭に乗せた。ちなみに、きちんと髪飾りを増やし、普段SDモナルダが乗っている髪飾りとは別の髪飾りに乗せていた。
「とにかく、そういうこと。みんなには知っておいてほしいから、説明した。もしもホツマで妖怪と仲良くなってホツマ妖怪軍に所属したい人は私に連絡してほしい。手伝うから」
† † †
その頃、とあるゲーム会社のVRオフィスにて――。
「……あの手があったッスか。俺ら、思いつかなかったッスね」
「そもそも、あのSDよくうちのシステムと適合したなぁ。もしかして――」
「ご想像どおり、東扇大学製の学習型AIが基礎になってました。NPCAI担当部門は、面白い試みだって一発OKしちゃいましたから」
「あのクソ野郎、心底イレギュラーを楽しんでやがるな」
「でも、本当にあの子で良かったですね。悪用されたら洒落にならないクラン効果でしたし」
「そこは信頼してたがね」
「あー、そうッスね」
安西Pと後藤礼二、このふたりもまた根っからのゲーマーだ。だからこそ、ゲーマーである黒百合の判断には信頼をおいていた。
「ゲームってのは、本来の難易度で遊んでこそ楽しいッスからね。縛りプレイもRTAもやり込んだ後の楽しみ方っす」
「いいゲーマーってのはゲームバランスには敏感だからな。どう考えても、アレはエンドコンテンツ用のバランスってわかってるんだろうよ、あのアイドルは」
† † †
藻女「わらわはまだ、にかいへんしんをのこしておる。このいみはわかるな?」
正確には、二種類な?
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