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122話 勇者の迷宮5&“無茶”な思いつき

   †  †  †


「いいタイミングなのかどうなのか……」

「あはは……」


 壬生黒百合(みぶ・くろゆり)のぼやきに、ディアナ・フォーチュンは苦笑する。


「積層遺跡の一層目に、歌劇場があるなんて思わなかったですもんね」

「色々なシチュエーションで歌えるようにって配慮だと思うけど」


 クラン《ネクストライブステージ》のコンサートを、その遺跡でやろう――そういう計画が動いていたのである。ディアナがそれを黒百合に黙っていた理由もわかる、攻略に集中している自分の邪魔をしないように、だろう。


 完全に石造りの歌劇場は、驚くべきことに二〇〇〇〇人の収容が可能らしい。屋外型の歌劇場の舞台で「あ」の一音でハミングし、澄んだ歌声を響かせたディアナが目を輝かせた。


「すごいですね、声がどこまでも響いていくこの感覚……」

「ああ、形状的には古代ローマ帝国式だと思う。()()()()()()()()()()()()()()

「へぇ……そうな、ん……で……え?」


 途中まで黒百合の言葉に感心したように頷きかけたディアナが、目を丸くする。確か、世界史の授業で習ったことがある、とディアナは記憶を掘り起こした。


「古代ローマ帝国、ですから確か西ローマ帝国の消滅までですよね……確か、五世紀頃のはずだから……」

「ん、そう」


 ディアナの言う通り、中世ローマと別けるために古代ローマという分類があるのだ。その古代ローマの消滅が五世紀後半――単純計算で一六〇〇年前だ。同じく無人の劇場に立つ黒百合は、驚くディアナに解説を続けた。


「ローマ帝国時代の屋外劇場は、音響効果まで考えられて設計された一世紀ごろの建造物。一度、地震で壊れて後に再建された遺跡が、今でも時折ステージとして使われているらしい……すごいよね」

「なら、それがモデルなんですかね」

「多分。こういう遊び心はアルゲバス・ゲームスの一八番(オハコ)


 ゲームを遊んでいると、意外な歴史ネタや神話伝承にぶつかる。そういうのを調べるのも楽しいゲームメーカーなのだ。


「悪いけど、私は――」

「大丈夫ですよー。ここで演歌は雰囲気的に合わないですもんね」

「……バラードでも音程が、難しい」


 スン……と瞳の輝きを失う黒百合の頭を、ディアナが撫でる。黒百合の中の人、坂野九郎(さかの・くろう)は歌えないわけではない。ただ、ボイスチェンジャーのせいで音程を合わせるのに、もう一段階調整が必要となり通常の倍の労力がいるのだ。

 むしろ、なぜ演歌はあそこまで歌えるのだろうか? 冗談で歌ってみたらカチっと合わさったとしか言いようがないので、自分でもわからない。他のジャンルで再現しようと頑張ってはいるのだが……。


「今回はサイネリアさんとかもゲスト出演してくれますし、例の話のことも進捗がありますから」

「……ああ、アレ」


 後発、ネクストライブステージのエクシード・サーガ・オンラインデビューのバーチャルアイドル配信者二期生の話だ。どこに目と耳があるかわからない、内容が内容だけに黒百合は秘匿回線で問いかけた。


“黒狼”:『あれ、結局どのくらい進んでる?』

“銀魔”:『まずは募集とオーディションですね。特に、運営側から釘を刺されているのはある程度ゲームの腕前らしいですから』

“黒狼”:『そこは相変わらずかぁ……』


 アルゲバス・ゲームス、特に安西Pはそこだけは譲らないだろう。特にディアナが思わぬ方法でアイドルとしての攻略を体現しただけに、ハードルは上がっているかもしれない。


「とにかく、みんなはこっちの練習を優先してくれていい。私の方はコンサートが終わったら、攻略にいつでも移れるように準備は整えていく」

「はい、そっちはお願いします」


   †  †  †


 予定外に考える時間が生まれた、と黒百合は思うことにした。アイドル活動に関しては本気で手伝えないのが心苦しいが、最近はそこはそれと割り切るようにしている。


(……ディアナが喜んでるっぽいからなぁ)


 元々、ディアナは責任感の強いタイプだ。頼るより、頼られたいのが本音なのだろう。だから、頼れる部分では頼った方がいいかな、と思うようになっていた。

 これを壬生白百合(みぶ・しろゆり)やエレイン・ロセッティに言おうものなら、苦笑すること間違いなしだ。なにせ、それは黒百合にも通じるからだ。そういう意味で、互いに得意分野が違う黒百合とディアナは相性がいいのだろうが……。


(みんなが歌の練習をしている間に、私は何回か攻略配信はやっておかないと――)


 しかし、黒百合は自分ひとりで配信してしまうと中等学校用の教育番組のようになってしまう自覚があった。ようは解説と実践、実際に役には立つだろうが面白みがあるかと言われると首を捻る配信になってしまうのだ。


「……どうするか」


 こうなると本当に、みんながいてくれるのがありがたいと身に染みる――そう思っていると、カタカタと“妖獣王(ようじゅうおう)黒面(こくめん)”が揺れた。自分がおるぞ、と主張するような黒面に、とりあえず面を抑える。


「はいはい」


 配信動画をよく見ると、意外に黒面は表情豊かだから困る。SDモナルダが乗っていたりすると、自分の顔より頭の方が賑やかだったりして複雑だ。


「ホツマにも行かないとな……」


 目の前に次々と問題が飛び込んでくるので、黒百合としてはホツマ到達は後回しになってしまう――自分の中で、“妖獣王(ようじゅうおう)”への答えが出ていないというのも大きいが。


「SDモナルダと違って、お前とは話せないから――」


 ん? とそこで黒百合は考え込む――なるほど、()()()()()()()()、と黒百合は考え込む。自己判断すべきことではないため、色々とクリアしないといけない問題はあることだが――。


「駄目元で、相談してみるか」


 黒百合はそう言うと、最初にすべきことをするためにログアウトした。


   †  †  †


 ハンドルネームあかつきゆうひは、CGデザイナーである。


「え? 追加でクロちゃん用に?」

『はい、急にで悪いんですけどできますかね……?』


 VRオフィスでゆうひが受けた通話相手は株式会社ネクストライブステージ代表取締役兼マネージャー、牧村(まきむら)ゆかりだ。彼女がバーチャルアイドルのころから、CGデザイナーとして裏方で支えてきた間柄である。

 今もネクストライブステージ所属の多くのバーチャルアイドルは、彼女の手によるものだ。


「コッチは得意分野ですし……サンプルから選んでもらえるなら、すぐに終わりますよ? いつぐらいに指定もらえます?」

『……えーと、ですね。それなんですが――』


 歯切れの悪いゆかりに、目の前に急にウィンドウが開く。その指定に、ゆうひは野暮ったい眼鏡の下で目を丸くした。


「もう指定まで終わってるんですね。しかも、わたしが使ってる指定方法でここまで細かく――」

『これ、クロちゃんがやってくれたんですよ……』

「へぇ、すごいですね」

『ちゃんと勉強しててくれたみたいで……ちょっと頭が上がらなくなりそうです』


 会社レベルどころか、CGデザイナー個人レベルで発注や指定の仕方、癖が違うのがこの業界だ。それをわざわざゆうひに合わせてくれたあたり、黒百合の中の人は裏方にも向いているかもしれない――。


「……ゆかりさん、クロちゃんのことがっちり逃がさないようにしておいた方がいいですよ、これ」

『クロちゃんが裏方に来ちゃったら、私のやることなくなりそうで怖いんですけど!?』

「経営に集中できると思えばいいじゃないですか」


 実際、CGデザイナーの卵である年上の同級生との交流経験から至った気遣いなのだが、そのあたりの事情は無視してもゆうひはとても助かる。


『どのぐらいでできます?』

「この指定なら、明日の朝には納品できますよ」

『はい!? もう夕方なんですが……早くありません!?』

「わたし、CGは基本パーツの組み合わせで組み上げる手法ですし、ここまで細かく指定してくれると迷わなくてすみますから」


 黒百合が思いついた()()を行けると思った理由もそこだ。以前、黒百合と白百合を色違いとはいえ二日で仕上げたゆうひの作成速度の秘密もそこである……それがわかるからこその、黒百合の思いつきだ。


「二期生のデザインする時は、クロちゃんも混ぜて打ち合わせしません? そうすると助かります、わたしが」

『あ、うん……』


 ぜひ、と勢い込むゆうひに、ゆかりは遠い視線で頷いた。ごめん、ゆかりさん……わたしの作業効率のために、プライドを捨ててください――そうゆうひは心の中で合掌した。


   †  †  †

無茶な思いつきとはなんなのか……次回へ、つづく。




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― 新着の感想 ―
[一言] 今後は苛烈なクロちゃんの頭上争奪戦が始まる!
[一言] ちびきゃら化したボス連れてく気か……
[一言] ついにアイツがボディを手に入れてしまうのか……? 本体よりも騒がしい! キレれるよ、キレてるよ! 頭にちっちゃいイクスプロイット・エネミー乗せてんのかい!!
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