121話 勇者の迷宮4
† † †
(……なるほどなぁ)
坂野九郎は自室でVR機器ごしに確認した動画を見て納得した。
「このプレイスタイルじゃ、かち合う訳だよ……」
あのジークという配信者の動画は、一部考察サイトにも引用されている。初めてレアエネミーやボス級のエネミーと遭遇することは、運だけの問題ではない。
「わざわざ、人が行かない場所に突っ込んでいくのか」
九郎が感心する。例えば、タナトス大樹海で樹飛竜に遭遇した時など、誰よりも先へ奥深くに踏み込みばったりと出会っている。他の例を見てもヴラドの時は街の結界の異変に気づいて現場へ向かっているし、他のレアエネミーにしても横道に逸れることなく誰よりも先へ進んでいた結果、というのが大きい。
こう言っては大袈裟だが、彼のプレイスタイルは誰よりも冒険と呼ぶのにふさわしい。脇目も振らず進んでしまったからこそ起きる“事故”、運だけではなくそういうプレイスタイルの結果が、『出オチ配信者』という地位を確立させたのだ。
(嫌いじゃないんだけどな、こういうスタイル)
ただ、ジークという配信者に足りないのは不慮の事態に対する対応力とその準備だ。ただ突き進むことを目的としてしまっているために、実際に遭遇した時に慌ててしまって実力の半分も出し切れていない。
最近は逃げることも覚えたようだが……正直、彼のプレイヤースキルと合っていない。
(あんまりにも出オチを繰り返しすぎて、見失ってるっぽいよな)
逃亡用のアイテムを使い、一目散に逃亡する――それで逃げ切れる相手ならいい。だが、ヴラドやあの四層で遭遇したエネミーのように優秀なAIを持っている場合、まっとうすぎて、対応されてしまうのだ。
(エクシード・サーガ・オンラインの優秀なAIは、へたなPVP並に最善手を打ってくるからなぁ。そのあたりとの噛み合いが悪いんだな)
PVPの駆け引きとか、格闘ゲームのじゃんけんと同じだ。相手の手を読むか、相手の手を限定させるか、どちらかの対処が重要になる。もちろん、この前者と後者に優劣はない。正解不正解ではなく、プレイヤーのスタイルによってどちらに適正があるかで大きく変わる。
(このジークってプレイヤーの場合、後者だと思うんだけどなぁ……)
逆に逃げを最初に打つようになってしまったから、エネミーが手を選び放題になっているのがつらい。純粋なプレイヤースキルなら全プレイヤー中で中の上程度の腕前はあるだろうに、現在はそれがまったく活かされていない……そこがもったいないな、と思う。
とはいえ、九郎としてはそれをアドバイスできる立場にない。壬生黒百合という立場でも、すべきことではないだろう。ジークの配信動画の再生数は、最初の蚩尤の動画で数十万再生を記録した以後、数千台から一桁万台に再生数に落ち着いている。今、残っている視聴者の中の一部も、彼が人の話を素直に聞くタイプでないと察して放置している節もコメントから見られた。
(自分で気づくかどうかで、もう一段上に行けるかどうかってとこか)
やはり、評価はそこに落ち着く。先へ先へと冒険する姿勢は好ましいので、そこだけは変わってほしくないのだが――。
「それにおかげで、四層のボスが何者なのかわかったしな」
黒百合たちは、ただ横合いから割り込んだだけなのでわからなかったがジークはシステムメッセージであの銀色の巨躯が何者なのか掴んでいた。
「魔神アモン……確かに、特徴はちゃんとそうだったな」
† † †
イクスプロイット・エネミー、アモン――間違いなくネビロスやレライエと同じく、あの積層遺跡を守護するアークデーモンの一柱だ。
ヘルムの梟や蛇の尻尾など、なるほどアモンに共通する要素はデザインにも散りばめられていた。
(つーか……手応えからすると、レライエより確実に強いよな、あいつ)
正直、英雄回廊:ホツマで戦った物理最強の大嶽丸よりいくらかマシ程度でしかなかった。魔王や獣王の“影”相手なら、勝つ可能性があるイクスプロイット・エネミーだ。
(“妖獣王”の本体は、まぁ、桁は違ったみたいだけど……)
あの時出現した“妖獣王”直下の百鬼夜行――あの一〇〇体の精鋭たちに混じっても、アモンは上位ではないだろうか?
「戦えば強いのはアモン、厄介なのがレライエか……」
少なくともあの二柱のアークデーモンを同じ土俵で語るべきではないだろう。レライエとの去り際、ネビロスが言った言葉から、おそらく積層遺跡ではレイドバトルもあるはずだ――そうなると、つくづくあそこでレライエを倒せなかったのが痛い……。
「――うし、切り替えよう」
思い出すと、やはり腹が立つ。レイドバトルで確実に始末すればいいだけだ――そう自身に言い聞かせて九郎は切り替えると、改めてSDモナルダが撮ってくれた自身とアモンの数合の戦いを確認した。
「単純に攻撃力と防御力が高くて、素早い。小技も使えて、それで状況を覆すだけの技術があるって……純粋に強いとしか言えないな、これ」
特に指弾、あれが厄介だ。ただの指弾なら威力が低いことを考えれば、そこまで驚異ではないのだが――。
「……ここか」
九郎は、動画に集中する――『ゾーン』を用いた観察。特に注目したのは、アモンが見せた拳を握るという行為だ。この時、親指を人差し指の内側に握った時、指弾になる。溜めなしの威力よりも命中と速度、距離に重きを置いた攻撃だ。
だが、これが人差し指の外側に置かれ握った場合、ただの握り拳になる。身体能力を活かして一気に間合いを詰め、威力重視の拳打――これを喰らえば、致命傷になりかねない。
「……タチが悪ぃ」
親指の位置、そこ以外に見切れる場所がないのだ。この二択はひどく九郎というよりも黒百合と相性が悪いのだ。
(あの駄狐が……)
黒百合の“黒面蒼毛九尾の魔狼”にはHP消費という維持コストがある。長時間戦い、残りHPが1の時にでもあの指弾を食らってしまえばそれで終わってしまうのだ。
今までは、あそこまで予備動作が存在しない敵はいなかった。それこそ防御を軽々とブチ抜いてくる大嶽丸ぐらいしか、相性が悪い敵はいなかったのだが――。
「なにか対策がいるなぁ、これ」
九郎がそう考え込んでいると、不意にノックの音がした。時間を確認する――二三時を少し回ったあたりか、ノックの位置と時間で誰か判断した。
「いいぞ、入って」
「うん」
ガチャ、とドアを開けて入ってきたのは、お盆にコーヒーカップをふたつ乗せた坂野真百合だ。自然な動作で九郎にコーヒーカップを手渡し、真百合は自分の分を手にクッションに腰を下ろした。
「四層で会ったっていうイクスプロイット・エネミーのこと、調べてたの?」
「ん? ああ、まぁな」
「本当に真面目よねぇ」
九郎がゲーム内で策を出せるのは、ゲーム外できちんと対策を練っておくからこそに他ならない。思索し、研究し、幾度となくシミュレーションを繰り返した上での策だ。
以前、神聖都市アルバで黒百合のことをプルメリアは天才ではなく秀才と感じた。それは間違いではない。このような小さな試行錯誤を行なっているからこそ、いざ実戦で活用できるのだ。
「ディアナさんが“聖女の守護者”に挑戦した時も徹夜で考えてたもんね」
「あー……」
「わかってるって。言わないよ」
そういう苦労を見せてしまうと、気に病まれる――そう思うからこそ、九郎はあまりそういう部分を他人に見せようとはしない。さすがに一緒に住んでいる真百合に隠し切るのは無理だから、諦めているのだが。
「オレも好きでやってることだしなぁ」
それだけは、掛け値なしの本音だ。さすがに楽しいと思えなければ、こんな面倒なことはしない。そこに嘘はないのは真百合にもわかるのだが――どうにも無茶をしかねないので、こうして彼女は時折顔を出すようにしているのだ。
「で? 対策は練れた?」
「ソロじゃきつい。それだけは確かだわ」
コーヒーをすすり、九郎はそう答える。ソロでなければ、いくらか対応策はある――例えば、カラドックにタンク役を頼めばあるいは対応しきれるかもしれない。後は優秀な回復役がいればなのだが、そっちは望みは薄い。なにせ、アモンの指弾に回復役が狙われるとフォローが難しい。
「ま、今は迷宮でみんなが装備とドロップ品集めに集中してるからな。もう少し詰めてみるさ」
「そっか。ま、みんな頼めば力は貸してくれるんだからそこは頼ってね?」
「おう」
もちろん、あたしも――そう言う真百合に、九郎は素直に頷く。それからしばらく、動画を確認する九郎の姿を、飽きもせずに真百合は眺めていた。
† † †
下準備の苦労も楽しめる、そういう遊び心がゲームには重要だと思います。
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