120話 勇者の迷宮3
† † †
――自分はどうしてこういう星の元に生まれたのだろう? そうジークは思った。
(ケチがついたのは、初日だよなぁ……)
エクシード・サーガ・オンライン公式サービス初日、“序列第二位魔王尸解仙蚩尤・影”と十三番目の騎士との戦いに始まり。逃げるように西へ行けば樹飛竜に最初に遭遇、松ぼっくりに爆撃され。とんぼ返りして神聖都市アルバに行けば高位吸血鬼に遭遇し蹂躙され――。
(せっかく、ここでは無難にいれたのに……!)
とにかく大物と出くわしては殺され、配信をする度にそういう遭遇をするものだから、知る人ぞ知る『出オチ配信者』としてひっそりと名前が知られ始めていたジークである。
■配信せねば殺されまいて……
■またか、またか、あんた……
■いい加減に学ばんのかよ……
■ここまで来ると芸やなぁ……
少なくとも残った視聴者も慣れたもので、待っていましたとばかりお通夜の空気である。しかし、ジークは諦めていなかった。
「まだ、まだだ……! まだ、負けてないだろうが!」
■お、主人公っぽい!
■がんがれー、ジークーん
■フラグ一丁入りましたー
ジークは長剣を抜くと、目の前のエネミーから転進する――ようするに逃げ出した。
『――――』
エネミー、梟を模したヘルムが特徴的な銀色の全身甲冑――体長五メートルほどの巨躯だ。ジークが投擲する閃光玉や煙玉という逃亡アイテムに視界を邪魔されながら、その巨躯は一歩前へ出る――。
「うお!?」
ゴォ! とジークの眼前で壁に大穴が開く。理屈はわからない、魔法か飛び道具か。逃亡アイテムのおかげで狙いが甘くなったのが不幸中の幸いだ。ジークは投擲武器を叩き込みながら、必死に後退した。
「死んでたまるかあああああああああああ!!」
ジークの全力疾走。とにかく、死にたくない。そう思えるぐらいに死んできたのだ。
だが、現実は非情である。床を砕きながら踏み込んだ巨躯が、たった一歩でジークに追いついた。
「またかぁ……」
■乙……
■おかしい人を亡くした……
■大丈夫、次もあるさ(死なないとは言ってない)
コメント欄にツッコミを入れる気力も残っていなかった。もっと、格好良く戦って称賛される……そんな未来を夢見たというのに。ジークは諦め顔で笑い――。
「前に跳んで」
「――!?」
その言葉に反射的に従って、ジークがゴロゴロと通路を転がる。その瞬間、ゴォ!! と飛んできた首なしの大鎧が銀色の巨躯と激突した。
「こっちじゃ!」
「ひいい!?」
ジークは鬼娘の呼び声に、這うように曲がり角に飛び込む――それを見て、視聴者がコメントした。
■あ? あれ、クロちゃんじゃね?
† † †
(マジ、か……!?)
思わず素の坂野九郎の思考で、壬生黒百合が目を見張る。ミシミシミシ……と、ぶつけ合った右肘、互いの突進を止めあった黒と銀の巨体同士であったが、装甲が悲鳴を上げたのは黒百合の大鎧の方だった。
――大嶽丸ほどではない。だが、この銀の巨躯が誇る純粋な膂力は蚩尤の影より確実に上だ。
『――シィ!』
強引に、銀の巨躯が黒百合の大鎧を力づくで吹き飛ばす! 大鎧を蒼黒い狼頭を残して五本の尾に分解、黒百合は空中で身をひねりながら着地に成功した。
「退いて。これは、抑え切れない――!」
『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
狼頭の咆哮による衝撃波、銀の巨躯を足止めするのと同時に踏ん張らず自身が吹き飛ばされることを黒百合は選択。距離をあける――その瞬間、黒百合の右肩にダメージエフェクトが出た。
(な、に――ッ!?)
黒百合の『ゾーン』が、その正体を見た。銀の巨躯、その右手の親指が魔力を溜めて弾いたのだ。指弾、そう呼ばれる技である――全身甲冑であるため筋肉の動きも読めず、加えて予備動作などないに等しいソレは、ある意味でレライエ以上の“魔弾”であった。
(でも、威力が低い)
かすり傷だ、ポーションで回復しながら黒百合は後ろへ跳ぶ。少なくとも、付き添いとして三人がいる状況で戦っていい相手ではないと判断、逃げの一手を選んだのだ。
ドドドドドドドン! と連続で放たれる指弾。それを黒百合は三本の尾による壁で受け止め――即座に、巨躯が繰り出す蹴りと拳で粉砕された。
『――ム』
銀の巨躯は、見る。一瞬視界を塞がれた、その間に黒百合が尾による槍を投擲していたことを。巨躯はそれを真っ向から拳で粉砕――そこで、視界を埋め尽くす煙が溢れ出した。
『――逃シタ、カ』
それ以上、銀の巨躯は追おうとは思わなかった。その蛇に似た尾を振りながら、巨躯は言い捨てた。
『アレガレライエヲ撃退シタ英雄カ。面白イ』
ならば、ここで待っていればまた戦うこともあるだろう――なにせ、この第四層を超えるには、自分を倒す必要があるのだから。
† † †
「な、なんじゃあ……アレ……」
十六夜鬼姫がドっと襲ってくる疲労に唸った。迫力が明らかに他のエネミーとは違った――それに遅れてやってきた黒百合が答える。
「多分、あいつもイクスプロイット・エネミー」
「あ、黒百合さん。大丈夫ですか!?」
「ん、大丈夫。ありがとう」
プルメリアが手早く回復アーツを使用してくれる。それに礼を言うと、黒百合は改めて頭の上を見る――SDモナルダが撮影用の球体を抱きしめていた。
『だいじょうぶ、ばっちりとれてるぞ!』
「さすが。後で、確認しよう」
黒百合は改めて、へばったままのジークを見る。かなりショックだったのだろう、茫然自失としていたジークに、問いかけた。
「……そっちは無事?」
「ん、あ……なんとか」
■死ななきゃ安い安い
■死に戻りできん分、手間なぐらいだわ
「あ、配信中だった? ごめん」
邪魔をしてしまったなら悪いことをした、と謝る黒百合にジークは首を左右に振った。よろよろと立ち上がり、ジークは気まずそうに顔をしかめた。
「……助かった。一応、礼を言う」
■この子、素直じゃないンスよ
■中二病真っ盛りだから許してちょうだいね?
■一応とはいえ、礼を言ったのは進歩やわぁ
「うるさい」
コメント欄もその態度には慣れっこのようだ。少なくとも、ネタにされる程度のひねくれ具合のようだ……なら、問題はないだろう。
「私たちも一度戻ったほうがいいかもね。またアレに遭遇するのは勘弁だわ……」
「ワシらじゃ戦力にならんじゃろうからなぁ」
ベイオネットの提案に、鬼姫も同意する。黒百合も、あの指弾が自分以外を狙われたら確実に対処できるとは言えない――その方がありがたい。
「近くに門がある、そこから戻る……そっちは?」
「……こっちはこっちで、勝手に帰るよ」
訊ねる黒百合に、ジークは憮然とした表情で返す。バーチャルアイドルなんかに助けられた――そう複雑に思っているのは目に見えていた。だから、黒百合もそれ以上口は挟まなかった。
フラフラと歩き出したジークを見送って、黒百合は三人に改めて向き合う。
「今回はこれで終わり。また、なにかあったら配信外なら手伝う」
「……大丈夫でしょうか? あの人」
プルメリアがそう心配する程度には、ジークの腕前には不安が残る。それでも、黒百合は首を横に振った。
「これ以上は彼が求めていないなら口出しするべきではない」
「そうじゃな。パーティを組んでいる訳でもないしの」
「自主性は尊重しないとねぇ」
危ないところを助ける、それだってギリギリラインだ。特に配信をしていたなら、ゲストでもないのにあまり配信者の見せ場を奪うような真似をすべきではない――などという理屈は別にしても。
(……あれは男として格好つかないとか、そういう方向だろうしな)
九郎は、ひとりの男としてその気持ちがわからないでもない。だからこそ、触れないでやるのが優しさだった。
† † †
これもまた、ひとつの配信芸である。ある意味で、ジークんはもってます。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。