14話 私の夢の叶え方(後)
流れ出すBGMは、ディアナ・フォーチュンにとって……いや、そうなる前の彼女にとって思い出深いオリジナル曲だ。
「――誰かが言った
明けない夜はないと、醒めない夢はないと」
ディアナは歌いながら、ステップを刻む。リズムに合わせて生み出されるのは、五本の魔法の矢――《マナ・ボルト》だ。
「もう起きないとと、現実が私を追い立てて」
ヒュガガガガガガガ! と放たれた五本の《マナ・ボルト》。一発の重みは、かつての長杖の方が高かったろう。しかし、確かに石像の素材である黒曜石の表面を削った。
『アーツ、《マナ・ボール》』
“聖女の守護者”が振るった長杖は純粋な魔力球を放ち、ディアナの頭上で破裂させた。その爆風が、爆圧が、ディアナを襲う――HPのゲージを視界の隅で確認しながら、ディアナは歌い続ける。
「まだ起こさないで、この微睡みの中にいたいから――っ」
■うっわ、すっげえ透き通った声だな……
■え? なに、歌いながら戦えるん!? 地味に新発見じゃね?
■つか、アーツって普通に音声入力じゃなくても発動すんのな
『思考入力がある。ただ、音声入力の方が確実なだけ』
■あ、そっか。思考入力ってノイズが入りやすいんだっけ?
解説の壬生黒百合の説明に、コメントでもまったく想像していなかった戦闘法に驚きの声が満ちていく。
「私の夜は明けていないの、ほら見えるでしょう? この星空が
私の夢は醒めていないの、ほらわかるでしょう? 胸の鼓動が」
ディアナの歌声が響く中、互いの魔法が炸裂する。魔力の矢が突き刺さり、魔力の爆発が巻き起こり、炎が周囲を飲み込み、風が断ち切る――魔法使い同士の、足を止めての魔法の激突が繰り広げられていく。
『…………』
実況のはずの壬生白百合は、無言で横目で黒百合を見た。黒百合の口が、本当に小さく動く。たったの四文字――その口の動きは、『妹』には見慣れたものだった。
――頑張れ、と。
『…………』
油断すれば、白百合の口から『まったく』という呆れの言葉が出てしまっていただろう。そうなれば、いつも自分に向けられていた言葉が別の誰かに向けられたことが少し悔しくて寂しいことを、隠せないだろうから、と。
ただ、そんな想いを差し置いても――今は、ディアナの歌を聞きたいと心の底から思えた。
† † †
「……歌、ですか?」
「そう」
それがディアナが自分たちに勝る点だ、と黒百合は語った。
「ディアナは、DPSって知ってる?」
「ディーピーエス……確か、ゲーム用語で時間あたりのダメージでしたっけ?」
「そう、DPS。ようは特定の時間内にどれだけのダメージを与えられるか」
それはまだVRが未成熟であったMMORPG時代から存在する概念だ。そして、それは現代のVR全盛の時代でも脈々と受け継がれている。
「このDPSを事前に計算できれば、一戦闘の最善行動が割り出せる」
「え!? そんなこと――」
「できる。なぜなら、PCと同じ初期武器を持った“聖女の守護者”が出現することになっているから」
ディアナが、あっさりと言い切った黒百合の言葉に息を飲む。これは完全なゲーマーの思考だ。ジャンルによって着眼点が違うのが当たり前で、ゲームに特化した思考をしていれば、たどり着くのは難しくない答え。
そして、それを理解しているからこその相手へと一歩踏み込んだ解決法だ。
「戦闘の流れを単純にディアナに教えることはできる。でも、それだと失敗すると思う。ディアナには処理しきれないから。だから、逆転の発想。ディアナの得意分野に変える」
ようは、アクションゲームをリズムゲームに変える――黒百合の案はこうだ。
「ディアナのすべきことを、すべて歌のタイミングに合わせる。ディアナの攻撃、回復、そして奥の手。歌のどこでそうすればいいかを事前に決めておく」
「…………」
……理解できないほど、もの凄いことを言われた……気がした。ガツンと見えない拳で後頭部を殴られたような、クラクラする感覚。この目の前にいるのが、ゲーム好きだという考えが間違いだった。
ただのゲーム好きではない、大のゲーム好きなのだ。
だって、そうでなければ説明できない。ここまでしてくれる理由が、他にあるだろうか……ある、と言われたら――勘違いしてしまいそうだ。
無意識にディアナが問いかけそうになった、その時だ。『救いの手』が、ふたつ現われた。
「あ、見つけてきたよ―クロ!」
「感謝しろー、大変だったんだぞ―!」
白百合とエレインが、やって来たのだ。エレインの送ってきたメッセージ、その曲名にディアナは目を丸くする。
「これって……」
「うん、クロは歌とか音楽は得意じゃないから。言われた時間内の曲をあたしたちが探してきたの」
「ディアナんが作った曲だから、思いっきりできるだろ!」
白百合とエレインの言葉に、肩から力が抜ける。どうして抜けたのか、ディアナは自覚できなかったけれど。
「歌は、得意じゃない……むしろ、エレインが得意だったのが意外」
「ふふん! ワタシは歌って踊れて戦える! 最強可愛いアイドルだかんな!」
タタン、とステップを刻んで一回転。ツインテールをなびかせて、エレインがポーズを取る。
「ん」
それに黒百合が素直に頷いた。そのあっさりとした返答に「ふにゅ」とエレインは、口から奇妙な声をこぼしてしまう。
「? ??」
なぜか顔が熱い、とエレインが自分の両の頬をこねまわす。それを見て、白百合は半眼した。
“白狼”:『――兄貴、やっぱ黙ってたほうがいいかも』
“黒狼”:『あん?』
秘匿回線で久しぶりに聞いた坂野真百合の氷点下の声色に、坂野九郎が返した、その時だ。
「教えてくれますか? クロちゃん」
真剣な表情で、ディアナが言った。それに黒百合は視線を真っ直ぐに返す。
「後、三日。難しいと思うけど――」
「問題ないです」
黒百合の言葉を遮ったディアナの口調と声色は、さきほどまでとは違った。そこには、確かな自信と決意に満ちていた。
「歌のことなら、一日だって必ず憶えてみせますから」
† † †
――これしかなかった、とは言わない。
「キミが言った
この手を取ってと、明日へ連れて行くから」
ディアナがHPポーションを使用、回復する。
「だからね私も、キミの手を取ってこう言うの」
ディアナによって繰り出されるのは《ウィンド・ランス》、風の槍が“聖女の守護者”の胸部を刺し貫いた。それに一秒遅れ、“聖女の守護者”は黒曜石の杖を掲げる。
『アーツ、《フレイム・ウェイブ》』
炎の壁となって立ち上がり、津波のようにディアナを飲み込んだ。基本、“聖女の守護者”が使ってくる魔法は範囲攻撃だ。一撃の威力は低いがだからこそ回避は困難で、単純な魔法の撃ち合いに持ち込まれる――想定の範囲内だが、これを戦闘と意識していればどこかで焦りが出ただろう。
例えばHPポーションとAPポーションを取り間違えたら? もう先程の魔法で倒されていただろう。
「一緒に行こう、夢はきっとどこでも見れるから――」
■なにを見せられてんだ? 俺ら……
■ちょっと鳥肌ヤバいんだけどっ、え? これ殺陣とかじゃないよな
■事前にお互いなにをやるか決まってるって? お前、アルゲバル・ゲームスやぞ?
■なんだ、その有無も言わさぬ説得力!?
■多分、DPSから最適解を導き出してんな、これ。クローズドβの情報とかである程度“聖女の守護者”の行動パターンやデータ、把握してんだろ?
■いやいやいや! 無茶苦茶だろ!? それ、歌う意味ないじゃん!?
■あるんだよ、歌じゃないといけない理由が。あのアイドル、アクションゲーをリズムゲーに変えやがった。自分の苦手分野から、得意分野に持ち込みやがったんだ。
(……お?)
チラリ、とコメントに現われた野生の解説者に九郎が感嘆の声を漏らす。正解だ、だからこそどこまで正解か続きを聞くことにした。
■お前らだって苦手なことやらされんのと得意なことやらされんの、テンション違うだろうがテンション。最高に気分がノってる時ってのはよ、余計なこと考えないぐらいガンギまりすんだろ? その精神状態が重要なんだよ。
野生の解説者は、立て板に水といった感じで淀みなく言ってのける。
■絶対にミスんねぇぞ? あのアイドル。得意満面に最高にハマってる顔見てみやがれ、この世で一等自分が楽しんでるって顔だ。そんな自分がミスを? んな訳ねぇだろ。おっかなびっくりの楽な苦手分野より、自信満々の難易度激ムズな得意分野の方がハマるし成功したら最高に気分いいだろうが!
まったくよぉ、と満点の正解をした野生の解説者は小気味いいと言いたげに笑い顔が見えそうなコメントを残して消えた。
■――あんな楽しそうなツラァできんなら、最初から見せろってんだよ、アイドル。
その時、歌はサビの部分に差し迫る。
「目を開けて、目を開けて
そこにあるよ、ずっと」
リズムが変わった。常に先手を打っていたディアナが、この戦いで初めて後手に回った。
『アーツ、《マナ・ボール》』
「手を取って、手を取って
ここにいるよ、ずっと」
ドォ! と歌声をかき消すほどの爆音が轟いた。純粋な魔力の爆発、だが、その爆風が散らされる――今まで使わなかった左手の短杖を用いたアーツ《マナ・シールド》。ダメージ軽減の魔法だ。
「夜が明けても、醒めない夢が」
そして、わざと後手に繰り出された《マナ・ボルト》が“聖女の守護者”を削る! だが、攻撃魔法のリキャストは同時間。一度後手に回れば、それを取り返す手段は――。
(まさか、この曲だとはなぁ)
ディアナはこの状況で、笑みをこぼす。この曲はネクストライブステージの書類審査と一緒に送った、彼女のオリジナル曲だ。
本当に、出来すぎている。だって、この曲のタイトルは――。
「Seize your dream.(キミの夢を掴んで)
それが私の夢だから――!」
その瞬間、“聖女の守護者”の動きが鈍くなる。その意味に気づいた者が、コメントで声を上げた。
■《スロウ》!? そうか! 相手の動きを遅延させるデバフか!
アーツ《スロウ》、一定時間相手の動きを遅延させる効果を持つ魔法だ。それは移動速度や攻撃速度、もちろんアーツのリキャストタイムも含まれる。
■あ、あああああああああああああああああああ!? そっか、それなら後からでも攻撃が間に合うのか!
■いや、そんなんあったら先に使えばいいじゃん!
■バッカ! 何度も使ったらAPが保たねぇよ! APポーションの回復量を超えるっての!
■完全な詰将棋だろ、おい! 確か後手の分のダメージでゲージがこんだけで――。
■おいおい、そんじゃあマジで!?
正解にたどり着いた視聴者たちに答え合わせをするように、そのシステム音は高らかに宣言した。
《――エクシード・サーガゲージが、満たされました》
《――“聖女の守護者”は、称号《英雄候補》並びに《英雄》を所持していない状態での通常攻撃では倒せません》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》の使用条件が開放されました》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》は、アーツや通常攻撃に合わせ発動。単体対象に特大ダメージを与える《英雄》用アーツです》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を使用した攻撃で、“聖女の守護者”のHPを0にしましょう》
《――英雄よ、古き英雄譚を超えていけ》
後手に回した《マナ・ボルト》分のダメージ量と時間経過で、エクシード・サーガゲージが貯まりきり――。
『『『いっけー!!』』』
解説の黒百合と実況の白百合、そして二個目のケーキに手を伸ばしていたエレインが届かないとわかった上で叫ぶ。
言葉は届かなくても、想いは届くと信じているから。
「――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》」
ゲージ最大による《超過英雄譚》を乗せて、風の槍が放たれる。貫く嵐となった《ウィンド・ランス》が“聖女の守護者”を、文字通り粉砕した。
† † †
《――リザルト》
《――チュートリアル:英雄の試練、クリア》
《――聖女の試練を乗り越えたPCディアナ・フォーチュンは称号:《英雄候補》を獲得》
《――偉業ポイントを一〇獲得》
《――アイテムドロップ判定。守護者の長杖、守護者の核、ウィッチソウルを取得》
《――クリア報酬五〇〇サディールを獲得》
《――リザルト、終了》
† † †
やせいのかいせつしゃがあらわれた
やせいのかいせつしゃはにしゅうれんぞくドンペリをあけた
ぶかにおこられた
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