119話 勇者の迷宮2
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――積層遺跡都市ラーウム・第四層迷宮はデーモンとアンデッドの巣窟である。
特にデーモンはエクシード・サーガ・オンラインにおいて、地・水・火・風の四大精霊と同じく魔属性に属するアストラル生命体が受肉した存在だ。対となるように聖属性のエンジェルが存在するが、こちらはあまりにも数が少なく神々を失ったこの世界においては滅多に目撃されない――それに対して、デーモンは四大精霊ほどではないが普通に見られるエネミーである。
ファミリアの対象である小悪魔と呼ばれるインプから始まり、レッサー、デーモン、グレーター、アークと進化。特に魔神と呼ばれる高位悪魔も属するアークデーモンは魔王や獣王に次ぐ、大妖怪である大妖や真なる竜の直系たる真竜、妖精郷の主たる妖精王に匹敵する存在とされている。
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迷宮を進みながらプルメリアが解説するデーモンの設定に、みんなが耳を傾けていた。
「ようは、アークはそれこそラスダンでワンダリングするようなエネミーで、グレーターでも無茶苦茶強いってことじゃろ?」
十六夜鬼姫の言いようは身も蓋もないが、わかりやすい。プルメリアもそれに頷くしかなかった。
「RPGで言うなら、そうかもですね」
「ん、アークは後半のダンジョンでボスとかにいるタイプ? グレーターはそのあたりのダンジョンで遭遇するタイプだと思っていい」
「……そう考えると、私たちってこんなところにいていいのかな?」
補足するように付け加える壬生黒百合に、ベイオネットは不安げに言う。それに黒百合は、小首を傾げて言った。
「急に敵が強い場所に紛れ込んで『あ、ここは今来たら駄目なところだ』ってなるのは、オープンワールドの醍醐味」
「……それ、駄目ってことじゃないですか」
「そこはオープンワールド系のいいところ。倒せたらおいしいってこと」
エクシード・サーガ・オンラインにはレベルという概念はないが、どこにでも行けるが謳い文句であるレベル制のオープンワールド系RPGであるあるだ。本来なら倒せないような敵をしっかりと準備を整えて倒す、それで得た膨大な経験値でキャラクターを成長させる、という遊び方である。
「この迷宮に出るグレーターは、通常個体ばかり。特殊なグレーターは確認されていない。HPと防御力が高くてソロには向かないけど、グレーターが一体ならきちんとパーティで挑めば、プレイヤースキル次第で倒せるようになっている」
と言うか、これもRPGあるあるなのだが。グレーターの方が第一層と第二層のボスよりHP以外では能力値は上だ。この場合、階層のボスのHPが盛られて高かっただけなのだが。
「それに逃亡用の煙玉とか持ってきておるからな。無茶せず、グレーター相手に戦わず逃げの一手でもいいじゃろう」
「ん。その考えなら、こっちも助かる」
鬼姫はさすがにゲーマーだ、準備がいいと黒百合も首肯する。モナルダが声をかけるぐらいのバーチャルアイドルだ、実力もしっかりしていれば見極めもきちんとしていた。
「アルゲバル・ゲームスあるある。序盤のフィールドを歩いていたら二五五分の一の確率でグリーンドラゴンに遭遇して、逃げないとライトニングブレスに焼き払われる」
「……ちなみに、そのグリーンドラゴンどのくらい強かったんです?」
興味本位で恐る恐る訊ねるプルメリアに、黒百合は即答した。
「後半のダンジョンで高性能武器を守護してるくらい」
「なに、その即死トラップ……」
ベイオネットは呆れるが、戦わず逃げることを選択すればほぼ確実に逃げられるあたりは有情である。
ちなみにこのグリーンドラゴン、アルゲバル・ゲームスの商業作品オフラインVRアクションRPG『ストームシーカー』では知る人ぞ知る攻略要素だ。なんと、プレイヤースキルと武器の相性次第ではギリギリ倒せたりする、最終盤の高性能武器ゲットの目があるRTAゲーマーたちに大人気な要素だったりするのだ。黒百合の中の人、坂野九郎も何度かお世話になった、まさに空飛ぶ宝箱だ。
「キミは戦ってもいい。戦わなくてもいい――RPGはあくまでプレイヤーの選択次第。特にハック&スラッシュで死亡によるデメリットがリスポーンポイントへの帰還だけのこのゲームなら、挑むというのも悪い選択ではない」
「それこそ、死に覚えゲーあるあるじゃな」
アクションRPGでは、エネミーの行動パターンはそう多くは設定されていない。フィールドで遭遇する程度のエネミーならどんなに多くても五パターン程度、それを覚えれば意外にダメージを受けずに対応できるのだ。
「ただ、ここで重要な問題はその組み合わせになる」
「あー……」
「組み合わせ、ですか?」
パターンA・B・C・D・Eとある場合。AからBへ、あるいはAからCへとモーションの発生や繋ぎの組み合わせで難易度を調整してくる。ここで重要なのが予備動作、モーションの“起こり”となる。
「アクションRPGではよくあるけど、『ここが攻撃のしどころ』というモーションは必ずある。それをどう見切り、学んでいくかが死に覚えゲーでは重要になる……私は覚えていくことで今まで対処できなかったことに対応できるようになって成長を実感できるから好きな要素」
「そのあたりは好みの問題よね。PVPの対人戦じゃないからこその醍醐味ってやつ」
この中ではプルメリアのみが、ゲーマー歴が浅い。鬼姫は黒百合に近いゲーム遍歴の持ち主だし、同じゲーマーでもPVPが主戦場であったベイオネット的には縁遠い要素だ。
「PVPもPVPで面白い。特にFPSの運要素があるから、幅広い対応力が求められる」
「……運要素ですか?」
「ん。FPSの場合、対戦相手によって対応が大きく変わる。自分に有利な相手なら良し、不利な相手なら相応のプレイングが求められる」
「常に最善な行動が正しいわけじゃない。そこが面白いのよ」
黒百合の説明に、目を輝かせるのはベイオネットだ。相手の装備やステージによって不利な状況に追いやられることを「運要素」の一言で片付けられるあたり、黒百合はFPS――PVPにも素養がある、とベイオネットは何度も頷いた。
「確かに。自分が悪手だと思った行動が相手の裏をかいたり、自分の装備がステージにドンピシャで蹂躙できると気分は良い」
「そうそう。PVPは相手が人間だからこそ起こるドラマが楽しいのよ。もう駄目だって思った時の相手の凡ミスに助けられたり、逆に勝ちを確信した時のうっかりであっさり負けたり」
「一回のリロードミスでヘッドショットを食らうのもそれはそれで乙」
「あー、弾数計算のミスはあるあるよねー」
――なるほど、とプルメリアはここまでの会話で気づく。黒百合は相手に話を合わせるのが上手いんだな、と。
より正確には、共通の話題で相手のツボどころを掴むのが上手いと言ったところか。特にここが好きでわかってほしい、という部分を的確に抑えて、その上で聞き役にも回ってくれる……バーチャルアイドルのトーク力として、司会進行向きの会話能力だ。
(モナルダさんとサイネリアさんが、安心して任せるわけですね……)
プルメリアは神聖都市アルバでの一件で顔見知りだったが、きちんと話すのはこれで二度目のはずだ。しかし、もう会話することに抵抗感はなく慣れたように普通に話せる。これでトーク配信の司会であれば、ゲストであるバーチャルアイドルの特性をきちんと引き出した上でトークを展開できる、有能な司会進行役と言えただろう。
(……参考になりますね、これ)
そういう意味でも黒百合に同行してもらった意味は大きい。プルメリアは黒百合たちとの会話を楽しみながら、周囲の警戒を続けた。
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(……正直、ふたりが純粋にゲーマーで良かった)
ゲームの話をしていればいい、というのは黒百合というか九郎的に助かる。とにかく気まずいのは沈黙だ、共通の話題で盛り上げられるというのはありがたい。
(ん、慣れてる。周囲への警戒も怠っていない)
ゲーム配信になれているバーチャルアイドルは、話しながらもゲームに集中できる。時にトークで視聴者を盛り上げ、コメントを拾って会話し、場を盛り下げないようにする――実は、これは本当は難しい技術である。
(ゲームに集中しないで、視聴者を楽しませるだけのトークができるのってすごい)
このあたり、バーチャルアイドル側の立ち位置にもよる。トークに夢中になってミスったり、ゲームに集中して失言したり。それが受けるエンジョイ勢のアイドルが受け入れられるのは、リアクションの面白さ在りきだ。
ある程度スーパープレイやゲームの上手さを求められる場合、こっちの方が困難と言えるだろう。だからこそ、トーク力がありゲーマーとしての腕前が高いバーチャルアイドルは一定の評価を受けるのだが――。
(……失言、まずいからなぁ)
この間のヴラドとのやり取りを思い出し、気をつけないとと黒百合は思う。あれでなんでか、妙に女性ファンが増えたらしいのだが――世の中、わからないものである。
「――ん、聞こえた?」
「おう、なにか戦闘音がせんかったか?」
不意に黒百合が聞くと、鬼姫がそう返した。ベイオネットも聞き取っていたらしく、すぐに音の方向へ視線を向ける。
「遠いけど、確かにするわね。迷宮だから反響してるけど、あっちね」
「――どうする?」
あくまで自分は付き添いだ、と黒百合は三人に判断を委ねる。迷宮内での戦闘なら、他のPCが戦っている場合もあった。へたに首を突っ込むのは、マナー違反になりかねないが――。
「覗きに行って、判断じゃな。音だけでは判断材料が少なすぎる」
「そうね、私もそれに賛成」
「……私もそれで構いません」
三人の意見が合致したのを見て、黒百合は頷く。そう三人が判断したなら、黒百合もそう行動するだけだ。
「なら、行くだけ行く。もしもの時はすぐに退くから、その用意だけは忘れないで」
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トーク力ってバーチャルアイドルには重要だと思うのです。本当、世のバーチャルな方々はすごいなって思います。
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