118話 勇者の迷宮1
† † †
ラーウムの積層遺跡その第四層は、今までとは打って変わって“遺跡”ではなかった。石製の壁や床、天井は新しく、複雑な機械罠や完全武装したアンデッドとグレーターデーモンの軍勢が手厚くお出迎えしてくれる新造の迷宮である。
『……急ごしらえで造ったんだから、許してほしい』
もしも文句を言われれば、製作者はそう言い返したことだろう。本来であれば第四層は古ぼけた闘技場がひとつだけあり、一柱の魔神が守護者として立ち塞がるだけだったのだから。
「……急に趣が変わった?」
そんな魔神側の事情を知らない壬生黒百合は、そう評するしかない。ただ、ある意味ではこの第四階層はPCたちにとってある意味ではボーナスステージだった。
「鎧に武器に、そこそこ高性能なのがドロップされるんだっけ?」
「ある程度ゲームに慣れてきたPCにとっては、美味しい狩り場になっているみたいです」
小首を傾げるエレイン・ロセッティに、ディアナ・フォーチュンもそう答える。特に第四層の入り口付近に出現するのは完全武装のスケルトンが多く、倒してドロップする武器防具がおいしいのだ。そのため、積層遺跡はちょっとしたゴールドラッシュ状態にあった。
(時間稼ぎ……なのかな? これ)
黒百合はそう訝しむ――正解である。実のところ、パイモンが計画立案した、ハルファスがネビロスの鎧を修復するための時間を稼ぐために仕掛けた心理トラップなのだ。
今まで攻略が進んでいたのは、遺跡であり攻略の旨味は先へ進むことだけだったからだ。しかし、攻略に利益が出てしまった場合――話は変わる。
「……へたに第四層をクリアして、状況が一変したらこの恩恵がなくなりかねない」
「今まで通り遺跡だったら、下の階に行っても大丈夫かもって思うんだけどああもあからさまに新しい迷宮だとねー。クリアして迷宮消えちゃうんじゃって怖くなるよね」
黒百合の懸念をエレインも正確に理解していた。一階層目と二階層目は何度も挑戦できる通常のエネミーであったが、三階層目がイクスプロイット・エネミーのレライエであったことが大きい。
現在の三階層はグレーターデーモンの群れが吹き抜けに飛び交うだけで、難易度が大きく下がっている――このようにクリア後で状況が変わった実例があるのがたちが悪い。
「ちょっと利益が大きすぎる。だから、様子をみたい」
「あたしたちの装備を整えるために挑戦してみてもいいしねー」
白百合としては、ブラックボックス製の戦乱の矢筒を試す場としては悪くないという考えだ。迷宮という限られた広さでは白百合には物足りない――普通、弓でも三桁メートルが主戦場になったりしない――のだが、贅沢は言わないというのが白百合の言い分だ。
その時だ、不意に秘匿回線にコールが入った。
“青妹”:『すみませーん。今、大丈夫ですか?』
“黒狼”:『ん? なに、サイネリア』
“青妹”:『実は四階層のことでご相談が……』
† † †
サイネリア曰く、クラン《百花繚乱》のクランメンバーが四階層で装備目的で狩りに行きたいとので同行してあげてくれないか、というお誘いだった。
「今日はカラドックさんはプライベートで欠席、ふたりはえーと……」
『きぎょうあんけんなー』
「うん、それらしいから私が引率する」
積層遺跡の四階層、その迷宮の入り口でSDモナルダを頭に乗せて黒百合が言う。そのやり取りにちょっと驚いたのはプルメリアだ。眼鏡の下の目を丸くして、恐る恐るプルメリアが訊ねた。
「黒百合さん、企業案件って知らない……んです?」
「ん、あんまり」
「ほれ、黒百合はバーチャルアイドルとしてエクシード・サーガ・オンラインの公式配信しかしとらんからなぁ」
そう笑ったのは、純白の長いマフラーが似合う桜色を基調にした二尺袖 に緋色の袴姿の小柄な鬼娘だ。足元がブーツなあたり、大正時代の女学生を思わせる服装だ。十六夜鬼姫という名のバーチャルアイドルであり、エクシード・サーガ・オンライン以前からやっているゲーム配信主体のアイドルだ。
「企業案件って発信力があるバーチャルアイドルに企業が宣伝を依頼するお仕事よ。モナルダとサイネリアは名前の知れたバーチャルアイドルだもの」
そう補足したのはベイオネットと名乗る長身のバーチャルアイドルだ。灰色の都市迷彩服に身を包む彼女は、普段はVRFPSを専門に配信しているゲーム配信者であり歌も精力的に発表する歌手でもある。鬼姫と同じくそれなりのゲーマー歴を持ち、プロゲーマーでこそないもののセミプロ級の腕前を持っていた。
「いや、色々とゲームによって勝手が違うからさ。手伝ってもらえるのはありがたい」
「ん、サイネリアに頼まれたし、できる限りのことはする」
“十六”:『……頼んだのは、モナじゃないんじゃなぁ』
“銃剣”:『ほら、そこは色々とあるんじゃない? オトメゴコロ的に』
“文系”:『相手がバーチャルアイドルの女性なのが不幸中の幸いですね……』
そんな秘匿回線で三人が花を咲かせているとは知らず、黒百合は訊ねる。
「それで? 三人は武器防具のためにと聞いた。三人の求めるものを聞いても?」
「はい。私は基本魔術系アーツを。だから、長杖か短杖あたりを」
そういってプルメリアは武器である魔導書を見せる。なんと分類的にはこの魔導書は短杖にあたる――これで殴ることも可能なのだ。
「わし刀じゃから剣系じゃな。一応、刀を装備したエネミーも確認されておるらしいしそれ狙いじゃ」
「私はクロスボウ。弓でもアーツ目的でOKだよ」
「ん、わかった。基本的にそのあたりを装備したエネミーを狙う。フォローは任せて」
もちろん、黒百合がメインで出て、ということはない。サイネリアからの注文で三人にエクシード・サーガ・オンラインでの戦闘を経験させてあげてほしい、と頼まれているからだ。黒百合もそれなら、という条件で了承したのだ。
黒百合は刀身まで黒い刀、小狐丸を抜く。門の周囲は安全地帯だが、一歩踏み出せばエネミーは続々と襲ってくる――忠告を兼ねて黒百合は告げた。
「基本的に武装のおかげでただのスケルトンでもかなり強い。気をつけて」
† † †
――結果だけを言えば、心配は杞憂と言えた。
「お願い、コッペリア」
プルメリアのファミリアであるミニアイアンゴーレムのコッペリアが、前に出る。四頭身の鉄の人形がドスドスと前に出るとフルプレートアーマーを装備した二体のスケルトンを力づくで抑え込む。
「よし、そのままじゃぞ」
そう告げて、鬼姫が駆けた。マフラーを踊らせて駆ける鬼姫は素早い。コッペリアを引き剥がそうとスケルトンたちが腕を伸ばすものの、その腕をダダン! と矢が貫き逃さなかった。
(……あれは面白い)
黒百合がそう評価したのは、クロスボウを構えたベイオネットだ。大小二丁のクロスボウをベイオネットは所持しており、大きい方はスナイパーライフルのように伏せ撃ちを前提にしたものだった。そのため、専用の折りたたみ式の防盾を展開して前面からの攻撃に対しての防御を固めての運用だった。
二一世紀でも実体弾こそ地上戦の主役だ。そういう銃器に見立てた運用の仕方は、VRFPS畑の人間ならではの発想だろう。
「ほいっと」
そう思っている間に鬼姫の愛刀による斬撃が全身甲冑の隙間を正確に見抜き、スケルトンニ体の首を落としている。よほどVRアクションゲームの近接戦闘に慣れているのだろう、その動きに澱みはなかった。
「……これ、私必要だった?」
『いるいる、あいつらまだこのげーむのけいけんはあさいから』
髪飾りに座って言うSDモナルダに、鬼姫も肯定する。
「中身がスケルトンで四体までなら、まぁ、問題はないんじゃろうがなぁ」
苦笑する鬼姫に、プルメリアは戻ってきたコッペリアの頭を撫でてあげながら言った。
「連携の練習はしてますが、やっぱり普段はカラドックさんがいますので……」
「ああ、なるほど」
タンクとしてのカラドックはあまりにも優秀だ。安心感がある分、攻撃の練習にはなるが攻防双方の練習になるかは正直怪しい。
「慣れてきたから、もう一段階先にって段階だけど……ま、フォロー役はいてくれた方が助かるわ」
防盾をスイッチひとつで折りたたみ、手慣れた動作でベイオネットは背負う。ふたりはゲーム慣れしている分動きはいいが、プルメリアはファミリア頼りの後衛だけに確かにフォローはいるだろう……後、伏せ撃ちしてるとバックアタックが怖い。
「なら、もう少し様子を見て行動範囲を広げるかどうか決めよう」
おそらくはもう少し奥に進んでも大丈夫だろう、そう確信しながらも敢えて黒百合は提案した。黒百合が決めるのではなく、三人から意見を引き出すための配慮である。幼い頃からゲームを教えることに慣れている、黒百合らしい配慮だった。
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足止めする時にきちんと相手にも利を匂わせる、パイモンさんはそういうことができる女性です。
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