117話 第三階層を越えて――
† † †
「――随分と荒れているようね」
ヒトコブラクダに乗った美女、魔神パイモンの出現にレライエは鋭い視線を向ける。最下層第五階層、エルイダーレイスとなったラーウム王が引きこもる王の間。そこへ至る長い廊下、入り口の前に腰を下ろしていたレライエは面白くもなさそうにパイモンを見上げた。
「喧嘩を売りに来たならそう言え、買ってやる」
「私はあなたたちのように戦闘は得意じゃないから遠慮するわ。それで? ネビロスは?」
パイモンの言葉に、苦虫を噛み殺したような表情でレライエは舌打ち。パイモンの問いに面白くもなさそうに答えた。
「ハルファスが言うには、鎧の修復に時間がかかるらしい」
「そう。あなたの一撃と《妖獣王の想い人》の渾身を受け止めたんですもの、当然無理したことでしょうね」
「――――」
「後で機嫌を伺うことぐらいはしてあげなさい、レライエ」
パイモンのからかいに、レライエは目を閉じる。これ以上会話をするつもりはない、という意思表示にパイモンは小さく肩をすくめた。
「第四階層で、どれだけ時間を稼げるかね。そう言えば、第四階層の担当は誰だったかしら?」
「――――」
「ああ、“彼”だったわね。ま、なら問題はないでしょう。ネビロスの鎧が修復するぐらいの時間は稼いでくれると思うわ。なにせ“彼”、この遺跡に今いる魔神の中では最強ですもの」
「――――」
「だから、安心しなさい。あなたの意地の分は、残りのみんなでフォローしてあげる」
ヒトコブラクダが、ゆっくりと歩き出す。去っていくパイモン、動かないレライエ。ただ最後に「ああ」と思い出したようにパイモンが言い残した。
「ネビロスが言ってたけど、今度お目当てのバーチャルアイドルの配信があるんだって。動けないから代わりに録画しといてって――」
「お前がやれ、お前が」
耐えきれず、さすがにレライエがツッコミを入れた。
† † †
「第三階層は無事に抜けたけど、第四階層は完全な迷宮なんだっけ?」
「ん、らしい」
壬生白百合の疑問に、壬生黒百合が頷く。積層遺跡都市ラーウムの中央広場、そこで待ち合わせで待っている間に情報を整理していたのだ。
「完全武装したスケルトンやレイス、グレーターデーモンが歩き回っているみたい」
「ふうん」
「……なに?」
ぷにぷに、と頬を指先で突ついてくる白百合に、黒百合は半眼する。それに白百合は、呆れたように肩をすくめた。
「気づいてる? かなーりピリピリしてるよ、クロ」
「……そう?」
「レライエのことなら、気にしなくていいんだよ。みんなも言ってたじゃん」
ネビロスの乱入という予想外の出来事さえ無ければ、レライエは排除することはできただろう。その失敗の責任を黒百合が強く感じているのをわかるだけに、あの作戦に参加した全員が気にするなとは言ったのだが――。
「カラドックさんも言ってたでしょ? ネビロスの能力が見られて良かったって」
「それは……まぁ」
タンクであるカラドックは、あの黒百合とレライエの攻撃を受け止めたネビロスの力を《超過英雄譚:不破の英雄》と同等の攻撃無効化だと見切っていた。そして、その能力の代償にもあたりをつけていた。
『おそらくは、あの鎧だ。鎧の両肩、犬の頭部が欠けていたのを見た。ダメージを無効化したならあの鎧が傷つくはずないから――』
『鎧の効果で使用回数に制限がある、と。なら、おそらくは三回だと思う』
犬の頭――ネビロスの原典である三つ首を誇る地獄の番犬ケルベロス。鎧飾りにあった犬の頭の数だけ、ダメージを無効化できるのがネビロスの特殊能力なのだろう。
『あれを使わなくても、イクスプロイット・エネミーであれば倒れることはない。だから――』
横槍を入れてしまった、せめてもの対価としてあえて使ってみせた……そういうことか。
「そういう意味では、きちんと戦果はあったんだから。そんなに自分を責めないで、クロ」
「…………」
「それに、ほら。こっちとしても戦力は上がったんだから」
そう言って、白百合がクルリとその場で回転して見せた。その腰には、緑色の軽量合金で加工された矢筒があった。
† † †
・戦乱の矢筒
この矢筒を所持した者は『消耗品:矢』を使用する時、下記の三つの効果から好きな効果をひとつ選択できる。
・『消耗品:矢』を用いる次の攻撃に属性〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉〈聖〉〈魔〉〈無〉の七種類の魔法属性からひとつを選択、付与することができる。
・『消耗品:矢』を用いる次の攻撃で対象に与えるはずだったダメージ分、HPを回復する。
・【この効果は現在、使用できまません】
戦乱をもたらす狩人の加護が宿った矢筒。戦いを狩り場とし統べる者は、活殺自在と知れ。
† † †
「……また当たり」
「いい加減、呪詛が外れだって事実を認めようよ」
レライエが白百合へと託したブラックボックス:レアの中身が、この矢筒だった。自身と伍する弓の腕前の持ち主に、もはや弓や射撃能力の補助など必要ない、という意図なのだろう。ただ、その弓の選択に幅だけを与えるチョイスだった。
「同じタイミングの消耗アイテムを使うと遅れになる。そういう意味では強力な効果。加えて、三つ目もまだ謎の効果が残ってるから――」
「うん、これだけで充分だって。だから、ね?」
そういって、白百合は黒百合の頬を突く行為に戻る。瞳の光を消して呆れながら、黒百合は白百合から距離を取った。
「わかったから、突かない」
「ならもう少し表情を柔らかくしたらー?」
「これは表情表現を九割カットしてるから」
傍から見れば、微笑ましくじゃれる『姉妹』としか見えない。だが、見る者が見れば自分のために怒ってくれていることを白百合が素直に喜んでいるのが見て取れただろう。
(……うん、アタシの出番はないわね)
それを物陰から見て、そう思って踵を返した者がいた――モナルダだ。モナルダは早足でその場から立ち去っていく。
(別に、アレよ。妙に凹んでたから、ちょっとぐらいなら慰めてやってもいいかもって思っただけようん、そうそう。そういうのって放っておけないしね、うんうん)
モナルダはそう自分に言い聞かせる。似合わない真似はこれ以上すべきではない、うん、などとひとり納得してその場をこっそりと去ろう――とした。
「……本当にキミは損な性分だね」
「んぐ!?」
いきなり声をかけられ、モナルダがビクン! と身体を弾ませた。大広場の出入り口、そこにいたのは見知った顔だ。苦笑とも優しい笑顔ともつかない曖昧な笑みを浮かべた白拍子の女、吾妻静だった。
「……そういうあんたは、どうなの?」
「クロには放っておいてもちょっかいをかけたり、勝手に絡みに行く連中が多いからね。私の出番までは回らないって寸法さ」
モナルダの低い唸り声に、肩をすくめて静はあっさりと返す。なによりも、と白百合とじゃれ合う黒百合の姿を見て、静は目を細めた。
「アレに関しては、シロが適任だからね。ディアナもエレインもそう思ったから、わざわざ待ち合わせの時間を作った訳だしね」
「言い切るわね……共感覚ってそういうのもわかるもんなの?」
「いや、このゲームってフレンドをグループ化できるだろう? そのグループに『クロ被害者の会』というのがあってだね――」
「――なにやってんの、あんたたち!?」
モナルダもツッコミに回らざるを得ない爆弾発言である。大体のメンバーが想像できるな、と思いながら顔をひきつらせるモナルダに、静が蝿魔王が変じた美女のように笑って言った。
「ああ、モナルダ。キミもどうだい?」
† † †
【クロ被害者の会】
読んで字の如し。現在、五名。最近、ひとり加わって六名になったらしいとの噂。
入りたくても入れないヤツもいるらしい、自重しろ。
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