115話 遠距離弓射一〇〇〇〇 5
† † †
――なんと、見事な!
一分にも満たない攻防。それにすべてを懸けた英雄のか細い抵抗。否、なんと雄弁な一射であったことか!
「惜しむべきは、対等でなかったことだけ。見事だ」
足りないと理解し。不利を覆すために創意工夫し。なおも一か八か賭けに出て、実力で掴み取った結果。これを見事と言わず、なにを見事と言うのか。
「もう一度だ、もう一度再戦を望む」
だからこそ――レライエのその願いを、壬生黒百合は真っ向から否定する。
『次はない――シロの勝利で、終わらせる』
ジャスト一分、八隻の蒼黒い船が門から飛び出した。不規則な軌道で吹き抜けへと船が飛び出す――レライエは、その時再び感嘆に目を見開いた。
(デーモンを引きつけたのはこのためか!)
八隻の船が飛び出した門があるのは、レライエから三〇〇メートルほどの距離。本来であれば、そこには飛行能力の持つデーモンが足止めのためにいたはずだ。だが、そのすべてを壬生白百合を襲わせるのに使っていた――その空白を、狙われたのだ。
「――シィ!」
即座にレライエは弓を放つ――それを迎え撃ったのは黒百合とその背を支えるように立っていたカラドックの乗った船だ。
「物理」
「――黒雲ありて覆って成せ。これなるは神に通じし力なり。選択するは物理!」
その瞬間、右手を眼前にかざしたカラドックが“神通力・黒雲の護り・一片”を装着。展開した視界を埋め尽くす黒雲で、レライエの矢を受け止めた。雷雲を貫けない、物理的にあり得ない現象にレライエが息を飲んだその時だ。
ボボボボボボボ! と黒雲を内側から爆ぜさせながら、四隻の船が格子状の梁へと迫った。
「これほどか――!」
サイゾウ、アーロン、堤又左衛門こと又左が船から飛び降りて格子の上に着地する。遠い、一足ではこちらにたどり着けない距離――ならば、レライエならば一息で対応可能だ。
「させるわきゃ、ないでしょうが!」
だが、そこへモナルダとサイネリアがレライエを挟撃するように梁へと降り立った。二本ずつ、モナルダは巨大斧をサイネリアは巨大鎚を両手首を中心に回転させながら横回転。レライエへと呼吸を合わせて襲いかかった。
「――!」
ギ、ギギイギギギギギギギギギギギギン! とレライエは左手に握る弓の弓柄と逆手に抜いた右の鉈で赤青姉妹の斧と鎚を弾き、受け流し、凌いでいく。弓手と言えど、近接がこなせない訳ではない――ないのだ。
「シロさんがやって見せてくれたんです――」
「――こっちも根性見せないといけないのよ」
サイネリアのハイの右後ろ回し蹴りが、モナルダのローの右後ろ回し蹴りが、それぞれ相手の斧と鎚を捉え軌道を変えさせる。強引な軌道修正と加速が、斧と鎚がレライエの腹部と背中に命中し――。
「「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》!!」」
ドォ! と鈍い直撃音と共に、レライエの身体が揺れる――そして、赤青姉妹は見た。
《――イクスプロイット・エネミー“レライエ”。残り討伐必要《超過英雄譚》数:9》
「ちょ!? クロ、こいつ後九発いるわよ!?」
予想よりも二発多かった――間違いなく、マーナガルムより格上として設定されているのだ。それを告げた瞬間、モナルダとサイネリアが梁の上から吹き飛ばされた――レライエが素手でふたりを殴打し、梁から落としたのだ。
「臨む兵、闘う者、皆 陣烈れて前に在り――! 忍法火遁唐獅子疾走!」
サイゾウが九字の印を組み、“魔法の巻物”から唐獅子の形を取った炎の水墨画を走らせた。レライエはその炎をバキン! と鏃を凍らせ弓で迎撃しようとする――だが、それを又左は許さない。
「させっかよォ!! 《超過英雄譚:英雄譚の一撃》ゥ!」
又左の投擲する朱槍、それが射型を取ったレライエを捉える。体勢を崩したレライエの片足へ、炎の唐獅子がその牙を剥いた。
「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》!」
炎の水墨画が、炸裂する。レライエが炎に飲まれて、梁から落ちる――誰もが、そう思った時だ。
「――そうだな、狩人としてはもう存分に戦った」
炎が、その表面を舐めるように拡散していく。そこに現れたのは、体高四メートルを超える緑を主色とした、鋼鉄の半人半馬だ。その馬の背に立つレライエは、凛と言い放つ。
「ここから先は、魔神レライエとしてお相手する」
「全員、散って!」
黒百合の声と同時、ガシャガシャガシャガシャガシャ! と各部を展開させ矢筒を展開させた鋼鉄のケンタウロスが四方八方に矢をばら撒いた。
† † †
「なんなのよ!? 悪魔にアレ関係あるの!?」
「レライエはソロモン七二柱を十二宮に対応させた時、射手座に属するとは言われている」
モナルダの文句に、落下してきたモナルダとサイネリアを抱えた黒百合が早口で答える。今、必要な知識ではないか、と黒百合はふたりをカラドックの乗る船へと下ろして虚空へ飛んだ。
「上へ運ぶ。私はあいつを抑えるから――」
「任せろ、ディアナさんとふたりは私が守る」
カラドックが請け負うのに絶対の信頼を寄せて、黒百合はひとつ頷く。全身を五本の尾を使って体長五メートルの頭部なしの大鎧へと換装、黒百合は梁の上へ降り立った。
『お前の相手は私がする』
『上等』
ダン! と梁を蹴って、大鎧が駆ける。それを鋼鉄のケンタウロスが馬部分の前方部分を展開、巨大なバリスタで迎撃した。大鎧はそれを真下から蹴り上げ、大きく上へ吹き飛ばす!
『一斉掃射』
そこへ鋼鉄のケンタウロスの矢の雨が降り注ぐ。大鎧は大きくのけぞり、バク転。梁へ器用に飛び乗り、胸部の蒼黒い狼頭が咆哮した。
『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
ガゴン! と咆哮の衝撃波が矢の速度を激減させる――そこへ黒百合は大鎧で飛び込んだ。
重量級対重量級――真っ向から互いの拳が相手を殴打した。
† † †
大鎧と鋼鉄のケンタウロスは、『ゾーン』の速度で殴り合う。重量と膂力で大鎧が勝るものの、安定感で勝るのは虚空を四足で踏みしめられる鋼鉄のケンタウロスだ。
(いや、向こうがおかしいのだ。この状況で、足場をしっかりと確保するか)
ネビロスが足場の不安定さからレライエの矢を躱せなかったというのに、この大鎧は体長五メートルの巨躯を誇りながら一発一発体重を載せて殴ってくるのだ。『ゾーン』による情報処理の拡大、それがなければ不可能な白百合とは別の意味での神業だった。
『こっちは『妹』が意地を見せてる。それを無駄にはできない』
『そうか』
黒百合の思考入力による覚悟と決意に、レライエは短く返す。ならば、その覚悟と決意を踏み砕いてこそ、次へ至る資格があるだろう、と。
『――来い』
その時、格子状の梁へとついにデーモンの群れが到着した。狩人とは猟犬を使い、獲物を追い詰めるもの――その間隙を、レライエは見逃さなかった。
――だが、それは英雄側も同じこと。
「アーツ《ライトニング・セイバー》、《薙ぎ払い》――《超過英雄譚:一騎当千》!!」
バチン! と大剣に雷の刃を形成し、アーロンが渾身の力で薙ぎ払った。その伸びた雷の刃が、デーモンたちをレライエを巻き込みながら電撃によって切り払う!
『アーツ《ピアシング・アローⅢ》』
鋼鉄のケンタウロスの背で、レライエの鋭い一矢が放たれた。闇に覆われた矢が向かう先は、黒百合を覆う大鎧――それをカラドックが駆け込み庇った。
『《超過英雄譚:不破の英雄》!』
バキン! と黒雲に阻まれ、レライエの防御力無視の矢がカラドックに阻まれた。しかし、その矢によるノックバックにカラドックが大鎧へと吹き飛ばされる!
『――ッ!』
目まぐるしく入れ替わる攻防。大鎧をそのまま残し、三本の尾で巨大弓とそれを扱う両腕を形成――そして、一本の尾で矢を作り出した黒百合が即座に射放った。
「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――」
巨大な矢が、鋼鉄のケンタウロスごとレライエに届いた。これでダメージ系《超過英雄譚》は七発命中――残りは五発だ。
(あの魔法使いの女の分も入れても、残る四発――どう、凌ぐ?)
メキメキメキメキ、と尾による矢を鋼鉄のケンタウロスが抜こうとした――その時だ。
『あ、やべ』
『……ん?』
矢に、奇妙なモノが跨っていた。それを見たレライエが考える、コンマ秒の思考の隙間。そこに滑り込むように、黒百合の思考入力が重なった。
『リスポーンポイントから、ここまで約一〇〇〇〇メートル。あなたの射程の、約一〇倍――受けてみるといい』
† † †
『いまだ! エレ!』
「任せて!」
リスポーンポイント、積層遺跡都市ラーウムの大広場。その中心にある門の前で、SDモナルダの分身の“指示”でエレイン・ロセッティが純白の長剣を抜いた。
「行くよ、シロ!」
「うん! お願いします!」
「あぁ」
白百合の声に頷いたのは、吾妻静だ。
「《超過英雄譚:あなたの英雄譚》」
静の《超過英雄譚:あなたの英雄譚》によって白百合の《超過英雄譚:英雄譚の一撃》が再度使用可能に――そして、エレインが長剣を振り下ろした。
「アーツ《転移門》!」
† † †
『――!?』
ヴン! とレライエは奇妙なモノ――SDモナルダの目の前に転移門が展開したことに目を見張った。近すぎる、反応が間に合わない――!
† † †
――弓射、一〇〇〇〇メートル。
† † †
転移門からエレインが飛び込むのと同時、白百合が放った《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を宿した矢の一撃が、先んじてレライエの胸部を刺し貫いた。
† † †
黒百合「ちゃんと最後まで働いてもらう」
白百合「……人使いが荒いなぁ、もう」
タイトル、回収いたしました! うん、ツッコミ入りますよねー(そこまで織り込み済み)
ちなみにタイトルは某漫画の実写映画で使われたタイトルのオマージュとなっております。わかったあなたは偉い。
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