114話 遠距離弓射一〇〇〇〇 4
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『すごいな、真百合。よくあてられるなぁ』
坂野真百合の最初の一歩は、その他愛のない称賛から始まった。自分がすごいと思う人からの手放しの称賛、嬉しさと誇らしさ。そして、これなら一緒に遊べるのだ……一緒にいてもいいのだという自覚。
それだけは失えない、真百合にとっての“一所懸命”。彼女にとって、最高のモチベーションがコレだった。それだけで絶対的な不利な状況に飛び込むことも、レライエという絶対強者に挑むこともできた。
(やっぱり見えない。それでも、こちらはある程度知覚されてると考えるべきかな――)
腰の後ろに下げた矢筒、そこから一本の矢を抜き取る。壬生白百合は姿を消し、音を殺しながら螺旋階段を下っていった。
(――惜しいかな、動きそのものは平凡だな)
音は聞こえなくとも走る振動は殺せない、それを察知して位置を把握するレライエは格子状の梁を駆ける。相手の位置から足場が死角になるように、慎重に。弓という特性上、先手必勝だ。
向こうからすれば、こちらの位置を把握するためには先手を譲るしかない。狙われるということは、狙えるということ――射線の取り合いというのは、そういうものだからだ。
だが、この相手は動きから察するに身体能力は高くない。おそらく、こちらの矢を回避するのは不可能だろう。
――もしも。
壬生黒百合ならば、後手からでも防御・回避が可能だったろう。カラドックであれば防御を、エレイン・ロセッティであれば回避を行えたはずだ。
だが、白百合には回避できるだけの反射神経はない。レライエはそのことをすぐに悟ったのだ。ならば、防御手段がなければそれでお終いだ。あまりにも簡単な狩りだ。
(どうでる? 英雄――?)
だが、ここでひとつレライエの予想が覆された。おおよそ五〇〇メートル付近、そこで大きく階段を蹴ったのだ。その意味をレライエはすぐに察知した。
(吹き抜けへ跳んだな!?)
そこは、デーモンたちが飛び交う死地のはず――否、そうか。そうか! レライエはここでひとつの間違いに気づいた。なぜ、姿と音を消した? それはレライエへの対策だと思った――これは半分が正解で、半分が間違いだったのだ。
(吹き抜けに潜むデーモンたちへの対策もあったのか!)
もしもこれで飛行する手段を持っているのならば、最下層まで行かれる。それはこの場を守る自分の敗北だ。それをレライエは許すわけにはいかなかった。
(どこだ――!)
レライエは指笛を鳴らす。これで大体の位置がバレたとしても、仕方のない対価だと割り切って。デーモンたちが下へ下へと飛んでいく――その羽音へ、レライエは耳をすませた。
(な、んのつも、り――!?)
白百合は、必死に息を殺す。バババババババババババババババッ! と自分の横を通り過ぎて下へ飛んでいくデーモンたち。ぶつかりそうなデーモンから身を躱す程度ならなんとか白百合でもできる隙間がある――広すぎるのだ、吹き抜けの空間が。その隙間だらけのデーモンの群れの中で、しかし、白百合はレライエの意図を知った。
(ま、さか――!)
(今、羽音の消えたデーモンがいた)
アーツ《サイレス》は一定範囲内の音を消す効果のある魔法系アーツだ。音とは空気の振動、それを消すそのために相応の範囲が必要となる――でなければ、靴底からする音は消せても床からする音が消せず意味がない、ということも起こるからだ。
その範囲内を飛んだデーモンはどうなるか? その翼が範囲内にある時だけ、消えるのだ。そこから素早く位置を逆算、梁から身を乗り出したレライエは弓を振り絞った。
(――いた)
だが、それは指笛によってデーモンに与える司令という思わぬ情報を得た白百合も同じこと。コンマ秒、相手が矢を放つ前に白百合の“瞳”がレライエを捉えた。
(射――)
(――抜け!)
まったく同時、奇しくも弓射一〇〇〇メートルの距離でお互いの矢が放たれた。
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約八割、それが人間の情報知覚における視力が占める割合だと言われている。
人間の脳は視覚から得られる膨大な情報量を処理しきれない。そのため、脳内では情報量をセーブすることにより認識できる量へと情報を絞っているのだ。
『多分、それもひとつの『ゾーン』の形なんだろうな。お前の場合、射撃に特化したんだろうな』
兄である坂野九郎は、真百合のソレを指してそう表現した。その認識は正しい、進歩しすぎたVR機器の情報処理能力。それを繰り返す膨大な反復によって真百合の脳は、極度の集中状態の時にだけより高度により濃密に認識・処理可能な回路を形成したのだ。
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――弓射、一〇〇メートル付近。
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互いの矢は、まだ遠い。落下するレライエの矢と駆け上がる真百合の矢。真百合の方はデーモンの群れの間を器用に一直線に抜けていく。
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――弓射、三〇〇メートル付近。
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ここで真百合の矢がデーモンの群れを抜け切る。いくら密度が薄かったと言えど、不規則に動くデーモンの動きを読んで掠らせもせずにそこまで到達するのは神業というしかない。
その時には、わずかに速度がレライエの矢の方は勝り始めていた。
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――弓射、四〇〇メートル付近。
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重力に従うか、逆らうか、その差はあまりに大きい。
(その勢いでは、届くまい――)
レライエはあまりにも自分が優位に立っていたことを、この時初めて苦々しく思った。これほどの一矢、同じ状況でこそ競いたかったが――矢は既に放たれた、後はその結果に従うのみ。
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――弓射、四五〇メートル付近。
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速度の差が、ここまでの違いを生んでいた。ここでレライエの矢と白百合の矢が交差する――そして、ここで白百合の“策”が発動した。
(爆――ぜ、ろ)
真百合の矢、天羽々矢――その先端部分が、白百合の思考入力に従って、文字通り爆けた。
「――!?」
レライエは『ゾーン』の中で、それを見る。相手が射た矢の先端が弾け、二弾ロケットのように鏃を打ち上げ、レライエの矢の軌道を横合いから強引に逸したのを。
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それは、“対抗策”と“奥の手”を手に入れるために奔走していた時のことだ。
『樹飛竜の最大の特徴ってごぞんじ?』
『あー、ウィリディス付近の大樹海に出るっていうすごく強いヤツだっけ? 確か、口から松ぼっくり吐くの』
エリザは白百合の返答に、満足げに頷く。
『そうですわ、アレ、コントルタマツに近い樹木の樹獣ですの』
『飛竜なのに、松なんだね……』
松ぼっくりとは松かさの俗称である。本来なら風に乗って種子を周囲にばらまいたり動物の食料となって種子を拡散させるのが松ぼっくりの特性である。
だが、コントルタマツは山火事などの熱によって焼け野原となった山を再生させるかのように種子をばら撒く習性がある。
『樹飛竜は、これを利用して燃える松ぼっくりを敵にぶつける攻撃と鉄さえ貫く種子をばら撒く範囲攻撃という二段重ねの攻撃を行いますの。ワタクシたちの目的は、後者の方ですわね』
それこそが特殊矢天羽々矢に仕込まれたギミックの正体だった。矢の先端に松ぼっくりを処理して仕込み、任意で破裂するように改造。白百合が実際にやったように二段ロケット式に飛距離を伸ばす効果を付与したのだ。
その上で、相手の矢の至近距離で破裂させれば――射線を極々逸らすことさえ、可能である。
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――弓射、一〇〇〇メートル。
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「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》」
「――!!」
レライエの左肩へ白百合の鏃が突き刺さり、《英雄譚の一撃》を受けて大きくレライエがのけぞる。レライエの矢はほんの僅かに白百合の脇腹を削り、下へと通り過ぎた。
「やっ――」
た、と会心の笑みを浮かべた白百合が、血の匂いに気づいたデーモンの群れに襲われ光の粒子になったのはほぼ同時であった。
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意地は貫いてこそ、意地である。
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