112話 遠距離弓射一〇〇〇〇 2
† † †
積層遺跡都市ラーウムの一階層、その吹き抜けにヒュン! と矢が射られる音が響く。一射一射が正確に、吹き抜けを飛ぶレッサー・デーモンたちの頭を撃ち抜いていった。
「ねぇ、手伝わなくてもいいの?」
エレイン・ロセッティの唐突な質問、その意図を壬生黒百合は正確に読み取って弓を射ながら答える。
「必要なら、シロは普通に頼んでくるから。それがないなら必要ないってこと」
「ふうん」
黒百合が使うのは、コンパウンドボウだ。弓の両端に滑車がついており、近代的なアーチェリー競技で使う弓のそれと構造が同じだ。滑車と連動させているため、通常よりも強く張られた弦を軽い力で引くことができるのだ。その分、複雑な機構のせいで武器の耐久度が下がる、というゲーム的制限もあるが飛距離と威力を同時に確保できる代物である。
「ん、私だとクリティカルを狙って出せるのは一〇〇メートルが限界」
「いや、充分すごいと思うけど……」
使っているのは飛距離を伸ばす特殊矢でもないただの矢だと考えれば、見事な結果と言っていい。エレインの言う通り、黒百合も一線級の弓手としてやっていける命中精度だ。それでも白百合と比べれば一歩も二歩も劣ってしまう――そのことは自他共に認める事実だった。
「私のこれは、あくまで感覚を覚えるためのものだから。本番では“黒面蒼毛九尾の魔狼”でやるつもり」
コツン、と妖獣王の黒面を叩きながら黒百合は言う。
「私の出番は、シロの挑戦が終わった後」
「――――」
相手のレライエがイクスプロイット・エネミーであるのなら、複数回のダメージ系《超過英雄譚》が必要となるはずだ。白百合が意地を貫き目的を果たしたなら――それを無駄にしないのが自分の役目だ、と。
真剣な表情で見詰めてくるエレインへ、黒百合は視線を向けて優しく微笑んだ。
「もちろん、その時にはエレインのことも頼りにする」
「うん」
† † †
【ガチで】ネクストライブステージをアイドルを愛でるスレその122【お世話になります】
あんな試練抜けられねぇよ! そう思っていたみんな! 朗報だぜ!
クラン《ネクストライブステージ》配信動画62~歌の試練、応援します~
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867:名無しのVRゲーマー
みんな、朗報だ!
ついに樹飛竜が討伐されたぞ!
868:名無しのVRゲーマー
>>867
は? ガチで言ってる?
しかもここで言うってことは――シロちゃんか?
869:名無しのVRゲーマー
>>867
マジか!? 今からウィリディスに戻るわ
870:名無しのVRゲーマー
>>867
あのみんなのトラウマ第二弾、樹飛竜さんが墜ちた……だと……?
871:名無しのVRゲーマー
>>868
らしい
ウィリディス滞在中のPCがシステムメッセージを確認したから間違いない、オレも見た
シロちゃんが称号《樹飛竜討伐者》を得たって出たからここにも報告に来たって寸法よ
イクスプロイット・エネミーじゃなくてもへたなシナリオのボスクラスのHPあったからおかしいと思ったら樹飛竜のヤツ、ミニシナリオのフラグだったわ
シロちゃん、偉業ポイントももらってた
872:名無しのVRゲーマー
>>867
マジか、一気に大樹海の攻略が進むぞ
樹飛竜のせいでどんだけ足止め食らったと思ってんだよ
873:名無しのVRゲーマー
>>871
ちょっと待って、シロちゃんソロ討伐かましたのか!?
アレを? とんでもねぇぞ、マジで
874:名無しのVRゲーマー
>>871に補足
俺たちが樹飛竜って呼んでた個体は、正確には“隻眼の樹飛竜”って個体名だった
この“隻眼の樹飛竜”を倒して始まったミニシナリオの名前が『大樹海外縁層の主決定戦』
どうやら樹飛竜が元々あの辺りの主で、主がいなくなって外縁層の樹獣たちの群雄割拠が始まるっぽい
樹獣系のファミリア持ってると、この新主決定戦に参戦できる仕組み
一気に大樹海関連が動いたぞ、これ
875:名無しのVRゲーマー
>>874
あの樹飛竜自体は、確か“奥”からやって来たのが判明したんだっけか
876:名無しのVRゲーマー
>>875
おう、“奥”に行けばまた樹飛竜さんといくらでも会えるらしいぞ、喜べよ
877:名無しのVRゲーマー
>>876
結局、またやり合うんじゃねぇか、あのトラウマ製造機と!
878:名無しのVRゲーマー
>>876
トラウマを生む機械かよぉ!?
879:名無しのVRゲーマー
>>876
その頃にはタイマンは無理でも、パーティなら倒せるようになってるといいなぁ……
880:名無しのVRゲーマー
>>876
アレがただのエネミーとしてびゅんびゅん飛んでる魔境か……おっそろしい話だぜ
† † †
セントアンジェリーナの夜刀の工房で、エリザが呆れたような表情で言った。
「……納得しましたわ。あの腕前なら、クロもあなたが挑戦するのを許す訳ですわ」
「あはははは、エリザに手伝ってもらわないと厳しかったけどね」
樹飛竜は、正確にはソロ討伐ではない。NPCであるエリザのサポートもあってこそだった。だが、白百合のそんな謙遜もエリザの呆れを拭えなかった。
「なにを言ってますの。ワタクシは対抗策の代わりを務めただけ。今のあなたなら、ソロ討伐だって不可能じゃありませんわ」
「そっか、ありがと」
白百合が素直に賛辞を受け取ったその時、鍛冶屋の奥から夜刀が姿を現わす。その手に握られていたのは、全長二メートルを超える和弓だった。
「できたぜ、これがあたいが今できる全力で――あんたが持ってきた素材でできる、限界がこいつだ」
テーブルの上に置かれた和弓は実にシンプルな作りだ。弓の上から三分の二の位置には黒い握りがあり、全体的には純白に染め上げられていた。
「あたいがとりあえず付けた銘は、天之波士弓だ。銘は好きに変えていいぜ?」
「んー、あたしは名前とか決めるの苦手だしそのままでもいいかな」
左手で握りの感触と位置を確かめて、白百合は天之波士弓を手にとって弦を引いてみる。かなり強い弓ではあるが、引けないレベルではない。そのことをしっかりと確認する白百合に、エリザは言った。
「でも、それでいいんですの? あなたならクロが使ってるコンパウンドボウ構造はもちろん、クレインクインクロスボウも使えるのではなくて?」
この挑戦、あくまで一発勝負のはずだ。ならば機構を用いて通常ならば引けないレベルの強弓を再現したクレインクインクロスボウなら連射は利かないが射程も精度も確保できるはずだ――エリザは、その有利な選択肢を敢えて切った白百合に再度確認したのだ。
「うん、いいの。これはあくまで、弓の勝負だから。なら、こっちも弓を使わないと意味がないから」
ようは意地の問題だ、と言外に告げる白百合にエリザはそれ以上追求はしなかった。ただ、『姉妹』なのだな、と呆れるだけだ。
そして、今度は武器を作った者として夜刀が告げる。
「矢の方に仕掛けを施して、飛距離を最大まで伸ばしても……はっきりいって五〇〇メートルを超えたら命中精度は保証できないかんな?」
「充分、飛距離は足りるんでしょう?」
「おう、“奥の手”込みで飛距離は一〇〇〇メートルは確実に超える。それは請け負うぜ」
夜刀の返答に満足気に、白百合は頷く。
「ありがとう、ふたりとも」
「ワタクシはただの暇潰しですわ。久しぶりに身体を思い切り動かせましたし」
「あたいはそれこそ、思う存分武器やらなんやら作れて満足したからな」
エリザと夜刀が、礼を言う白百合に笑って答えた。エリザは、一度言葉を切ってから改めて続ける。
「それでも礼を言いたいというのなら、意地を貫いて成功の報告を聞かせてくださいな」
「うん、もちろん」
白百合は、エリザの言葉を快く受け入れた。やるからには、成功させる――その決意と覚悟を持って。
† † †
男の子に意地があるように、女の子にだって意地があるのである。
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