13話 私の夢の叶え方(中)
最初、ディアナ・フォーチュンがしっかりと見て憶えさせられたのは壬生白百合の“聖女の守護者”マルヴィナ・バルテンとの戦いだった。
「まずはシロのこの戦いを憶えた上で、しっかり忘れてほしい」
「え? 忘れるの?」
壬生黒百合の説明に、ディアナが目を丸くする。戸惑うディアナにコクンと頷いた黒百合は説明を付け足した。
「基本的な立ち回りは一緒。でも、同じ動きをしたら魔法系は競り負けるようになってる」
“聖女の守護者”マルヴィナは巨大な弓を使い、遠距離攻撃を仕掛けてくる。それに対して白百合の対応は、足を止めずに動き続けるというものだった。一射に対して時間のかかる“聖女の守護者”マルヴィナに対して、白百合は要所要所に射掛けることでダメージを稼ぎ、エクシード・サーガゲージを着実に貯めていく。
《――エクシード・サーガゲージが、満たされました》
《――“聖女の守護者”は、称号《英雄候補》並びに《英雄》を所持していない状態での通常攻撃では倒せません》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》の使用条件が開放されました》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》は、アーツや通常攻撃に合わせ発動。単体対象に特大ダメージを与える《英雄》用アーツです》
《――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を使用した攻撃で、“聖女の守護者”のHPを0にしましょう》
《――英雄よ、古き英雄譚を超えていけ》
ゲージが最大に溜まった瞬間、白百合が動きを変えた――立ち止まったのだ。そこへ短槍のごとき矢を射掛ける“聖女の守護者”マルヴィナ。
白百合は紙一重でその矢をサイドステップで回避、即座に矢を番える。
「アーツ、《鷹の目》」
「アーツ、《スナイプショット》」
白百合のアーツは命中率を高めクリティカルダメージを上昇させ、“聖女の守護者”マルヴィナのアーツは命中率を高め一撃のダメージを上昇させるものだ。エイム――的確に狙った場所を射抜く自信があるのなら白百合の《鷹の目》の方が優秀な遠距離系アーツだ。
だが、ここで両者を分けたのはアーツの差ではない。構え、放つまでの時間の差――射撃体勢に先に入っていた白百合の矢が、先に放たれたのだ。
「――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》」
ヒュガッ! と巨大な騎士鎧であった“聖女の守護者”マルヴィナのヘルムが白百合の矢に射砕かれる。それが止めとなり、“聖女の守護者”マルヴィナは光の粒子となって消滅した。
「“聖女の守護者”との戦いは基本的にダメージを与え、エクシード・サーガゲージを貯めて最大の一撃を叩き込むこと。これが一番無難で、確実な方法」
思わず見入っていたディアナに、黒百合は細かく解説をする。まずは最初からだ。
「遠距離攻撃手段を持つ“聖女の守護者”は、動かないことが確認されている。初期位置から単純に攻撃を叩き込んでくるだけ……でも、実はこれが厄介」
チュートリアルとはいえ、“聖女の守護者”はボスだ。そのHPはPCのものより高い。頑丈で高威力の固定砲台、と考えれば厄介さは伝わるだろうか?
「杖、魔法系の“聖女の守護者”も動かない……んですよね?」
「そう。ここで忘れてほしい、と言った点が出る。弓や物理的な遠距離攻撃手段と違って魔法はある程度自動で対象を追尾してくる。これはディアナも知ってると思うけど……」
そう、近距離で戦えるほど反射神経に自信がなく、とはいえエイム力もさほどではない。だからこそ、ディアナは数ある戦闘手段の中から魔法を選んだ。今回はその魔法の利点がディアナに牙を剥いてきたのだ。
「物理的な遠距離攻撃なら攻撃の射線上にいなければ回避は難しくない。ただ、その場合動き回ることになって射撃攻撃を当てるのが難しくなる。このあたりのバランスはアルゲバル・ゲームス。絶妙に嫌なバランスを組んでくる」
嫌な、と言いながら、少し黒百合の瞳に嬉しそうな輝きが宿ったのは見間違いではなさそうだ。それがどこか微笑ましくて、ディアナの表情も柔らかくなる。
「……でも魔法だとお互いに追尾してくるから、結局ダメージの当て合いになる。そういうこと?」
「そう。なのに、“聖女の守護者”の方がHPが高い。加えて、ここにエクシード・サーガゲージの仕様が関わってくる」
エクシード・サーガゲージは時間によって蓄積する。そして、これは積極的にダメージを与えることでもゲージが溜まっていくのだが――。
「逆にダメージを受けるとエクシード・サーガゲージが減少する……問題は、ここ。エクシード・サーガゲージは、ダメージ系の《超過英雄譚》にはダメージ量に関わってくる。だから、ダメージを受けてしまうと最大威力にならない」
魔法系の“聖女の守護者”は他の守護者よりもHPが低い目に設定されている。そのため、ある程度の通常火力でのゴリ押しは可能だ。だが、その見極めに失敗すると一気にPC側が崩れかねないのが、魔法系の“聖女の守護者”でもある。
「与えるダメージ、与えられるダメージ。与えるタイミング、与えられるタイミング。そのすべてを把握してコントロールできるのなら、もっとも難易度が低いのが魔法系“聖女の守護者”の攻略。でも、やっぱりランダム要素が絡んでくるから確実ではない。そういうバランスで組まれている」
本来であれば、純魔法系のキャラクターは高い攻撃力アーツを持つ反面、APの消費が激しいという特徴がある。その長所と短所を補うためのトレント乱獲大会での装備のアップグレードだ。装備、という面では現状のディアナは充分に“聖女の守護者”と戦っても勝ち目がある。
「エクシード・サーガ・オンラインでは《能力値》に個性はない。だから、魔法使いのロールプレイがしたいなら《知識》と《知恵》はプレイヤーが担当しろってことなんだと思う」
「それは……重い期待ですね」
ゲーム作成側の意図が黒百合の予想通りだとしたら、確かにディアナの言う通り無茶な話だ。黒百合は、頷きで肯定する。
「ん。でも、無茶でも無理じゃない」
そう、作成側はきっとそう思っているはずだ。期待は信頼の証なのだから。
「それに、ディアナにはわたしたちより優れた点がある」
「……え? 私が?」
黒百合の言葉に、ディアナが面食らう。あるのだろうか? そんなものが。実際にトレントでの戦闘を体験したからこそ、黒百合やエレイン、白百合たちのと技量の差は思い知っている。
このエクシード・サーガ・オンラインだけではない、ゲーム全般において自分は彼女たちに遠く及ばない――そう思っていたのに。
……思っていたのに、すべてにおいて勝っているはずの黒百合が自分の方が上だというなにがあるのか?
その答えこそが、ディアナにとっての彼女だけの夢の叶え方だった。
† † †
「ふ、は、は……!」
アルゲバル・ゲームスプロデューサー安西里奈は、自室でそのライブ映像を眺めていた。
最初は見るべきものはもう見たと思った。壬生姉妹、特に『姉』の黒百合に関しては理想以上の結果を見せてくれた。あのエレイン・ロセッティもいい、アレは知識や理詰めではなく感覚で動くタイプのゲーマーだ。経験を積めば大化けして、トッププロにも食い込める逸材だろう。
その中で、あのディアナ・フォーチュンはよくも悪くもただのバーチャルアイドルだった。ゲームは下手ではない、その中でそれ相応の技術と楽しもうというモチベーション、足りないものを補う勤勉さを見せてくれた。
「は、はは、ははは――」
見るべきものは見た、合格だ。あの連中になら、自分たちが作ったゲームの公式配信を任せてもいい、そう思った――思ってしまった。
■え? あ、はい!?
■ちょっと待って!? ちょっと待って!?
■あれ? ディアナんだけなんで――
視聴者たちの困惑が、コメントに溢れていく。おいおい、わからないのかよ、と安西Pは発作的に起こる笑いに完全敗北しながら腹を抱えた。
「あは、あはははははははははははははははははははははははははははははは! そうか! そう言うことかよ! 最っ高だな、おい!」
バンバンとディスクを叩きながら、安西Pは笑い転げる。合格? 見るべきものはもう見た? 馬鹿か私は!!
「ははははははははははははははははははは! そうか、そうか、そうだよな! “アイドル”だもんな! ゲーマーじゃねぇもんな! そいつは考えねぇって!」
目元に浮かんだ涙を拭い、安西Pは動画に集中する。ゲーマーに作ったからこそ、自分の予想斜め上の攻略法を見せてくれる、バーチャルアイドルに敬意を評して――。
■専用BGM!? ディアナんだけ――
■いや、違う、これ……いきなり歌いだした!?
† † †
急に歌うよ
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。