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閑話 恋の地雷原4

   †  †  †


 なんの気なしに入った雑貨屋は食器や家具、アクセサリーなどさまざまなものを売っているこじんまりとした店舗だった。観光名所にありがちな独特な雰囲気と匂いのする店内で、モナルダはちらりと隣を見た。

 そこには真鍮製のレリーフを興味深そうに眺める壬生黒百合(みぶ・くろゆり)の姿がある。その眼差しは真剣なもので、ふとモナルダは気になって口を開いた。


「それ、そんなに面白い?」

「ん、これ遺跡の意匠にあったものを再現したらしいんだけど――」


 レリーフを指差す黒百合に、モナルダも改めてレリーフに掘られた模様を改めて見る。一〇の円がいくつもの線で繋がった……どこかで見たことのある模様だ。モナルダは記憶を探りながら、その言葉に行き着く。


「……生命の樹(セフィロト)、だっけ? どこかのゲームかアニメで見た気がする」

「ん、()()()


 黒百合は、そう言って虚空に円を書いていく。その円の配置は、確かに目の前の円の配置とレリーフのそれは微妙に違った。


「セフィロトの場合だと、この配置になる。天に向かって伸びるイメージ。でも、このレリーフの模様は()、地に向かって伸びるイメージ」


 黒百合はそう丁寧に解説すると、正解を告げた。


「このレリーフの模様は邪悪の樹(クリフォト)と呼ばれるセフィロトの鏡像。一説にはセフィロトが天使に対応しているのに対し、クリフォトは悪魔が当てはめられていると言われている」


 セフィロトとはユダヤの神秘主義であるカバラで語られる存在だ。クリフォトもまた同じくそちらの系統ではあるのだが――。


「クリフォトは、色々と説によって解釈が違う。ただ、いくつかの解釈に()()()()の名前が出る」

「ベリアルって序列第四位魔王の?」

「ん、それ」


 そもそも、ベリアルという名前は便利すぎるのだ。はっきり言って、超メジャーな悪魔である。だから、どこにでも名前が語られる――正体自体が不明と言われるサタンはかの有名なベリアルのことを指すと言われるぐらい、とにかく悪魔の中でも定番の存在だ。

 なので、一種の箔付けのようにベリアルの名前が使われる事例が多いのだ。このクリフォトもそのひとつと考えると、納得できる。


「こんな街の片隅の雑貨屋にまでネタが仕込んであるって、細かいと思う」

「……どこで教わるの? そういうの」

「独学」


 ああ、とモナルダは納得する。黒百合は知識に置いては雑食、雑学が好きなのだろうと。古今東西の神話や伝承からつまみ食いしたような、このエクシード・サーガ・オンラインというVRMMORPGと相性がいい訳である。

 どこか呆れの混じった表情のモナルダに、咳払いして黒百合は言った。


「……ん、ごめん。あまり面白い話題じゃなかった」

「そう? 今のあんたは見てて楽しかったけど」

「そういう楽しみ方をされても困る……」


 スン……と瞳から光が消える黒百合に、笑みを噛み殺しながらモナルダが「ごめんごめん」と手を握って言った。自然と、照れもなく……拒まれないとわかったから、そうすると安堵する。


「でも、真鍮製なのね。もっと良い金属があると思うけど……」

「――――」

「だから、ごめんって。で? 真鍮なのにも理由があるのね」


 クスクスとからかうモナルダに、黒百合は改めて語りだす。なんだかんだ言って、知っていることわかることなら解説してくれるのは、親切だと思う。


「ソロモン七二柱の魔神って呼ばれる存在がいる。ネビロスもその一柱なんだけど」


 ソロモン王は強大な力を持つ悪霊――悪魔を真鍮製の壺へ封じた、という逸話がある。これがソロモン七二柱の魔神と言われている存在である。


「真鍮は青銅と同じくらい古くからある合金。そういう意味では、特別感があったから真鍮が素材になったんだと思う」

「ふぅん、どのくらい昔からあるの?」

「紀元前三〇〇〇年紀にはあったから、四〇〇〇年以上前くらい? 確か青銅器だったら紀元前二五世紀には使われてたし――」

「……もうピンと来ないわね」

「古くなればなるほど、間がスカスカになっちゃうのは歴史のあるある」


 近代史のように資料が豊富な時代ではないのだ。時に散逸し、時に失われ、そんな空白が歴史にはどうしても生まれてしまう――だからこそ、ロマンがあるのだけれど。


「とはいえ、真鍮製の工芸品がこんなにあるとは思わなかったけど」

「そうよねぇ。あんまり店売りのアイテムって興味はなかったんだけど……」


 そう言ってアクセサリーを眺めるモナルダに、黒百合はひとつ考え込む。長い時間は考えない、結局悩んだ時点で答えは出ているからだ。


「……なにか、記念にプレゼントしよっか?」

「はい?」


 思わず、尻上がりに声が上ずってしまった。モナルダは、黒百合を見る。小首を傾げ、言った。


「今日はわざわざ私のために時間を使ってもらったし。そのお礼」

「あ、いや――」

「それに、デートだし?」


 ひぐ、とおかしな声が漏れた。モナルダとしてはそれだけですんだのが幸いだ。一歩間違ったらおまわりさんを呼ばれるほど不審な悲鳴を上げてたかもしれない。モナルダは深呼吸、を試みるが浅い呼吸にしかならなかった。それでも、なんとか取り繕おうと頑張る。


 ――そうね、もらってほしいならもらってあげるわ。


 そう余裕を持って言ってやろうとして。


「……ん」


 そう小さく頷くのが、精一杯だった。


   †  †  †


■なるほど、契約の壺が真鍮製でベリアル由来のものだって言う話はそのあたりの逸話から……

■プルメリア、すっかり考察動画にハマっとるのぉ

■後でもうちょっと黒百合さんに質問してみた――

■…………

■…………

■…………

■…………

■…………

■…………

■すごい集中してるわ。いや、これは見入るかぁ

■な、なにか圧が怖いんですけど……

■ヴラドの時のフルアーマー勢揃いじゃったからなぁ。サイネリアも姉のこととなると気が気じゃないじゃろうし

■……驚くぐらい普通のデートっぽくて逆に怖いわ

■黒百合さんの方は、「デートってこういうもの」って認識でやってるんだと思うんですけど……普段の気遣いと合わさるとああも破壊力が増すんですね

■この中にまともなデート経験のある者がおらんから、おかしな部分が見えないのかもしれんが……恋愛経験がないというか恋愛をしとる実感がないのか、薄いんじゃろうなぁ


   †  †  †


 エクシード・サーガ・オンラインでは、アイテムの譲渡には大きな制限がある。これはリアルマネートレード対策であるのだが、店売りの消費アイテムやアビリティのない装飾品(アクセサリー)はその制限にかからないようになっている。当然のごとく、贈り物をしたいというプレイヤーの要望に応えるためだ。

 ゲーム的な意味は薄いが、装飾品であれば贈られた側が強化を行なうことは可能だ。ただの贈り物として大事にするも良し、装飾品として活用するも良し。それは贈られた側次第である。


 そんな中、黒百合が選んでプレゼントしたのは真鍮製の髪留めだった。左右のツインテールにお揃いになる、一対の装飾品だ。


「純粋な疑問で聞きたいんだけど、これを選んだ理由は?」

「手とか腕とか、身体に身につける装飾品だとモナルダのスタイルだと感覚が変わるかなって思って」


 なるほど、ものすごく実用的な理由でした。モナルダが納得してると、黒百合が付け足した。


「それにモナルダの赤い髪に、金色が似合うかなって思って」

「ん、ぐ――っ」


 だからっ、どうしてそうやってタイミングずらすのかなぁ!? とモナルダは叫ぶのを必死に食い止める。最初に聞いた時は身構えていたので耐えられただろうが、油断したところに突き刺して来るのは止めてほしい、本当に――?


「……?」

『あ、やべ』


 モナルダが俯いてプルプルと震えていると、普段と違う格好の見慣れたモノと視線が合う。みつかった、とSDモナルダが逃げ出そうとするより早く、トンと軽く地面を蹴った黒百合が間合いを詰めると優しく捕まえた。


「……モナルダに見つかったなら、さすがに逃がせられない」

『あーうー、いつからみぬいていたぁ~!?』

「この雑貨屋に入ったあたり?」


 司令部が代理になって慎重さを失っていたのが敗因だ。配信撮影用の球体カメラをぐわしと握りしめ、モナルダがそのカメラに向かって言った。


「――あんたら、そこから動くんじゃないわよ。説教タイムだわ……さすがに、アタシにだってプライベートってもんぐらいあんだかんね?」


 いつものモナルダの鬼気迫る表情で、そう吐き捨てる。そして、カメラの機能を強制的に落とすと黒百合を振り返って言った。


「はい、デートはお終い! ――手伝いなさい、クロ」

「……乱暴はしないって約束するなら」

「大丈夫よ――このゲームにPCプレイヤーキャラクター間にダメージ判定はないから」


 それは大丈夫って言うのかな、と黒百合は思うが、言わなかった。正直、デート中よりもモナルダが生き生きとしているように見えたからだ。


「超特急で行くわよ。クハハハハハハハハ! 不届き者たちには人誅だわ!」

「……天誅でないあたりが、使用法が正しい」


 走り出したモナルダの後を、SDモナルダを頭に乗せて黒百合は追いかける。ま、こちらも少しばかり釘は差しておこうかな、とそう思いながら。


   †  †  †

照れ隠しも多分に入っておりますが、後に正座説教が入った、とのこと。どっとはらい。



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