閑話 恋の地雷原3
† † †
とてとてとて、と積層遺跡都市ラーウムの大通りを駆けるモノがいた――都市迷彩のスニーキングスーツに身を包んだSDモナルダだ。SDモナルダは物陰に身を潜め、慎重に進んでいく。以前、某FPSで鍛えたスニーキング技術を駆使して、所定の位置へと到着した。
しゅば! と腕時計から射出されるワイヤーで建物の屋根へと登ったSDモナルダは、屋上に置かれた鉢植えの影に隠れて呟いた。
『こちらえすでーもなるだ、しょていのいちにとうちゃくした。しれいぶ、しじをくれ』
■こちら司令部。所定の位置から目標は見える?
『いちおう。でも、おんせいはひろえなさそう。ちかづくか?』
■だめ、そこから先はクロならSDモナの気配を察知しかねない。まずは映像を送られたし
『おーけー!』
■……なにか本格的なスニーキングミッションが始まってますよ?
■こういう時のエレちゃんは、頭の回転がクロ並だからなー
■クロの方がいいアイデア考えつくから。でも、クロが頼れないならワタシがやらないと
■……違うタイミングで聞けばいい意味に聞こえるはずなのだが
SDモナルダによる身内配信のコメント欄は作戦本部兼視聴者の鑑賞会場と化していた。画面がわずかに揺れる、SDモナルダが渡されていた動画配信用のカメラを目標へと向けたからだ。
目標――壬生黒百合とモナルダは、大通りに面したオープンカフェのテーブル席にいた。ふたりでテーブルにウィンドウを広げて覗こんでいるのだろう、肩を寄せ合うように座ったふたりがなにか言葉を二、三回投げ合うと、赤い少女が唐突に吹き出してはにかんで笑った。
■ん? んん?
■誰? あれ……
■モナがあんな笑い方するのを見るのは、初めてじゃなぁ……
■こう、身構えてないというか……すごい自然に笑ってません?
■……ですねぇ
サイネリアでさえ、初めて見る笑顔だ。気取る必要がないのなら、あんな無防備な笑顔も姉はできるのだとどこか他人事のように思ってしまう……そのぐらい、想像していなかった姿がそこにはあった。
■むー、むー、むー
■どうどう。あれ、普段のクロだから
■……普段から、あの子ああなの?
■く……ロちゃん、妙に聞き上手なところがあるので……
■こっちがなにを考えているか、読んだ上で言葉にしやすいように誘導するからね
■……確かに、そういうところもある
■なら、アレをきちんと段階を踏んで引き出したってことじゃなぁ
■黒百合さん、あれで恋愛経験ないんですか?
■ないんだよなぁ……自覚が
鑑賞会場の総意としては、予想以上にデートっぽくなっている、というのが感想だ。同性という気安さはあったとしても、珍しくモナルダ自身が距離を寄せている風に見せる。それを黒百合は拒むことなく、自然な空気で受け入れている……また距離感バグってるな、と白百合などは思う。
(本人、本当に普通に接してるつもりなんだよね……)
その一因に自分があるのがわかっているだけに、白百合としてはなんとも言いがたい。
『お、かんじょうすませていどうするみたいだぞ』
■こちら司令部、慎重に距離を開けて追跡せよ、オーバー
『らじゃー』
■……今度、SDちゃん貸してくんない? FPSですごく使いたい。索敵にすっごく使えるわ
■さすがにチート扱いされるじゃろ、それ
■自己判断できるドローンみたいなもんですからね、言葉で報告してくれますし
行き先を決めたのか、ふたりはテーブルに飲み物の代金を置いて立ち上がる。不意にモナルダは黒百合と手が触れ合ってしまって、反射的に引き戻そうとした。それをきちんと黒百合が受け止め、優しく握る……それを拒むことなく、モナルダは赤いツインテールを揺らして俯いた。
■……おかしい、今、モナルダが可愛く見えたんだけど?
■大丈夫、ワシもじゃから。ちょっと眼球洗ってくるわい
■……ッ……ッ
■はいはい、エレちゃん落ち着こうね。いつものこと、いつものこと
■黒百合さんが、どんどん誑し扱いされていってません?
■…………
■…………
■…………
■…………
■…………
■ちょ、黙らないでくださいよ!?
■ごめんなさい、反論がちょっと思いつかなかった
■だよねぇ。外から見れば完全に誑しだよ、アレ
■黒百合さん、すまない。反論の余地が見当たらないんだ……
■わ、悪気はないんですよっ。善意のみの行動ですよ!?
■破滅への道は悪意じゃなくて善意で舗装されとるんじゃよなぁ……
■笑えないんだよなぁ
■……人の姉を勝手に破滅させないであげてください
■アッハイ
『おーい、おいかけっからなー?』
† † †
――おかしい、しばらく街の観光を楽しんでからモナルダは自問自答する。
最初は年上のお姉さんとしての余裕を見せて黒百合が戸惑う姿を見てやろうと思っていたのに、今では完全に立場が逆である。いや、そもそもが黒百合は恋愛経験がないのではなかったのか? 妙に手慣れているのだ。
大通りを歩いていると、自然と人混みの方を自分から歩いてくれる。歩調に関してもおそらくは向こうの方が合わせてくれるのだろう。こちらがなにかに視線を取られると、黒百合の方から止まってくれるし、扉があるといつの間にか黒百合が開けていてくれたりして――。
(ん? んん??)
鬼じゃ、気遣いの鬼がおる……、気づかなければ流してしまいそうな部分でリードしてくれるのだ。加えて、その動きがあまりにも自然でともすればいつの間にかそうされることが当たり前になっていて、正直怖い。
(これで恋愛経験ないって……恋愛ってなんなんだろ?)
黒百合ではなく、モナルダの方が見失ってしまいそうだ。そう悩んでいると、黒百合が顔を覗き込んでくる。
「モナルダ? 疲れた?」
「ふえあ!? いや、そんなんじゃないわよ。ちょっと考え事」
「ふうん」
そこで黒百合はその話題を終える。モナルダの方から話したくないなら、話さなくていいという意志表示だ。
(…………)
なんだろう、泣きたくなるくらい居心地が良い。胸の奥がどうしようもなくざわついて、今にも泣き出して吐き出したくなるのを必死に我慢しなくてはならなかった。もうなにも考えず、ずっとこの空気と温もりの中で溺れてしまいたい……そう切なく願ってしまうから。
(本当、アクシツだ、こいつ……)
最初、人の負け惜しみをこれ以上ない綺麗事にしてくれた、と苦々しささえ感じていたはずだ。だが、その負け惜しみを認めてもらえたことを実は嬉しいと思っていた自分がいたことに気づいて……自然と、嫌いだったはずのこいつの綺麗事が――染みる、ようになっていた。
(あっぶな……)
今、言葉を言い換えられて良かったと思う。間違っても、こいつにその言葉は使っては駄目だと思った。使ったら最後、本当に自覚してしまうから。
「……覗いてみる?」
え? と返しそうになるのを、モナルダは喉元で食い止める。思考に没頭しすぎたのかもしれない、いつの間にか足が止まっていた。黒百合も立ち止まってくれていたから、自分が止まっていたことにも気づかなかった。
ふと目の前には、雑貨屋がある。それでようやく黒百合の問いの意味を理解できた。モナルダはこくんと頷くと、笑って言った。
「ん、そうしてみよっか」
† † †
■…………
■…………
■…………
■…………
■…………
■…………
■あ、あの、みなさん? 思考入力だから沈黙も入力されてますよ……?
■駄目じゃよ、本人たち超集中しとるから
『みせにはいったぞー、しれいぶどうする?』
■こっち司令部代理ー。無理しない範囲で追って、どうぞ?
『らじゃー』
† † †
※大丈夫、きっと錯覚ではありません……多分、だといいなぁ……。
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