閑話 恋の地雷原2
※誤字修正報告、ありがとうございます!
† † †
最初にその異変に気づいたのは、サイネリアだった。
「あれ?」
「どうしました?」
歌の試練の間、そこで一緒に休憩していたディアナ・フォーチュンに問いかけられてサイネリアは薄い狐目の目尻を下げて小首を傾げた。
「SDちゃんが、こっちの呼び出しに答えなくて」
「クロちゃんを迎えに行ってくれたんですよね、SDモナルダちゃん」
用事があって遅れてやって来る予定だった壬生黒百合がログインした、という話を聞いてSDモナルダが迎えに自分から行ったのだ。黒百合によく懐いているSDモナルダだ、寄り道など決してせず一直線に会いに行ったと思うのだが……。
「ええ、もう会えていてもおかしくないんですが――おかしいですねぇ」
基本的にSDモナルダの管理は、サイネリアが行っているのだ。理由はとても簡単である、モナルダが遅刻した時にこそ活躍するからだ。管理権はサイネリアが持つのも当然だった。
「あ、封印されてますね。姉さんがやったみたいです」
「なんでまたそんなことに……」
「そこはSDちゃんに聞いてみましょう」
ポチポチ、とサイネリアがパスワードを打ち込むと、一発で正解にたどり着く。それにディアナが目を丸くした。
「え? すごくあっさりと解きませんでした?」
「姉さん、適当にパスワード決める時、いつも同じものにする癖があるんです」
ちなみにそれが自分ではなく、サイネリアの中の人の誕生日なのはご愛嬌だ。そういところに、姉の性格がよく出ていると妹は思っている。
『ぷは! でれたああ! ほんたいめぇ!』
こてんとサイネリアの肩の上に現れたSDモナルダが、歯ぎしりする。その頭を撫でてあげながら、サイネリアは訪ねた。
「急にどうしたんですか? 黒百合さんを迎えに行ったんでしょう?」
『ほんたいのやつ、クロとでぇととかいいだしてあたしを――』
その瞬間、ざわりと周囲がざわめく。いの一番に、エレイン・ロセッティが飛んできた。
「え? なんでモナがクロとデートしてるの!?」
『えっと、あたしがむかえにいったときにはもうほんたいとクロがあっててな?』
エレインの剣幕に驚きつつ、SDが目を白黒させる。どうどう、とエレインの両肩に手を置いて抑え、壬生白百合も覗き込んできた。
「どういうことか、一から説明できる? SDちゃん」
『あー、クロがうたのしれんのげいじゅつてんのことで、らぶそんぐがよくわからないってはなしになってな? だから、げいのこやしにってでぇとしようってほんたいがいいだして……』
「あー……そういう相談になっちゃったんですね」
ディアナも、少し複雑な表情を見せる。黒百合はそういう相談は、自分にはしてくれない。やはり、迷惑になると思ってしまうのだろう。それを少し寂しいと思うのは、勝手が過ぎるだろうか。
ただ、モナルダにそういう相談をしたというのが半分意外で、半分納得できるものだった。
「姉さん、妙に頼られたがるところがありますから……」
「あー、クロも薄々気づいちゃってるかもね」
サイネリアの言葉に、白百合は苦笑。面倒見の良さはあるモナルダだ、頼ってほしいとか相談して欲しいと相手が思っているのなら“そう”してしまうところが、黒百合にはある……本当に困ったことは、決して他人には明かさない癖に。
「むー、むー、むー」
それに気が気でないのが、エレインだ。芸の肥やしだがなにだが知らないが、デートがしたいなら自分がいくらでもしてあげるのに――そう思っているのだろうとその場の誰にもわかる表情だ。
「デートかぁ……」
白百合が、密かに呟く。異性と出かけることは、特に最近の坂野九郎には珍しいことではない。エレインは上の階に住んでいるし、ディアナともそれなりに交流をしているようで。なにより、昔から自分に付き合ってよく外に出かけていたのだから。
とはいえ、九郎はそれをデートと認識していないだろう……自分と出かけるのは、特に。
(あー……)
サイネリアは、三者三様考え込んでしまった彼女たちに気づかれないようにため息をこぼす。彼女たちには思うところがあるのだろう、だがサイネリアからすると少しばかり複雑な立場にある。
(私は姉さんには、いい機会だと思うんですよねぇ……)
昔、それこそ新体操のオリンピック強化選手に選ばれた頃から、姉はとにかく周囲の子供たちの世話役だった。大人たちも姉に任せれば大丈夫だろう、という安心があったのだろう……姉は、その期待によく応えた。
(……応えちゃったんですよねぇ)
ただ、日夜技術を培うだけの場。それに加えて妹の自分を含めて年下の子供の世話を焼く日々は、姉に世話焼きという一面を与えた。とにかく面倒見がよく、人をよく見るのだ。だから人に頼られるのが当たり前で、それが“普通”になってしまった。
ここで問題なのは、纏め役やリーダーではなかったことだ。純粋に世話を任されただけ、それを姉はよく理解して出過ぎる真似はしなかった。だから、年上の選手たちからも受けが良かった――だからこそ、いつの間にか大人にも年上にも頼れない、頼られるだけの場所が居心地が良くなってしまったのだ。
(でも、黒百合さんには少し違うんですよね……)
それとなく、自分の重荷を預けることがある。神聖都市アルバで黒百合に姉が相談したのだって、サイネリアからすれば驚くべきことだ。姉が誰かを頼ったところをサイネリアは初めて見た気がする。
だから、サイネリアとしてはデートなどという似合わないことを姉が言い出したのをいい傾向だと思っている。それはきっと、姉が徐々に見せ始めた甘えなのだから――。
(だって、姉さんも恋愛経験絶無でデート経験なんてないはずですからね)
サイネリアは遠い目をする……と、ふと気づくとSDモナルダの姿が消えていた。
「あれ? SDちゃんは?」
「えっと……みんながモナルダさんのデートを覗こうとして、送っちゃいました……」
プルメリアが申し訳無さそうに言う。サイネリアは、部屋の壁際で円陣を組んで鑑賞会の準備を始めていたクラン《ネクストライブステージ》とクラン《百花繚乱》のメンバーにようやく気づいた。
† † †
積層遺跡都市の大通りは、多くのPCとNPCでごった返していた。
特にNPCに関しては、このラーウムはエクシード・サーガ・オンライン内では歴史や学術の最前線のような扱いを受けている。そのため観光客も多く、学術の徒もちらほらと見受けられる。比率的にはPCが五、NPCが五と言ったところか。
そんな人混みの中で、まさにモナルダはサイネリアが抱いた懸念に遭遇していた。
(……デートって、なにをすればいいんだっけ?)
デートという言葉の意味は知っている、辞書に乗っている範囲で。青春時代を新体操とゲームに捧げたモナルダに、デートの経験などあるはずがないのだ。お姉さんがリードしてあげるっ、と言わんばかりに切り出したもののまったくのノープラン、武器防具なしで魔王の前に立った勇者の気分だった。
「……ふむ、なるほど」
そんな悩むモナルダの隣で、黒百合はマップを確認すると繋いでいた手に軽く力を込めてモナルダを見た。
「そこに喫茶店があるみたい。まずはお茶でも飲んで、どこに行くか決める? 急に決まったから、目的もないんだし」
「あ、うん……」
「ん、じゃあ行こうか」
モナルダは黒百合に手を引かれるように、歩き出す。一瞬頭の中が真っ白になったが、ようやく実感が出てきた。
そう言えば、いつも誰かの手を引くばかりで誰かに引かれたことはなかったな、とモナルダは頭の片隅で思いながら、小さいのになぜか頼もしい黒百合の後に続いた。
† † †
それなりに、思うところがある人が多すぎる……。
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