閑話 恋の地雷原1
† † †
「あーうー」
「……どうしたの?」
積層遺跡都市ラーウムの中央広場。壬生黒百合は、そこのベンチで唸る顔見知りを見つけた――モナルダだ。ぐったりとしていたモナルダは、黒百合の顔を見てどんよりとした表情を見せる。
「……クランのみんな、歌の試練に行ったのよ」
「ああ、モナルダは一〇連続挑戦に失敗して、一回も成功しなかったっけ? その動画、見た」
「だから! そういうのは見なくっていいって言ったでしょ!?」
歌の試練に挑戦してみた、は今はちょっとしたバーチャルアイドルたちのブームとなっていた。ゲームの腕前に関係なく、ゲーム攻略の手伝いができる――歌を主体にしたいバーチャルアイドルたちが活躍できる、そんなギミックだからだ。
(おそらくはこの類のギミックは、色々な場所に仕込まれてるだろうなぁ)
運営側もなかなかに上手い落とし所を考えたものである。そんなことを考えてると、モナルダはちょっと横にずれて言った。
「立ったまんまもなんでしょ? 座りなさいよ」
「ん、そうさせてもらう」
促され、黒百合もベンチに座る。そんな黒百合に、モナルダは訊ねた。
「クロ、あの試練の最高得点、何点だった?」
「ん、八二点」
「え? あんたもクリアできてないの?」
意外ね、という表情をモナルダは見せた。モナルダはオープンβ最後の黒百合の演歌を聞いて歌唱力は知っている。てっきり九〇点以上を取ってクリアしているものだとばかり思っていたのだ。
ちなみに、モナルダの最高点は八四点。後一歩が届かなかった。
「ん、通常採点で点は取れるけど芸術点で大きく減点された」
「そうなんだ、アタシと逆かー」
しみじみとモナルダは言う。それにコクンと黒百合は頷きを返した。
あの歌の試練は、大きく分けて二種類の採点方法を同時に取っている。ひとつは音程が外れていないかとか正しいリズムで歌えているかなどの通常採点。もうひとつが心情を込められているか独自の個性が出せているかなどの芸術点である。
通常採点が最大八〇点。芸術点が二〇点。このふたつの合計で、九〇点以上取ると歌の試練はクリア、となるのだが。この両立が意外に難しいのだ。
「気持ちを込めるとリズムとか音程とかぽーんってどっかいっちゃうのよねー」
「ん、モナルダの歌は聞いてて気持ちいい」
「……そ、そう?」
心の底からの称賛だから照れもなく言う黒百合に、逆にモナルダの方が恐縮してしまう。実際、プロの歌手が自分の持ち歌をカラオケの採点で満点が取れるか、というとそうでもない。聞き慣れたはずの、あるいは心震わせるほど心情が込められた歌の方が、結果として『正しい歌』から外れてしまうことがあるのだ。
「ディアナとか、本当にすごい。あれだけ心情を込めて、完璧に歌い上げられる」
「作詞家からしても作曲家からしても、大満足な歌手ってアレよねー」
「動画を見た時、サイネリアもすごかった。九八点で一発クリアは、ディアナの次の最高点のはず」
「ああ、あの子も歌の才能あるのよ。昔っから、歌だけは歯がたたないわ……」
なお、他のクラン《百花繚乱》のメンバーは一発クリアは出来なかったものの、九〇点代前半を叩き出していて――。
「まさか、カラドックまで三回目で出すと思わなかった……」
「ん、あれは驚いた。しかも、すごいアップテンポの曲だったし」
「鎧脱いで顔出ししたら、アイドルできるのにもったいない」
ちなみに、配信外で吾妻静も九一点で一発クリアしている。静が内密に、と言っていたので知り合いだろう黒百合にもモナルダは語らないが。あそこまで日陰から想い人を想う心情を熱を入れて歌い上げられるとは、思いもしなかった。
「ま、何にせよアタシは戦力外だからここにいるのよ……」
ようは、クラン《百花繚乱》の関係者はアカネ――絶対無理、と本人が辞退したため挑戦すらしていない――とクリアできないモナルダだけなのだ。だからモナルダは歌の試練で協力できずに、ここで暇を持て余していた訳で。
「そういえば、クロはどうして今ここに? ウチの連中と一緒に行ってないの?」
「ん、私はリアルの用事で遅れた。今から、合流するところ」
「そっかー」
生真面目な黒百合のことだ、歌の試練で手伝えない分、あの場所までPCが行きたい、というのを護衛したり道案内したりするのだろう。モナルダ的は、そういうのは自分のキャラじゃない、とやらないが、黒百合らしいと思った。
『よーし、じゃあいこうぜ、クロ!』
「――って! なんでいきなり出て来てるのよ!?」
いつの間にか現れて、黒百合の狐面に腰掛けていたSDモナルダに、本体が噛み付く。それを見て、SDの方が半眼。モナルダを見た。
『ほんたいがいじけてこないから、アタシがこいきなとーくでつないでるんだぞー?』
「い、いじけてないもの! 適材適所ってだけでしょうが!」
『なら、うたのれんしゅうでもしろよー。じみちなれんしゅうは、うらぎらないんだぞっ』
ぐ、とモナルダはSDモナルダの正論に言葉を詰まらせる。なによりも、その言葉は昔、サイネリアに自分が言ったセリフだからだ。
そんなSDの頭を人差し指で撫でて、窘めたのは黒百合だ。
「こら」
『うー、だってさー』
「歌は、歌いたい時に歌いたいように歌えばいい。ね?」
むー、と頬を膨らませていたSDも黒百合に撫でられると途端にゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌になる。ディフォルメされているとはいえ、自分の顔でそういう表情をされると複雑だ、ギリギリとモナルダは気づかぬ間に歯ぎしりしていた。
「私も歌の試練だと役に立たないし」
「……クロって芸術点が足りないんでしょ?」
「ん、確か心情が薄く感じられます……だったかな。どうにもラブソングってわからない……」
指先で撫でられて満足したSDが、黒百合とモナルダのやり取りを見下ろす。そして、小首を傾げながら――。
『クロって、あれか? れんあいけいけんとか、ないのか?』
――超弩級の爆弾を落としてきた。
† † †
(れん、あい……経験……?)
黒百合の中で、坂野九郎がまるで宇宙人の言語を聞いたような気分で一七年の人生を振り返る。
「……飛び級が多くて、周りが年上ばかりだったし」
「遠回しにないって言ってるわね、あんた」
急激な飛び級を繰り返した児童にはよく見られる傾向だと言われている。一〇代の五歳差とは、成人のそれよりも大きいのだ。
とはいえ、学校の教師が教え子と結婚するケースもあるというので、やはり世間一般的には個人差という便利な言葉で片付けられる。また、その点において九郎の場合はまた少し“重傷”なのだが。
(んー……)
九郎自身は、そこまで鈍感ではない。自分に向けてもらえる、分不相応な好意をそれとなく気づいてはいるのだが。やはり、その前に築いている関係の方を優先してしまうため、そこからどう発展させていいのかわからないのだ。
……ここで発展だとか、わからないとか言うから、“重傷”なのだが。
「ふうん――」
モナルダは目を細め、じーっと黒百合を見る。その視線を受け止める黒百合に、モナルダは思いついたことを提案した。
「なら、クロ。今からデートと洒落込むわよ」
「……はい?」
「よく言うでしょ? なんだって経験してみるもの、経験が芸の肥料――」
『げいのこやし、な?』
無粋なツッコミを入れたSDの額に指を突きつけ、モナルダは即座に封印。適当に暗号でロックして、モナルダは赤いツインテールを弾ませて勢いよく立ち上がる。そして、黒百合に手を差し出して言った。
「よし、決定! 行くわよ」
黒百合は、差し出された手を見る。その手がほんの少しだけ震えたのを見ると、手を取って立ち上がった。
「ん、芸のこやしなら仕方ない」
「ん、そういうことっ」
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サブタイトルで今後の展開が読めそうな件について。
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