110話 三匹が行く6
† † †
「さて、彼女たちが戻ってくる前に終わらせましょうか?」
「「「アッハイ」」
魔神パイモンの気遣いに、男三匹が声をハモらせた。このミニシナリオのフラグはなんということはない、パイモンの恋愛指南書を目的として第三層へ到達すること――それだけだったのだ。
「あー、まず聞きたい、んだけど……いいかな?」
「ええ、色々疑問もあるでしょう。どうぞ?」
話しづらそうなアーロンを、楽しげにラクダの背に腰掛けながら眺めてパイモンは先を促す。アーロンはバツが悪そうな顔で、訊ねた。
「試させてもらったってことは、このミニシナリオ自体が恋愛指南書を獲得する試練だった。そういう認識でいいんだよな?」
「ええ、その通りよ。だって、碌でもない男の手にでも渡ってみなさいな。それこそ“相手”が不幸になるでしょう?」
パイモンが、当然のことのように言う。アーロンは、その意図に気づいて補足した。
「恋愛はひとりするものじゃない。だから、“相手”のこともその範疇ってことか」
「そうね」
古今東西、悪魔とは契約に忠実でありながら不誠実な存在だった。契約は必ず守るが、その解釈を意図して曲解することで叶えることなどザラなのだ――それこそ、ラーウム王国最後の王のように。
そういう意味では、このパイモンの行動はむしろ誠実であると言える……契約者にとって災難でも、その“相手”からすれば。
「他人のことを考えられる度量、優しさ、そしてその優しさを“相手”に与えられるだけの行動力と力量。ええ、あなたたちには充分恋愛指南書を手にする資格があるわ」
「そ、そうでござる、か?」
「ふふ、格好良かったですよ? サイゾウさん」
エウリュディケの時の口調と声の響きで言われ、サイゾウは思わず消え入りたくなる。空気って怖いなー、何万人に見られたんでござるかね、アレ……遠い目をするサイゾウに、クスクスとパイモンは笑みをこぼした。
(……これ、すっげえ気まずいなぁ)
堤又左衛門こと又左は、そう密かに苦笑いする。ゲームの恥は書き捨て、でいいと思うが、決して嘘をつけない相手が誰にでもひとりはいるのだ。
それは自分だ。どんなに他人に嘘をつけて誤魔化せても、自分だけは騙せない。まさかこの年になって、黒歴史がひとつ追加されると思っても見なかった。
「これをどうぞ――あなたたちなら悪用しないって信じているわ」
《――PCサイゾウはブラックボックス:コモンを得た》
《――PCアーロンはブラックボックス:コモンを得た》
《――PC堤又左衛門はブラックボックス:コモンを得た》
三人の手元にひとつずつブラックボックスが出現する。カシャン、という軽い音とともにブラックボックスが開くと、一冊の古い装丁の本がそこにはあった。
† † †
・パイモンの恋愛指南書
対象の思考を読み取りリアルタイムで好感度を上げる選択肢を掲示してくれる、恋愛の権能を持つ魔神パイモンの恋愛指南書。装飾品としてアクセサリー枠に装備している間だけ、効果が発揮される。
この本は、あくまでガイドラインを示すガイドブックである。そのことをゆめゆめ忘れるなかれ。
† † †
「ええ、これでミニシナリオ終了よ。システムメッセージはないのは味気ないけれど――あなたたちなら使いどころは間違えないでしょう」
「ん、ああ……」
又左は頷くのを見て、ラクダが歩き出す。周囲に立ち込め始める霧、その中へとパイモンはかき消えていった。
『――では、またね。次は、戦場で』
最後まで意味深な言葉を残し、魔神は小さく手を振って去っていった。それこそ、まるで夢かなにかのように。だが、虚構によくあるように手の中に残された本が、彼らにそれが夢ではなかったと伝えてくる。
「いっそ、夢のほうがマシじゃないか? 旦那方」
「……言うなよ、思ったけど」
「ござるなぁ……」
† † †
壬生黒百合たちは万魔殿の扉から、歌の試練の円へと転移して戻ってきた。配信は念のために終わらせておいた……黒百合の勘がそうした方がいいと訴えていたからだ。
「……そっちは終わった?」
「ああ」
黒百合と又左は、短くそう言葉を交わす。その手に握られていた本を見て――黒百合の瞳から光が消えた。
“黒狼”『あ、うん。なるほど?』
“忍々”『……知ってるでござるな? その反応』
“阿栄”『心配しないでくれ、さすがに悪用しない……つうか、できない……』
“黒狼”『ん。そこは信じてる』
“又左”『……信頼がおっかねぇ』
黒百合が理解のある相手で良かった、と本当に三匹は思う。秘匿回線で三匹を戦々恐々させて、黒百合は改めて言葉で訊ねた。
「この先の万魔殿の扉があって、登録しておくといいってネビロスが言ってた。三人はどうする?」
「試練に関してなら、私がお手伝いできますけど」
「あ! 今度はワタシもやってみた~い!」
「ああ、あたしも少し挑戦してみたいかも」
エレイン・ロセッティと壬生白百合からすれば、歌の試練にバーチャルアイドルとして挑戦してみたいというのが本音だった。ディアナのそれを見たからこそ、その想いは強い。
「どうする? 旦那方」
「あー……一応、登録ぐらいはしておくか?」
「ネビロスが言うなら、なにか意味はあるはずでござるからなぁ」
その時だ、三匹の視界に不意に選択肢が浮かんだ。
† † †
◆彼女たち、どちらに歌ってもらう?
(※↑:好感度上昇 ↓:好感度下降)
・白百合に頼む(↑↑:白百合 ↓:エレイン)
・エレインに頼む(↑↑:エレイン ↓:白百合)
・ふたり一緒に歌ってみたら?(↑:白百合 ↑:エレイン)
† † †
ぶほっ! と三人同時に吹き出した。これか、こういうノリなのか!? 多分、下降の方は相手が上昇した分の相対的なもんだろうけど!
(((ギャルゲーじゃねぇか!)))
三人の心の絶叫がハモったその時だ――黒百合が、思いついたように言った。
「なら、前にライブで三人がユニットで歌ってたの。アレを試してみたら?」
「あ、複数もいけるのかな? これ」
「試してみる価値、あるかも?」
「やってみましょうか」
† † †
◆彼女たち、どちらに歌ってもらう?
(※↑:好感度上昇 ↓:好感度下降)
・白百合に頼む(↑↑:白百合 ↓:エレイン)
・エレインに頼む(↑↑:エレイン ↓:白百合)
・ふたり一緒に歌ってみたら?(↑:白百合 ↑:エレイン)
(New)・三人で一緒に歌ってみたら?(↑:白百合 ↑:エレイン ↑:ディアナ)
† † †
「「「…………」」」
「? どうかした?」
黒百合が、小首を傾げて三人を見上げる。三匹は無言で、パイモンの恋愛指南書をアクセサリー枠から外した。
“阿栄”『なんだ? この格の違いを見せつけられた気分……鬱だ』
“又左”『こりゃあ、アレだわ。黒百合の大将が素で男前ってことなんだろうが……説明文の通りだわ、こりゃあただのガイドブックなんだなぁ。無くてもやれるヤツはやれるってか』
“忍々”『本当の使い所まで、封印ってことで……いいんじゃね?』
思わずサイゾウがござる口調を忘れるほどの疲れた口調で伝えると、アーロンの又左は遠い視線で頷く。
「いくよ? いっせーの、せ!」
「あ! 同時に入ったらいけそうだよ!」
「じゃあ、歌いますね」
白百合とエレイン、ディアナが円に同時に踏み入ると光の文字が周囲に走る。サイゾウとアーロンのドルオタ組は、ヤケクソ気味に意識を切り替え自分たちのために歌ってくれるアイドルのためにサイリウムを装備。又左が深い溜め息をつくと、そのまま少し離れて聞くことにした。
――後に、この歌の試練を目的に多くのバーチャルアイドルたちがこの積層遺跡都市ラーウムへと集うこととなる。歌うことが目的のバーチャルアイドルたちからすれば、ここで歌うことでゲームを攻略する手助けになるのだ。マルチVRエンターテインメントを目指すエクシード・サーガ・オンラインにおいて、これは小さいながら大きな意味を持つ一歩となった。
† † †
ぎゃふんオチ。心を強く持とう、うん。
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