109話 “この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”
† † †
ディアナ・フォーチュンが最初の試練到達者だった――その言葉に、壬生黒百合はひとつの納得を得る。
(……なるほど)
黒百合は、三人を思う。あ、これ、なにか別フラグ立ててたんだなぁ……と。どんなフラグかは後で聞こうと思っていると、ネビロスがスケルトンたちを送還し終えた。どうやら、本当に歓迎の賑やかしのために召喚したらしい。
『まずは、これをキミへ。受け取って欲しい』
ネビロスがそういうと、右肩の犬型肩当てが口を開いた。その口の中から、コロンと転がり出たのは、ひとつの黒い箱だ。
《――PCディアナ・フォーチュンはブラックボックス:レアを得た》
「えっと……」
『うん、キミがそれを手に入れることになんの問題もないよ。むしろ、受け取ってほしい。それだけの価値があるものを聞かせてもらったからね』
開けてご覧よ、とネビロスに促され、ディアナはブラックボックスを手に取る。カシャンカシャンカシャン! とブラックボックスが開くと、そこに現れたのは一本のマイクに似た漆黒の短杖だった。
† † †
・歌姫の短杖・三頭
二四時間に一回、あなたが所有するすべての「種別:短杖」が持つアーツを最大で三つコピーする。その時、コピーしたアーツに設定された最大値として扱う。また、設定時間で更新されなかった場合、コピーしたアーツが持続されるものとする。ただし、コピーされるアーツの対象は、ダメージを与えるものや対象にデバフを与えるものはコピーできない。
その歌声があなたの望む誰かの癒やしとなることを信じて。汝、その“愛”を忘れるなかれ。
† † †
「あ、なにかすごい便利そうですね」
■え? あ……はい?
■ちょ、これ……!?
■ひぎィ!? これ、マジか!?
■なんだ? どうした?
■いや、強いは強いと思うけど、アーツが三つしかってのはちょっと残念じゃね? アーツの最大数で五つまでだろ?
そこまでシステムに詳しくないディアナとしては、その黒い短杖の説明文を「なんとなくすごい」程度の認識しか出来ない。いや、コメント欄の大部分がそうだと言える――ただ、一部コメントからする不穏な空気に、黒百合がひょいと小首を傾げてディアナを見上げた。
「ん、私も確認してみていい?」
「はい、どうぞ」
「――――」
ふむふむ、と“歌姫の短杖・三頭”の効果を確認し――黒百合は、絶句する。一部、コメント欄のガチ勢が、黒百合が絶句するのも仕方がないと理解を示した。
■いや、エクシード・サーガ・オンラインのシステム理解していると、そうなるよなぁ
■ヤバいよな、これ。クロちゃん……
■いや、確かに強そうだけど結局……ん? すべての?
■すっげえ、これでレア? レジェンドとかエピックが上にあるんやろ!?
「ん……他のブラックボックス製のアイテムに比べると効果は大人しい方……なん、だけど……」
黒百合が知っている中で、もっともと強力だと言えるのはエレイン・ロセッティの“百獣騎士剣獅子王・双尾”だ。《超過英雄譚》の効果向上と二発のストック、特に後者のストックはブラックボックス製でもなければ再現できないだろう。
次に十三番目の騎士の方天戟“兵主月牙”とカラドックの“神通力・黒雲の護り・一片”――これは再現可能な部類だが、強いのは複数の武器や防具、アクセサリー枠を使用しなくては再現できないものを、ただのひとつで実践している点にある――これらはきっと、エピックやレジェンドでも状況を限定したとすれば強い部類に入るだろう。
(そう考えるなら、実際これ以上の効果を持つ短杖は再現可能だけど……)
エクシード・サーガ・オンラインでは、アーツとはエネミーからの特定のドロップアイテムや限られた採集アイテム、また店売りの武器や宝箱から得た武器に備わっているものが『主』だ。これを強化するため、武器にドロップアイテムや採集アイテムをコツコツと付与していく必要がある、のだが。
この“歌姫の短杖・三頭”は、違う。所持している――おそらく、この表記なら「持ち歩いている」武器限定だろうが――すべての「種別:短杖」から好きに三つのアーツを組み合わせられる上、本来なら膨大な量のアイテムと金銭による強化が必要なはずなのに、そのアーツの最大値に簡単にできるのだ。
例えば、ディアナが《ヒール》をコピーして使用すれば防具などのアビリティによるサポートがなくても凄まじい回復力を誇ることになるだろう。
もちろん、これは時間と資材、金銭をかければ再現可能だが……。
(どれだけのリソースが必要になるか、考えたくもない……)
また、もうひとつの問題はコピー効果を一定時間で書き換えられる、という点だ。メリットとデメリットはあるものの、明確にメリットが大きい。なにせ、相手の情報を事前に掴んでおけば最適の支援を用意できるのだから。それを理解しているガチ勢がコメント欄で黒百合を巻き込んで議論を白熱させていた。
■これはあれか、複数の短杖を持ち歩くとそれだけでめっちゃ強くね?
「確か、ウエポンラックと呼ばれる武器庫の持ち歩きが可能になるレアアイテムがある。あれほどでなくても、ウエポンケースを用意して――」
■えっぐいな。膨大な時間が再現に必要な短杖を、支援特化だとしても手軽に用意できるじゃん……
■ディアナん向きだなぁ……ブラックボックス製の武器、当たりが多くね?
いや、うちのは大外れだけど、と黒百合は思うが、説得力がない自覚はある。わかったことは、コモンが戦闘に一切関係ない特殊なアイテムであること。そして、呪詛やカースドが癖がありすぎて扱いづらいことだ。
その点、このレアであるはずの“歌姫の短杖・三頭”は使いこなせば強力、というわかりやすいブラックボックスとなっている。
思考と論議に没頭する黒百合に、壬生白百合が声をかけて引き戻した。
「ほらほら、クロ。帰ってきて」
「ん、話の続きは後で。とにかく、扱いやすい強力な効果の短杖。それは間違いない」
後で色々と考察がいる、と呟く。“歌姫の短杖・三頭”がある限り、店売りの短杖さえ所有に値する余地さえ生まれる。
『ごめんね、話の途中だからさ。とにかく、あの歌の試練は今後も残すよ。私はこれで消えるから、歌の試練を超えた人はこの万魔殿の扉に登録しておくといいよ。きっと、後々役に立つからね』
「んー? 門と同じ効果があるの?」
『それは内緒。後になればわかるよ』
エレインの疑問に、ネビロスは気安く返す。ディアナは改めて、頭をネビロスに下げた。
「ありがとうございます、これは大事に使わせてもらいますから」
『はははっ、礼はいらないって。むしろ、本当にいい歌が聞けたからね』
「ライブとかやってますから、聞きに来てくださってもいいんですよ?」
ディアナが、そうなんの気なしに言った言葉に、ガシャンとひとつ鎧が鳴る。ネビロスが吹き出したのだ。
おそらく、ネビロスはこの時初めて敗北を認めるしかなかった。彼女にとって歌を聞いてもらえるなら、人もデーモンもないらしい、と。こればかりは、納得してしまったのだから、これ以上ない魔神としての敗北だ。
『あはははははははははははははははは! そっかそっか! うん、チェックさせてもらうよ。他の子たちの歌も、今度聞いてみたいしね!』
「……そう」
「目が死んでる目が死んでる」
すん……、と目から光が消える黒百合に、白百合が苦笑。よしよし、とエレインに慰められる黒百合を見て、ガシャン、と鎧を鳴らしてネビロスは踵を返した。
『じゃあね、英雄。今度会う時は、ライブ会場か――戦場で』
ヒュン、と門に触れたネビロスの姿が消える。戦場、その言葉の意味を『彼女』たちが理解するのは、そう遠い未来ではなかった。
† † †
●ブラックボックスのレアリティ
コモン→レア→レジェンド→エピックと現状なっております。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。