108話 三匹が行く5
† † †
《――100点、Congratulations!》
ディアナ・フォーチュンの頭上に燦然と輝く点数に、コメント欄が呆然となる。
■……これはひどい。
■なんなんだろうな、一〇〇点以上があったら何点いった……?
■あれだけ感情込めて、音が一切外れねぇのがすっごいわ……
■連続ですっげえの聞かされたな……
壬生黒百合と壬生白百合、エレイン・ロセッティが拍手する中、アーロンとサイゾウ、堤又左衛門――又左が目を輝かせて拍手しているエウリュディケを見た。
「まさか、こんなものまで見れるなんて……」
「これでこの先に移動する権利を全員得た?」
「そうだなぁ」
黒百合の確認に、又左が顎を撫でて頷く。パーティとしては三匹が同行者であるエウリュディケが試練を突破したため、クラン《ネクストライブステージ》の四人はディアナが満点を取ったためこの先を進む権利を得たことになる――まさか、連続で満点が出ることは想定していないだろうが。
「後はネビロスに記念品をもらって終わりでござるな、エウリュディケ殿」
「はい。本当に、みなさんのおかげです。ありがとうございます」
サイゾウの言葉に、エウリュディケが全員に頭を下げたその時だ。部屋の中が、脈動する。ヴン、とぽっかりと開く穴――それを見て、又左が黒百合に告げた。
「お先にどうぞ。記念品の権利までもらって、順番を守らないってのはさすがにな――それでいいだろ?」
「はい、もちろんです」
先に進む権利を又左は譲るのを、エウリュディケが笑みをこぼして頷く。ディアナはそれを見て口を開こうとしたが、不意に止めた。
「いいって言うなら、それに甘える。気をつけて」
「おう」
黒百合に背中を押され、ディアナが開いた空間へと踏み入っていく。
「じゃーね! また後で?」
「お先に失礼しますね」
エレインが大きく手を振り、白百合が一礼してそれに続く。それを見届けて、怪訝そうな表情をサイゾウは見せた。
「……どうしたでござるか? 又左殿」
「ん? ああ、こういうことさ」
† † †
空間の歪みを抜けた先は、巨大な異形の門があるだけの広場だった。そこにいたのは五〇体を超えるスケルトン、そして異形の漆黒の全身甲冑だった。
『――ようこそ、万魔殿の扉へ。私がネビロスだ』
鎧の中で反響するような歪んだ合成音に似た声が、そう名乗った。犬を模したヘルムと両肩――ケルベロスを原典のひとつに持つ魔神にふさわしい異貌と威圧感だった。
「……なにか、すごく歓迎されてそう?」
『もちろん、あの試練を一発でクリアしたんだ。当然だろう?』
白百合の疑問に答えながら、ガシャリ、とネビロスの両腕が動く。その動きに合わせるように、スケルトンたちも同じ動きをして――。
『――Congratulations! 最高の歌声を聞かせてくれてありがとう!』
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱん! と一柱と五〇体、計五一発のクラッカーが盛大に鳴った。からんからんと骨を鳴らして拍手するスケルトンたち……どこかで見たことがあるような光景だった。
■オレたちや……骨のオレたちがおるで……
■なんか……文字通り、歓迎されてない?
■ネビロスの原典のひとつであるケルベロスは、オルフェウスの竪琴で大人しく冥界への道を通したって言うからなー、歌好きなんじゃね?
■ん? そういやエウリュディケって――
『いいね! 最高だった! キミのような歌声の持ち主が最初の試験攻略者であってとっても嬉しい!』
「え? 私ではないですよ。エウリュディケさんが最初の――」
『ああ、彼女ね』
ネビロスはガリガリとヘルムの犬耳部分を指先掻くと、言いにくそうに答えた。
『あー、彼女は正直なとこ別口なんだよねぇ』
† † †
「おい、又左!?」
アーロンが、慌てたように声を上げる。不意にヒュオン、と振るった朱槍――その切っ先を又左が、エウリュディケの首元に突きつけたからだ。
「さすがに、ちょっと笑えないでござるよ――」
「――いいんです。又左さんの対応が、正しいですから」
止めようとするサイゾウに、エウリュディケは困ったように笑う。そのまま喉元に感じる冷たい感触をなんとも思っていない表情で又左を見上げて言った。
「……いつから、気づいてました?」
「最初から――って言ったら、嘘だがな。あんた、『遺跡の奥にいる魔神ネビロス』って言ったろ? その時、思ったんだ。こいつは、俺たちがデーモン・シールダーを倒したことも知っていた……どこで知ったんだってな」
ここまでなら、ミニシナリオのイベントフラグがそうだったのではないか? 程度だった。しかし、決定的だったのはさっきの歌の試練だ。
「ディアナの時は、試練をクリアした時にきっちりと先へ進む道が出現した。なのに、あんたの時はどうして出現しなかった? それが決定的だったのさ」
自分たちは騙されている――あの歌の試練は、ネビロスの件と無関係だと、そこで又左は察したのだ。だから、又左は秘匿回線で黒百合にだけ伝えて先に行ってもらったのだ。
あるいは、黒百合自体もエウリュディケが試練をクリアした時に、おかしいと感じていたのかもしれない――それを差し引いても、ディアナなら試練を一発で合格すると信じていたのだろうが。
「あんた、何者だ? そもそも、エウリュディケなんて名前じゃないし――」
「ええ、人間でもないわ」
そこで少し寂しげに笑って、エウリュディケはため息をこぼす。痛恨の極みね、と小さく彼女は嘆いた。
「やっぱり、イレギュラーは駄目ね。あんな歌い手が同じタイミングで現れるなんて……本当ならゆっくりとここまであなたたちに護衛されて、きちんと判断したかったのだけれど。ま、そこはあなたたちの人となりを知るのに、充分なものは見せてもらえたと思っているわ」
「――ッ!?」
彼女が、朱槍の切っ先を指で摘む。反射的に又左は、槍を動かそうと腕に力を込める。だが、ビクともしなかった。
ただ無造作に親指と人差し指で摘む――それだけで突くことも引くことも、できなくなったのだ。その理由は明白だ、指二本で又左の両腕よりも強い力で抑えたからだ。
「マ、ジか……!」
「でも、合格よ。あなたたちの行動を判断して、芸術点が加算された……満点の対応だったわ」
彼女の足元から、ひとつの巨大な影が現れる。それは一頭のラクダだ。ひとこぶラクダの背に腰を下ろした彼女は、槍の切っ先を離し三人を見て微笑む。瞬く間に、その姿が変わっていく。王冠で飾られた長い赤い髪に、褐色の肌。そばかすもすっかりと消え、前髪で目も隠れていない――絶世の美女とも言うべき蠱惑的な女がそこにいた。
「え、あ……? どういうこと、でござるか? エウリュディケ……殿?」
「ええ、ネビロスの試練に便乗した形であなたたちに素質があるか確かめさせてもらったの。そもそもオルフェウスの逸話にでてくる恋人の名前よ。ネビロス相手の隠れ蓑には、ちょうどいいと思って」
クスクス、と女が笑みをこぼす。それは悪戯に成功した少女のようなあどけなさと、騙されたことを許してしまいそうな、計算高い大人の女性のそれが入り混じったような笑みだ。
又左とアーロンは、開いた口が塞がらない。なにせ、彼らは入念に下調べしていたからこそ彼女の姿、その構築要素に身に覚えがあったからだ。
「私は魔神パイモン――あなたがたが、私の恋愛指南書にふさわしいかどうか、試させてもらったわ」
三匹は、思わず平伏しそうになったが紙一重で堪えた。だって、そうしてしまったらネタにしても笑えないもの。
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正直、この話を108話目にやりたかったんです、煩悩だけに、煩悩だけに!
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