107話 三匹が行く4
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
RTA――リアルタイムアタックというゲームのプレイスタイルが確立したのは一説に二一世紀初頭だと言われている。
ゲームスタートからクリアまでのゲーム内時間の攻略時間を競うタイムアタックという概念は、前世紀から存在していた。しかし、オンライン文化の発展によりプレイ動画配信が世間に浸透し、リアルタイム――実際の現実時間でどれだけかかったか、という方向へシフトしていく。
後にRTA走者と呼ばれるアスリートたちは、ありとあらゆる手段で時間圧縮を狙った。最短での攻略順序の構築から使用するアイテムの厳選、時には実際にPCが移動にかかる歩数から受けるダメージの徹底的な計算、本来なら想定されていないショートカットの利用や再現可能なバグ技を用いてまで、一分一秒を削るのだ。RTA走者は磨き上げたプレイヤースキルを遺憾なく発揮し、時に運を天に委ね、挑戦し続けている――それは、二一世紀後半現代においても同じだ。
「頼む、相棒!」
「心得た!」
ひょい、とアーロンがエウリュディケを放る。それをお姫様抱っこで受け取ったサイゾウが、一気に加速した。
(そのルートは、俺じゃ無理だ!)
アーロンは、堤又左衛門こと又左ほどの攻撃の当て勘は持っていない。サイゾウ程、緻密なプレイヤースキルもなかった。ただ、どの分野においても平均より上の器用貧乏をゲーム知識と度胸で補っているだけだ。
自分でもわかっている――完全な劣化壬生黒百合だ、と。しかも、一枚どころか二枚も三枚も格が落ちる。
「先に行くでござる!」
「おう、こっちは任せろ!」
「ひぃ――!」
アーロンが大剣を抜き、サイゾウが螺旋階段――その中心の空洞へ身を踊らせた。エウリュディケの甲高い悲鳴が、下に落ちていく。
さっきの大きな吹き抜けではレッサーデーモンの群れが大量に襲いかかって来た。ここでは、別の障害が邪魔をしてくるのだ。
『ギィ――!!』
上半身は角を生やした異形の人間、下半身は大蛇というラミアタイプのレッサーデーモンだ。今、サイゾウが落ちていった空洞は本来ならこのレッサーデーモン・ラミアが追ってくるための『道』であった。
「お前の相手はこの俺だ!」
繰り出される大剣の薙ぎ払いを受けて、レッサーデーモン・ラミアがのたうち回る。ターゲットが完全にアーロンへと移行した。迫るレッサーデーモン・ラミア――この第一階層では階層ボスのレッサーデーモン・グラップラーに次ぐ驚異を前に、アーロンは単騎での戦いを挑んだ。
「あ、とは、運次第でござる! ワンダリングエネミーにさえ、会わな、ければ……!」
一番下での着地に成功し、エウリュディケを抱いたままサイゾウが疾走する。RTA走者よろしく、運を天に祈りながら目的地へと急いだ。
† † †
「クロー、いまので何体目?」
「二六体目」
「ううー、早いなぁ」
■いやいやいや! エレちゃんももう二〇体倒してるのおかしいからね!?
■あっれー? ここのレッサーデーモンってこんな紙装甲だったっけ?
■一階層はレッサーしか出ないとはいえ、装備とプレイヤースキルが充実しすぎだよな
本来通るべきルートを、黒百合とエレイン・ロセッティが競いながら進んでいく。今回の主役がディアナ・フォーチュンが一発で歌の試練をクリアできるかどうかなので、その露払いでこそ彼女たちの出番だった。
――しかし、残念なことに異常な攻略速度を支えていたのは彼女たちではない。
「四三体目、四四体目――」
■空を飛んでる相手はシロちゃんの独壇場か……
■適当に射ってるようにしか見えないのに、クリティカルしまくりなんだが
■動く的ってあんなに当てられたっけ?
そう、壬生白百合の弓の腕前は飛んでいるレッサーデーモン相手には鎧袖一触と言うしかない勢いだった。ひとりすることのないディアナとしては、苦笑いするしかない。
「……あの、勝手に素材がたくさん入ってくるんですけど」
「デーモン系の血は、武器の攻撃力強化に使えるって言ってた。持っていて損はない」
「後、他の素材も武器に魔属性を発生させるために使えるみたい」
■あー、聖属性が効くんだっけか? デーモン
■ミスリル銀製の武器が猛威を振るうな、それ。あれって聖属性だろ?
■こうなると、どこかでその魔属性も使えそうだなぁ
黒百合と白百合の解説に、視聴者たちも納得する。期せずして乱獲大会となってしまったが、それもお開きだ――目的の歌の試練の場所にたどり着いたからである。
「お、誰もいない?」
「ここまで来るのはパーティ単位の戦力が必要。そうそう来ない」
「そっかー」
エレインとしてはソロでも来れそう、というのが本音だが口にはしない。実際、黒百合もここまでならソロ攻略は簡単だったろう。口にしないのは、そういう印象を与えてあまりソロで視聴者を挑戦させ、心を折らせないためだ。
「では、ちょっと挑戦してきますね」
「ん、頑張って」
黒百合の激励を受けて、ディアナが微笑む。
それだけで自分の中でテンションのギアがひとつ上がった気がする、お手軽だなぁ……私、と思いながら深呼吸。ディアナは光の文字で描かれた円へと踏み出した。
† † †
「――ちょっと待ったああああああああああああああああああああああああ!!」
† † †
上から尾を引いて迫ってくる絶叫に、ディアナが足を止める。着地と同時、サイゾウはエウリュディケをしっかりとその場に立たせると、流れる動作で次の行動に映った。
それは、あまりにも見事な土下座であった。
「申し訳ない、ディアナ殿! どうか、どうか順番を譲ってくれないでござろうか!?」
■……いやぁ、サイゾウさん。それはさすがにないぜ?
■先にたどり着いた方が優先。その順番厳守は絶対だろ
■初歩的マナーの問題だぜ、これ
サイゾウの懇願に、視聴者がコメントで難色を示すのは当然だ。VRMMORPG以前、MMORPGの時代から挑戦の順番待ちという文化はゲームにあって存在した。特にレアな敵やボス敵との戦闘の間に乱入、止めだけを刺して美味しいところを持っていく横殴りという行為は悪質なマナー違反とされていた。
「この子の夢のためでござる! どうしても一番最初に一発で成功しないと、この子の歌手の夢が叶わなくなるのでござるよ。だから、だから、どうか――!」
「いいですよ」
「わかっているでござる! マナーとして絶対やってはいけないこと、で……え?」
唐突に挟まったディアナの声に、サイゾウはぽかんと見上げる。その視線を受けて、ディアナはエウリュディケを見てニコリと微笑んだ。
「最初に歌の試練を一発合格しないといけない、んですよね?」
「は、はい……父、との約束、で……で、でも……」
「なら、譲ります」
■え? いいのディアナん
■もしかしたら、ブラックボックス系のレアアイテムもらえるかもなんだぜ? それでいいの……?
「私も自分の夢を人に手伝ってもらって叶えましたから」
視聴者の困惑するメッセージにディアナは当然のように答え、視線で黒百合を見る。黒百合はなにも言わない。止めもしなければ後押しもない、ただ自分が決めていい、そう視線で訴えていた。
「――私は歌いに来たのであって、競いに来たのではありませんから」
当事者であるディアナの言葉に、完全にコメントが止まる。これ以上の言葉がどれだけ無粋だか、誰もがわかっているからだ。
「……やっべえな、格好つかねぇ」
「情けねぇ限りだわ」
ようやく追いついた又左とアーロンは、配信を見ながらぼやくしかない。そもそもが、だ。自分たちが事情を聞くのに場所を移動したり、休憩しなければ結果的にだがここまでこじれなかったはずなのだ。それを考えれば、ディアナは完全な被害者で。その被害者にここまで言わせてしまったのは、痛恨の極みと言えた。
「ふたりもいたの?」
「ま、ちょっとRTAして来たんだがね。申し訳ねぇ」
「それを言うなら、こっちも着く前に始めていればよかっただけ」
黒百合に見上げられ、又左は苦笑する。あれだけのショートカットと天運任せに勝ってなお遅れたとなると、予想以上の速度でここまで来たのだろう。完全敗北というヤツである。
「いいんじゃない? ディアナんがそれでいいなら」
「あたしも文句はないよ、うん」
エレインと白百合も、そこに文句をつけるつもりはない。今回の主役がそう言っているのだから、充分な成果を得た彼女たちが口を挟む話ではなかった。
「……エウリュディケ殿」
立ち上がり、サイゾウが促す。それにローブを脱ぎ、決意の表情でエウリュディケは頷いた。
「はい」
それ以上の言葉はなかった。呼吸を整え、あ、の一音でリズミを刻む。そこには淀みはなく、澄んだ伸びる音がその場に反響した。
■……あの子、上手くない? NPCやろ
■もしかしたら、試練を突破できない用の救済NPC?
■今はどうでもいいだろう、大人しく聞き入るターンだぜ
一歩、踏み入る。円にエウリュディケが入った瞬間、光の文字が大きく輝いた。竪琴の音色、エウリュディケの口からこぼれるのは、翻訳さえされない古い言葉だ。
■なんだ? ギリシャ語に似てるけど違うな
■古代ギリシャ語じゃねぇ? それとも微妙に違うけど……
■ちょっと言語学者ニキ多くね!?
『――――』
歌は、徐々に熱を帯びていく。そこに人見知りな少女の姿はなかった。ただ、歌う。それこそ五桁を超える視聴者が実際に眼前にいたとしても、彼女の歌声はゆるぎもしなかったろう。
冬の晴天の日差しのごとく、かじかむ身体と心をじんわりと温めるような歌声。ただの技量ではない、心がこもっている。NPCの、AIの、自分の夢を信じてくれた誰かに応えようという必死の想いが。
(……すっげぇな)
音楽の門外漢である又左でもわかる。上手いとか下手とか、そんな次元にない。人を感動させる――人の感情を動かすのは、いつだって別の感情だ。その感情に共感した時、人は感動するのだから。
サイゾウとアーロンは聞き入り、サイリウムを振ろうとするのを必死に耐えていた。よし、それでいいぞ? 絵面が一気にギャグに偏るからな。
『ア――』
ア、とも、オ、とも取れる単音のハミング。歌詞さえもう必要がない、と言わんばかりのサビ。その瞬間、円だけではなく部屋中に光の文字が溢れていった。
■え? なにこれ!? こんな機能あったん!?
■この歌の試練、芸術点ってのがあんだよなぁ。多分、それが一定点数以上でこうなるんだと思う。成功する時は、チラチラと部屋で光が散ることはあったぜ
■どんだけ芸術展高いとこうなんだよ!?
やがて、最後の一音が尾を引いて止んだ時、部屋中の光も消えた。エウリュディケの頭上に、数字と文字が踊る――。
《――100点、Congratulations!》
――その瞬間、コメント欄に拍手喝采が流れた。そばかすの残る頬を赤く上気させ、エウリュディケが振り返る。
アーロンとサイゾウがサムズアップし、又左も頷いた。その三匹の反応を見届けて、エウリュディケはようやく、花が綻ぶような笑みを浮かべた。
† † †
ディアナも感動した面持ちで、拍手する。そんなディアナの横に、カメラから外れるように黒百合が歩み寄った。
“黒狼”『楽しんでくればいいよ』
背を押すように、黒百合が――坂野九郎が秘匿回線でそう告げる。ディアナの視線に見下されながら、黒百合は真っ直ぐに視線を受け止めた。
“黒狼”『連れて行ってくれるんだろう? この先に――』
ああ、やっぱり私は単純ですね、とディアナは――八條綾乃は納得する。この後に及んで、彼の言葉でやる気が跳ね上がるのだから、と。
「当然です。歌のことだけは、任せてください」
次は自分が導く番だ、と完全にスイッチの入ったディアナは続いて円の中に踏み入った。
† † †
RTA走者がうまくいくより早く到達するのはどうなのよ? と思うでしょう。仕方ないのです、コレ……射撃能力が空飛ぶ雑魚(雑魚とは言っていない)に刺さりすぎたんや。
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