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106話 三匹が行く3

ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。


   †  †  †


「私はエウリュディケ、と申します」


 酒場“灰色(はいいろ)(つき)”亭に移動し、三人の目の前でようやくローブを取ったのは、ひとりの少女だった。長い黒髪、瞳を前髪に隠したそばかすが印象的な垢抜けない大人しそうな少女だった。


「力を貸してほしいってことだったが?」


 堤又左衛門(つつみ・またざえもん)こと又左の問いかけに、エウリュディケはビクリと身をすくませる。二メートルの長身の上に強面だ、怖がらせてしまったかもしれないと又左は、アーロンへ視線を送った。

 その視線を受けて、アーロンは密かに苦笑。会話を受け持った。


「心配しなくていい。俺たちもわざわざ話を聞くことを了承したんだ。悪いようにはしないよ」

「す、すみません……実は遺跡の中の護衛をお頼みしたいんです」


 エウリュディケは、ぼそりぼそりと語り始めた。彼女はこの積層遺跡都市を調査する学者の娘であること、そして、自分の夢を叶えるために父親とひとつの約束をしてしまったこと――それを、しどろもどろに話した。


「――ようは、歌手になりたい夢がある。でも、本気で歌手になりたいならあの遺跡の歌の試練で一番最初に一発で通るぐらいのことをしてみせろ、と?」

「は、はい……」


 無茶苦茶だな、と又左は思う。あの遺跡は第一層でも英雄――PCプレイヤーキャラクターでもなければ踏み入れない、デーモンの巣窟だ。第一層のただのレッサーデーモンでも戦う心得のないNPCノンプレイヤーキャラクターなどひとたまりもない。どう考えても、その学者の父親というのは諦めさせるために条件を出したとしか思えない。

 エウリュディケはお金の入った革袋をテーブルに置く。それなりの重みと音がした。


「こ、ここに四〇〇〇サディール、あ、あります。た、足りないなら、その分は……か、必ず、後でお払いしますから……!」


 お願いします、とエウリュディケは頭を下げる。どうやらローブで姿を隠していたのは人見知りを隠したかったかららしい……こんなので歌手ができるのか、又左でも心配になる。なにか、親の心配もわからないでもない。


“又左”『……どうすんだ? 旦那方』


 秘匿回線で又左は、敢えてふたりに聞いてみた――正直、答えはわかりきってるのだが。


“阿栄”『そりゃあ、お前――』

“忍々”『これ、選択肢はないでござるよ』

“又左”『そうかい、任せたぜ』


 アーロンとサイゾウが、いい笑顔をしている。又左は肩をすくめて、ふたりの意見に任せた。


「わかった、引き受けるぜ」

「ただし、お金はいらないでござるよ」

「……え?」


 アーロンとサイゾウは戸惑うエウリュディケに、サムズアップ。それはそれはいい笑顔で言った。


「歌を歌いたいって未来の歌手(アイドル)志望の子が夢のために頑張ってんだもんな」

「拙者たちに、それを応援しない理由はないでござるよ!」


 歌いたい女の子を応援する、それはドルオタにとってあまりにも単純明快な答えだった。


   †  †  †


「あー、そういやさ」


 喉を潤し休憩し、遺跡へと戻る途中。又左は思い出したように、再びローブで姿を隠したエウリュディケを見下ろした。

 その問いかけに、ビクっと身を震わせながらエウリュディケは聞き返す。


「な、なんで、しょうか……?」

「遺跡の歌の試練で一番最初に一発で通るっつうけどさ? それ、どうやって証明すんだ?」


 又左もふたりの勢いに流されて忘れていたが、重要な件だと思う。自分たちが目撃しました、では説得力に欠けると思ったからだ。


「そ、それは……一番最初に、一発で、抜けると……遺跡の奥にいる魔神、ネビロスから……記念品が、もらえ、るらしく、て……」

「――ふうん」

「ま、なんにせよ。あの試練はそうそう一発クリアなんてされないでござるよ」

「そうだな、もう何十人が挑んで何回失敗していることか――」


 サイゾウとアーロンが、そう笑う。その時だ――すれ違うPCたちの会話が聞こえたのは。


「遺跡に入ってった四人、公式配信担当のバーチャルアイドルじゃなかったっけ?」

「ああ、多分、あの歌の試練を受けるつもりじゃないか?」

「あー、なるほど。配信映えはしそうだなぁ」


 PCたちの会話はすぐに聞こえなくなる――その時、誰からともなく三匹は顔を見合わせた。


「「「…………」」」

「ど、どうされまし、た……?」


 おそるおそる、エウリュディケが三人を見上げる。その瞬間、又左とアーロンが弾けたように走り出した。


「サイゾウの旦那!」

「承知にござる! エウリュディケ殿、失礼するでござる!」


 又左の声に、サイゾウは即座にエウリュディケを両腕で抱きかかえ、ふたりに続く――俗に言う、お姫様抱っこの体勢で急に抱きかかえられ、ローブと前髪から覗く目をエウリュディケは白黒させていた。


「ど、ど、どうされ、たん、ですか……?」

「あの試練を一発クリアできそうな御仁が、もう遺跡に向かっているのでござるよ!」

「え、ええ!?」


 人混みをかき分けるように、アーロンと又左は疾走する。その掻き分けられた隙間を、器用にサイゾウが抜けていった。


「黒百合殿たちが一緒でござる! 並大抵のことでは追いつかないでござるよ!」

「遺跡に関しては、俺らの方が一日の長があらあ!」

「歌の試練がある場所まで、最短距離で突っ走るぞ! RTAだ!」


 エウリュディケがいる限り、(ポータル)は使用できない。遺跡の入り口、下っていく階段――その手すりを、三人は同時に蹴って跳んだ。

 その下は積層遺跡の吹き抜け、底も見えない大穴だった。


「ひ――!」

「目を瞑って、喋らないで! 拙者らを信じてくだされ!」


 エウリュディケが悲鳴を上げる中、サイゾウが叫ぶ。その直後、サイゾウはエウリュディケを空中で放った。


「――ッ!?」

「ほい!」


 それを空中で受け止めたのは、アーロンだ。アーロンは遺跡の建物、その屋根の雨樋に一度降り立ち――空中で又左が全力で遺跡の壁へ朱槍を投擲した。


「っらああああああああああああああああああ!!」


 ガガン! と朱槍が、かなり下の方で壁に突き刺さる。それを確認すると、空中で又左が身を反転させた。


「来い!」

「おう!」

「ひえ!」


 優しく、アーロンがエウリュディケを空中の又左にパス。又左は落下しながらエウリュディケを両腕で受け止め――壁を蹴って落下を加速させた。それと同時、壁を下っていたサイゾウが一気に駆け抜けた。


「旦那!」

「ひうっ」


 サイゾウが跳ぶ。空中でエウリュディケを優しく抱きとめると、先程又左が投擲して壁に突き刺した朱槍へ落下。朱槍を足場にするとガリガリガリガリガリガリ! と勢いを殺しながら壁を削りながら下へ下がっていく。


「アーロン殿!」

「OK!」


 そして、勢いが完全に死ぬ直前に再びサイゾウがアーロンへエウリュディケをパス。一番下へ先に到着していたアーロンは、エウリュディケを受け止めた。


「又左殿!」


 ガン! と足場にしていた朱槍を蹴った壁から抜くと、サイゾウは蹴り飛ばす。その槍を受け取り、又左は身構えた。


「よし、先に行け、旦那方! 足止めは俺が引き受けた!」

「頼んだでござるよ!」


 ビル五階分はある高さを一気にショートカットした三人の元へ、上から無数の影が追ってくる。翼を羽ばたかせる人型のデーモン、レッサーデーモンの群れだ。


「あ、あの、あの人、は……!?」

「このルート、レッサーデーモンの群れに襲われる覚悟のルートでござるからな! 足止めは必須でござるよ!」

「なに、心配いらねぇよ。あいつはあの程度、どうってことない!」


 サイゾウとアーロンが、歌の試練のある場所へと全力疾走する。その気配を見送り、レッサーデーモンの群れから視線を外さず、又左は笑った。


「ったく、いい空気吸ってんなぁ」


 どうにも自分は乗り切れていない、それがわかるだけに又左は血に飢えた獣のような笑みでレッサーデーモンたちを迎え撃った。


「だからよぉ、お前らでテンション上げさせてもらうぜ、悪く思うなよ!!」


   †  †  †

いい空気吸ってんなぁ、と思います。



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