閑話 ありし日の思い出(後)
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
「小泉先生は一言で言うと……変人だったな」
「言葉を選んでそれなんだ……」
† † †
安西里奈が高等学校の一教師小泉丈一郎と出会ったのは、それこそ高等学校に飛び級してしばらく経ってからだった。
更に飛び級を重ねたい、そう思っていた安西を周囲は止めようと躍起になっていた頃だった。
『今でも充分、駆け足で飛び級して来ただろう?』
『今しかできないことがあるんだよ』
聞かされる退屈な説得の数々。そもそも、この頃の安西は学校の勉強に意味を見出していなかった。みんなが同じ速度で同じ勉強をする? 個々によってやりたいこともやるべきことも能力もまちまちなのに、同じことをする意味があるのだろうか? そう疑問に感じていたのだった。
思い出づくりもそうだった。別に子供の時に足並みをそろえて同じ思い出を作る必要があるのだろうか? 正直、子供らしいの押し付けのような気がして面白くなかったのだ。
(……可愛げのねぇガキだな、改めて考えると)
誰もが思いつきもしないか、思いついても飲み込んできたことが我慢できなかった。だから、そういう教師にはいつも言ってやったのだ。
『学校の勉強って、なんの意味があるんですか?』
その問いへの答えは、色々だ。みんなそうやって大人になるんだとか、そうやって学ぶのが学校の勉強なんだ、とか。結局、安西の納得する答えをくれる教師はいなかった。
――ただひとり、小泉だけが例外だった。
『難しいことを聞くね、安西君』
にへら、としまりなく笑う小泉に、なんだコイツ、と最初は思った。少なくとも、どの教師も最初は自信満々で語ったものだ。自分の意見が正しい、という顔で、こちらの間違いを正そうとやって来るヤツばっかりで。
ただ、小泉だけはこう言った。
『いや、説得してくれって頼まれちゃって』
場の流れで断れなくてさ、と一〇歳の女の子に出会ってそう愚痴ったのだ、この男は。頼りないことこの上なかったが――その答えは、まったく違った。
『――それはキミ、学校の勉強なんて好きなもの探しのためにあるんだよ』
『……好きなもの探し?』
『そうさ、この世にはたくさんのものがある。小等部から高等部で広く浅く色々な科目を学ぶのは、少しでも色々な事柄に触れてその人が一生楽しく付き合える好きを見つけやすくするようにしてるってだけなんだ。キミにとっては全員右ならえにみんな同じことをしてるように見えるだろうけどね』
安西はその言葉に、小泉の目を初めて見た。何が楽しいのだろうか、ニコニコとこちらを見下ろしてくる瞳があった。
『例えばそうだね……将来の夢が野球選手な子がいたとしよう。その子は子供の頃から野球ばかりしていて、野球のことしか知らない環境にいたとしてさ。たまたま街を歩いていて、聞こえてきた歌を聞いて歌手に興味を持ったとする。その子が歌を学ぼうと思った時、野球だけの環境でどうやって歌の勉強ができると思う? だから、学校にはたくさんの科目があって、その道の先生がたくさんいるんだよ。好きに気づいた時、どうすればいいか教えられるように、さ』
小泉はそれこそ歌うような調子で語る。その口調に淀みも迷いもない、心の底からの言葉で。
『正直ね、キミが飛び級したいって言ってるって聞いた時、させてあげればいいのにって思ったんだ』
『……は?』
『内緒だよ? これ言ったってバレたら怒られるから。でもさ、キミはもう自分の好きを見つけてる。一生、これをやったら楽しいなって思えることを……そうだろ?』
そう、安西にとって将来ゲームの作成に関わる仕事をしたいという強いビジョンがその時点であったのだ。だから、学校の勉強に興味はなかった……そこに触れた教師は、彼が初めてだったから、思わずコクンと頷いてしまった。
『そっか。なにがしたいんだい? よかったら、先生に聞かせてくれるかい?』
――いつの間にか、語る側が逆転していた。
自分がゲームを作る側に回りたいと思っていること。そのきっかけ、そのためのビジョン、どんなゲームを作りたいのか、今まで誰にも言わず胸に秘めていた夢を、初めて会った小泉に残さず話してしまっていた。
それを最後まで聞いた小泉は、やはりしまりのない笑顔でこう言ってのける。
『いいなぁ、楽しそうで。そこまでやりたいことがきちんと見えてるなら、そりゃあ学校の勉強なんてつまんないよね』
そう、小泉は学校の教師にあるまじきことを口にしたのだった。
† † †
「それは……豪快な人だね」
「はっきり言えよ。人に教えるのが天職のくせに、とことん教師に向いてないって」
「……ノーコメントで」
† † †
結果だけを言えば、安西が描いていた人生設計の重要な一年を小泉は足踏みさせることに成功した。
『……どうやって説得したのかって聞かれるんだけど、どう答えたらいいと思う?』
『言い聞かせるのではなく、あの子の言葉を聞いてあげたのがよかったんでしょう、とかそれらしいこと言っとけば?』
『うん、それ使わせてもらうね』
嘘ではない、実際に話すことで自分の中で見えていなかった部分が見詰められたというのが大きい。一年間、この人の授業なら受けてもいいかな? そう思わせたのだから、そこは小泉の立派な手腕だ。
『先生はさ、どうして先生になったの?』
授業以外にも、小泉と話す機会が増えた。親はVR教室といえど我が子が真面目に勉強していると思い、とても喜んでいたのだがどちらかと言えばこういう雑談の方が目的だった。
『そうだなぁ、それにはまず学校の先生とはなんなのか。その説明からしないとかな?』
小泉もそんな自分との雑談を楽しんでくれた……と思う。今になって思い出してみてもあの人が嫌な顔をしたところを一度も見た記憶がない。
『ねぇねぇ、安西君。私もそれなりにゲームをやるんだけど、来月発売でなにか面白いゲームってないかい?』
『んー、来月か。私としては『プラネット・フォール3』かな』
安西が推したのは『プラネット・フォール3』は、メタリック・ウォーリアと呼ばれる強化外骨格のロボを装着した銀河連邦軍所属の主人公と未知の地球外生命体のギガスと呼ばれる巨人型宇宙人との死闘を描いたSF舞台のVRアクションゲームである。
強化外骨格メタリック・ウォーリアの幅広いカスタムシステムやギガスという敵と主人公側地球人との隠された関係の謎に迫る深いストーリーが人気のゲームで、3は特にシリーズ最終作として期待されていた。
『お! 私も『プラネット・フォール2』はやったね。1はちょっとタイミングを逃しちゃったんだけど』
『駄目だって、先生。3やるなら1やりなよ? 2は1から舞台が変わって主人公が変更されたから1を知らなくてもいいけど、3は1と同じ舞台の惑星からスタートするから。絶対、1で解明されてないギガスの背後にいる黒幕が判明するから』
『あー、そっかー』
『なんだったら1貸すよ? 1と2は消化不良部分があるって言われてたけど、3できっちり全部伏線回収してくれるって。『プラネット・フォール』シリーズの荒木監督は『ミッシング・アーク』シリーズでも最終作で全部の伏線回収した前科があっから』
その後も、安西は『プラネット・フォール3』の売りを推していった。1のシステムの不備を2がいかに改善したか? その発展型である3が、システム的にどう進化しているか。小泉がやった2で残された伏線についてなどなど、安西は熱く語り終え、満足げに頷いた。
『ってことで、来月なら『プラネット・フォール3』がオススメですよ』
『おー、なるほど』
パチパチパチ、と小泉は拍手し、そして笑っていった。
『――うん。今、安西君がやったのが先生のお仕事です』
『は?』
『ようは、自分が好きなものを推してみんなにも好きになってもらおう、これが先生のお仕事なんだ』
……そう言えばそんな話をしていた気がした。すっかりと『プラネット・フォール3』の話で忘れかけていた、とは安西も言えない。
『小等部は広く浅く教えるけど、中等部以上だと専門的に教えるだろう? そういう先生はね、自分の受け持ちの学科が好きで好きで教師をやってる訳だよ。私なら歴史だね、日本史も世界史もどっちも好きだから、生徒のみんなにも好きになってほしいんだ。そうしたら、一緒に歴史の話ができる仲間が増えるじゃないか』
小泉が熱く語るのを聞いて、ふと思い出す。そういえば、最初に小泉が言っていたことを思い出したのだ。
『……そっか。それが好きなこと探しに繋がるんだ』
『うん、そうだね。この教科という推しをいかに推すかが楽しいんだ、先生って』
ニコニコと子供のように、小泉が笑う。その笑顔が本当に楽しそうで、だから一生楽しめる仕事として先生を選んだんだとよくわかった。
『それに、ほら。安西君、歴史はね。ゲーム作りにも役に立つんだよ』
『……そうなんスか?』
『ほら、前に源義経が好きだって言っていただろう――』
そう言って、小泉は語りだす。相手の好きに絡めて自分の好きを推す、小泉丈一郎はまさに推しの伝道者として安西よりも一枚も二枚も上手だった。
† † †
「源平退魔伝の安徳天皇女性説、アレ、小泉先生の話を聞いてやりたいって思ったんだよ。他にも神話とか叙事詩とか、今にして思えばあの一年があったから、今の私もあるんだな……」
お代わり自由のコーヒーを何杯お代わりしたかわからない……本当に、久し振りにあの人のことを話せた、そのことに不思議な満足感があった――城ヶ崎菜摘もそんな安西の話に、ただ相槌を打つだけだった。
「んで、一年経って小泉先生の薦めで東扇大学に進学した訳だ」
「そこで叔父さんに会ったんだっけ?」
「……あいつ、研究室でAI関係の研究をその頃にはやっててな。小泉先生の知り合いだったんだよ……何かあったら彼に相談しろって……何、相談しろってんだ……」
その繋がりで城ヶ崎克樹と知り合った訳だ。初対面から子供扱いされて、出会いは最悪だったが……よくよく考えると、今でもあまり関係が変わっているとは思えない。
それからは、目まぐるしい日々だった。アルゲバル・ゲームスの前身である、チームアルゲバルを作り。大学の単位をみんなで協力して一気に取りまくって毎日が日曜日状態を整えると、ゲームを作ったり、作ったり、作ったり――よくよく考えると、ゲームを作ってばかりだった。
「インディーズ時代の初期に作った源平退魔伝とスカーレッドオーシャン、小泉先生に送ったら喜んでもらえたよ。感想が歴史と神話関係に偏ってたのがらしいけどな」
そんなある日、アルゲバル・ゲームスも商業として軌道に乗り始めた頃、一通の手書きの手紙が届いた。まめにゲームを送っていたからだろう、それは交通事故で小泉夫婦が亡くなったという突然の訃報だった。
「……最初、なにが書かれてんのか、意味がわかんなかったよ。子供も生まれて幸せそうでさ。奥さんへの惚気と子供の話ばっかのメールとか、よくよこしてたのにさ――急にだぜ?」
実際に“恩師”としてすごしたのは一年だけ、それからの付き合いだってメールと手紙ばかりで……なのに、正直身内が死ぬよりも動揺した、と思う。
「ああ、そうだな。葬式で、チラっとだけ見たよ。九郎って子、泣きもしないでずっとさ。どこを見てるかわからない目で、葬式を眺めてた。当然だよな、私よりショックだったはずだ……両親が、急に亡くなったんだから」
菜摘が知りたいのはそっちだろう、と安西は記憶を辿り、そう言った。それを菜摘は聞いて、力なく微笑んだ。
「大丈夫。今、彼はきちんと立ち直ってるよ」
「……そうか、そいつぁ良かった」
その言葉に、どこか安堵を得て安西は吐息をこぼす。
安西里奈は、そして城ヶ崎菜摘も知らないことだ。巡り巡って、小泉九郎を救ったのが、小泉丈一郎がきっかけとなった源平退魔伝というゲームなのだ、と。
だから、誰も知らない。九郎が立ち直るきっかけの最初は、彼の父親である小泉丈一郎であったことを。
彼はどこまでも、人を教え導くのが天職だったのだ。
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先生、と呼ばれる人ってすごいよなって思います。
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